雨の中いじめられているところを助けたら、学校一の美少女に懐かれました。

流水氏

第1話:雨の日

 榎本要が住んでいるアパートの近くにある公園でとある光景をみかけたのは、強い雨の日のことだった。


 ある日の放課後、いつも通りの下校途中。要は少し足早に、家路を急いでいた。いつもなら参考書やら小説やらなどを読みながら帰宅するのだが、生憎あいにく今日は雨が降っている。

 雨が傘や地面を叩く音だけが鼓膜に響く。脇の溝には大量の雨水が音をたててながれ、小さなプールを作りだしていた。


 「……ぁ、おい!」

 家の近くの公園に差し掛かったところで、あまり穏やかとは言えない声が聞こえてきた。

 声のする方に目を向けてみると、要と同じ羽星高校の制服を着ている女子が、他校の複数の女子に囲まれている。詰め寄っているのは制服からして、西谷学院高校だろうか。

 羽星の制服を着ている子は傘もささず、腰まである栗色の髪や制服を雨にさらしている。西谷学院高校の女子に一方的にされるがまま、特に反抗もしていない様子だった。

(家の近くで暴力沙汰とかやめてくれよ……)

 内心で祈りながらも、要は素通りしようとした。知り合いだという訳でもないし、助けようとして変に思われるのも嫌だったからだ。


「お前のせいでっ!」

 憤慨したような声に続けて、バチッ! という乾いた音が聞こえてきた。まさかと思い音の方を見ると、思った通り、いじめている側が平手打ちをしたようだった。


「アンタ何? この女の知り合い?」


 要はほとんど無意識で、公園に足を踏み入れていた。

 リーダー格とおぼしき女子が明確な敵意がこもった視線をこちらに向ける。当然こうなるとは思っていたのだが、やはり嬉しいものではない。

 だが幸いと言うべきか、俺が持っている傘は黒のグラスファイバー製である。深く被っていれば、顔は見えないだろう。


「知り合いでもなんでもないよ。ただその子と同じ学校ってだけ」

「なら関係ないでしょ? どっか行ってよ」


 可能な限り冷えきった声で言う。しかしリーダー格は気にも留めていないようだ。この調子では、何を言っても無駄だろう。そう思った要は、言いたいことだけをさっさと伝えることにした。


「いじめなんてダサいことしてないで口で言えよ。何があったのかは知らないけど、暴力を振るっていい理由にはならないだろ」


 女子たちはわずかにたじろいだ。しかしすぐに威勢を取り戻し、反抗する。

「だからアンタには関係ないって言ってんでしょ!?」


 先の発言で終わってくれないかと一縷の望みをかけていたのだが、どうやらそうはならないようだ。

 しかしここまで踏み込んでおいて、はいそうですねと引き下がる訳にもいかない。要は制服の右ポケットからスマホを取り出し、彼女たちの前に突き出した。


「お前ら西谷学院高校だよな。学校にこの動画と一緒にチクったらどうなるかな」


 顔はあまり見られたくないのだが、この時だけは傘を少し持ち上げ、リーダー格の女子を睨みつけた。

 効果はてきめんだったようで、リーダーは周囲の女子たちに目配せをした。次の瞬間には血相を変え、最後に俺のことを一睨みして去っていった。

 我ながら陰湿