僕に興味をなくした元カノと幼馴染な今カノがなぜか修羅場ってる【先行試し読み】
急川回レ/角川スニーカー文庫
第一章 1
桜ノ宮高校の生徒で
艶のある長い黒髪。硝子玉のような透き通った瞳とクールな目元。筋の通った鼻に薄桃色の唇。顔を形作るそれらは職人が手がけたような一流品ばかり。
発育もよく凸凹のはっきりした身体つきは少女という殻を完全に破り捨てている。
まさに高嶺の花。否、雲の上の存在と言ってもいい。
そんな美少女と平凡な少年が恋人になれるのは二次元だけ。
――僕、
普通・平凡・凡庸を体現した僕が夏川さんと恋人関係になったのは三ヶ月前。
言わずもがな夏川さんは絶世の美少女。お近付きになりたい男子は星の数ほどいる。
彼女は異性からの告白を常に
彼は夏川さんに「あなたと釣り合わないことは承知しています。でも好きなんです。付き合ってください」と告白したらしい。
その告白に対し彼女の返事は、
「教養のかけらもない告白ね。漫画の言葉を借りてどれだけ知性がないのか言い換えてあげるわ。『価格も性能も悪い電化製品ですけど良かったら買ってください』よ。一体どこの世界にそんな不良品を買うバカがいるのかしら」
これを聞いたA君は凍死した。
至近距離で絶対零度を食らった彼は数時間硬直していたという。
それを耳にした男子たちはお腹をかかえて大爆笑。他人の不幸は蜜の味らしい。
もちろん僕も色よい返事を期待してなかったんだけど、
「ぜひお付き合いしましょう」
あまりに予想外過ぎる承諾に僕は凍死した。
えーと、あれ? どうしてこうなった?
☆
これまでプレイしてきた恋愛シミュレーションゲームを振り返ってみる。
この手のゲームは主人公がヒロインとのイベントをこなし、フラグを回収することで恋人関係へと発展していく。
ここでぜひ考えて欲しい。イベントをこなすどころか、会話したことさえないヒロインが主人公に惚れている。そんなことがありえるだろうか。
少なくとも数多のギャルゲーをしてきた僕の記憶にその手のものはない。
正直なところ、夏川さんが色よい返事をしてくれた理由が分からなかった。
ここで断言しておくけれど、僕と夏川さんは間違いなく高校からの付き合いだ。
実は幼少期に結婚の約束をした女の子――なんてベタな過去は絶対にない。これは神に誓って本当だ。ただし僕が一週間フレ◯ズでない限りは。
じゃあ僕が川に流された子犬を救出しているところを目撃されたのか。
それもノーだ。なにせ溺れかけているところを大型犬に助けられたことがある僕だ。ギャップなんてない。
というわけで夏川さんの真意を確認せずにはいられなかった僕は告白がOKである理由を聞いてみた。
「端的に言うわ。男除けのためよ」
「ですよね!」
夏川さんが僕の告白を断らなかった理由。
それは偽りの彼氏を作ることで異性から向けられる好意を緩和するためだった。
早い話がフェイク。ようやく合点がいった。
ただそれが理由でも謎は残るわけで。とりわけその中でも分からないのが、
「えっと……どうしてそのフェイクが僕なの?」
「だってあなた……私に興味がないでしょう? いえ、違うわね。興味はあるけれど進展を期待していない。私と距離を縮めようなんて微塵も思ってない。目を見れば分かるわ。私をモノにしようと意気込む男は目の奥に欲望をギラつかせているもの。でもあなたは違う。目の奥にあるのは諦めを通り越した無関心よ」
「ええーと。つまるところ無害認定をされたってことですか?」
「平たく言えばそういうことよ。ふふっ。理解が早い男の子は嫌いじゃないわ」
笑みを浮かべる夏川さん。
それは見た者の魂を奪ってしまうほどでドキッとさせられてしまう。
さて、そんなわけで彼女と付き合い始めることになったんだけど、この三ヶ月間、それはもう本当に大変だった。
まず男子生徒からの嫉妬と殺意。これがエグい。
イジメに発展しないよう細心の注意を払ってきたけれど、やっぱり露骨な嫌がらせというのはあるわけで。
何が一番大変かって僕と夏川さんの関係がフェイクだとバレてはいけないことだった。
なにせ彼女の目的は言い寄る男子の数を少なくすること。フェイクだと見破られてしまっては意味がない。
そんなわけで夏川さんの徹底した演技は僕の度肝を抜くものだった。
下の名前で呼び合うことはもちろん、登下校も一緒。それも周囲に見せつけるように。
身に余る幸せを三ヶ月過ごさせてもらったわけだけど、どうやらそれも終わりを迎えたらしい。
というのもこれまで女優レベルで恋人を演じていた夏川さんの態度が硬化し始めてきたからだ。
例えば夏川さんをデートに誘うのは僕の役目だったんだけど、以前の彼女なら、
「ふふっ。楽しみですね翔太くん」
なんて甘い声と笑顔を向けてくれていた。なのに最近では、
「どうして私が小森くんとデー……じゃない。出かけないといけないの? お断りします」
まさかの名字呼び。しかもひどく冷たい態度ときた。
えっ……ええええっー!? いくらなんでもそりゃないんじゃない!?
僕たちが恋人だと思い込ませるために人前で声をかけるよう指示したのは夏川さんじゃないか! これじゃ逆効果になっちゃうけどいいの!?
そんな僕の心配は現実のものとなる。
夏川雫には恋人がいると刷り込ませてきた努力が水の泡になったんだ。
というのも彼女の僕に対する態度が硬化した噂はすぐに広まり、僕たちの関係は消滅しかけていることになった。
当然夏川さんに迫る男子は倍増。あれよあれよという間に元通り――いや、三ヶ月前よりも勢いが増してしまった。
傷心している夏川さんにならワンチャン、そんな心理が働いているからだろう。
正直なところ、フェイク終了は残念じゃないと言えば嘘になる。
でも仕方ない。夏川さんと恋人ごっこができるだけでも身に余る幸せだったんだから。
一生分の幸運を使い切ってしまったと言っても過言じゃない。
だからそろそろ気持ちの整理をしないとね。
だって僕は夏川さんが男の人と一緒に出掛けているところを目撃してしまったんだから。
それも僕なんかとは比べ物にならない、モデルのような男の子と。
遠目からでも美男美女で理想的なカップルだと認めざるを得ない。
そんなわけで僕は夏川さんから身を引くことを決意した。
ちょっと楽しい時間を過ごしたからといって、いつまでも彼女に執着する男にはなりたくない。そもそも本物の恋人ってわけでもないしね。
けれどこのときの僕は夏川さんの異変の理由なんて知る由もなかった。
まさか彼女が――。
* 夏川雫 *
なんで!? どうしたのよ私!?
翔太くんがデートに誘ってくれたのにどうしてあんな態度しか取れないのよ!?
というか最近の私変ね。気が付けば彼を目で追ってるし、目が合うと動悸が激しくなる。
それを悟られないようにしたら翔太くんを睨みつけてしまうし……。
数日前まで完璧な恋人を演じられていたのに今じゃまともに会話することさえ出来ない。
あー、もう認める! 認めるわよ! 私が小森翔太くんにベタ惚れしてしまったことを。
まさかフェイクに協力してもらっただけで惚れてしまうなんてずいぶんチョロい女になったものね。でもこのままあまのじゃくでいるわけにもいかないわ。
だって私たちの関係が消滅しかけている噂が流れているじゃない! ダメよ、そんなの。絶対ダメ! 明日、明日こそはきちんと恋人として徹しよう!
けれどこのときの私は多難が待ち受けていることを知らなかった。
まさか弟と出掛けていることを目撃されているなんて思ってもみなかったんだから。
* 砂川健吾 *
俺の名前は砂川健吾。夏川雫の実弟だ。名字が違うのは俺たちの両親が離婚しちまったから。姉がお袋に引き取られ弟の俺が親父に引き取られたというわけだ。
そういう事情で、姉との再会も久々なわけだが、
「はぁっ!? 男を落とす方法を教えて欲しいだぁ!? 何言ってんだよ姉さん!」
相談があるという理由で姉から呼び出された俺は喫茶店で声を荒げてしまう。
これまで数千人以上の男から告白された姉からそんな相談をされるとは。一体誰が予想できたってんだ!
衝撃的過ぎて両目を剥く俺とは対照的に優雅に紅茶を飲む姉さん。
飲み物を口にするだけで絵になる女が本当に何を言ってんだろうな。
「声が大きいわよチャラ男」
「誰がチャラ男だ誰が! こちとら心に決めた彼女がいんだよ!」
「弟の下半身事情なんてどうでもいいの。そういう下品なのは控えてもらえるかしら」
「この
歯を食いしばりながら毒を吐く姉を睨め付ける。
まっ、この女の悪癖は今に始まったことじゃねえか。男嫌いの姉に年相応の感情が芽生えて安心したぜ。
「……で? 一体どんなヤツなんだよ」
「はい?」
「だーかーら、姉さんが惚れた男ってのはどこのどいつだって聞いてんだよ」
姉の男嫌いが筋金入りだってことは弟の俺が一番よく知っている。
そんな姉が落としたい男ができたわけだ。知りたくないわけがない。
「……た君よ」
「はっ? 聞こえねーよ」
「だから同じクラスの小森翔太くんよ。何度も同じことを言わせないで頂戴」
俺から視線を逸らしながら、頬をかあぁぁっと紅潮させる。
おっとやべえ。これはどうやらマジのやつだ。
初めて見る姉の乙女姿にさすがに声が出ねえ!
ぶっちゃけ今の恥じらいを見せるだけでイチコロだろうによ。
まっ、仕方ねえ。さっさと成就させてやるかな。
「名前だけじゃどんなヤツか分かんねーだろ。俺たちは他校に通ってんだから。写真とかねえのかよ」
「待受画面でいいかしら」
「おっ、おう……」
まさかの待受かよ!? 小森に骨抜きにされてんじゃねえか!
差し出された携帯に視線を落とす俺。そこにはコメントに困る男が写っていた。
なんというか普通・平凡・凡庸という言葉がこれ以上似合う男を俺は知らねえ。
「えっと……」
「どう? 健吾の百倍カッコいいでしょう?」
「ねーよ!」
他人を見下すつもりはねえが、こいつに劣っているのはプライドが許さなかった。
姉と同じく容姿が整った俺は自慢じゃないが女に困ったことはない。
だからって女遊びをしたことは一度もねえけどな。
「えっ、なに? もしかして翔太くんより自分の方がイケてると思っているのかしら? だとしたら片腹痛いわ」
「恋は盲目とはよく言ったもんだぜ……で? こいつのどこが好きなんだ?」
「よく聞いてくれたわね。それが翔太くんときたら――」
――それから二時間。
普段は言葉数が少ない姉さんからマシンガントークが繰り広げられた。
これが銃なら俺の全身は穴だらけだ。
要約すると姉さんは小森にフェイクをお願いし、恋人を演じているうちに本気で好きになってしまったらしい。
これまで男を好きになったことのない姉さんはどうしていいのか分からずに冷たい態度を取ってしまうのだとか。
「なるほど……なんにせよ小森と本物の恋人になりたいってことでいいんだな?」
「……えっ。ええ。そうよ。だからお願い。どうすればいいのか教えてもらえるかしら。こんなことを聞けるのはあなたしかいないのよ」
「……まぁ。まずはフェイクを終わらせたいと打ち明けるべきじゃねえの。話はそこからだろ」
「たしかにその通りね。まずはこの関係を終わらせたいと告げるのが先よね? ありがとう健吾。明日きちんと伝えてみるわ」
* 小森翔太&夏川雫 *
「小森くん。少しいいかしら?」
「あっ、はい。なんですか」
放課後。偽りの恋人関係を終わらせるべく、夏川雫は緊張の面持ちで小森翔太に話しかける。
しかしこのときすでに二人は致命的なすれ違いをしていた。
(……予行練習は死ぬほどしたもの。大丈夫、きっと上手く行くわ。フェイクを終わらせて本物の恋人になりたいことを告げるのよ!)
(ああ……いよいよ夏川さんとお別れ……か。覚悟はしていたけどやっぱり寂しいや。こんな感情を抱くこと自体おこがましいんだろうけど)
今最も注目されている恋人ということもあり、早くも聞き耳を立てるクラスメイトたち。
小森と夏川の言葉を今か今かと待っていると、
「この関係を終わらせたいのだけれどいいかしら?」
振ったああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
夏川雫の斬り捨てに教室が暴風状態と化す。
「……わかりました。夏川さんが望んでいることを受け入れます」
(えっ、えっ!? 夏川さんが望んでいることを受け入れます!? まっ、まま……待って!? それってつまり私と本物の恋人になることを承諾してくれたってこと!?)
全国模試で常に一位の夏川雫。恋愛はポンコツであると証明した瞬間であった。
「……そっ。それじゃあこれからもよろしくね」
(フェイクが終わるのにこれからもよろしく……? あっ、ああそういうことか。つまりこれまでのことは他言無用ってことだね? 大丈夫、安心して。不用意に言いふらすようなことは絶対にしないから)
こうして夏川雫は小森翔太と恋人関係になれたものと勘違いし、小森翔太は完膚なきまでに玉砕したと勘違いすることになった。
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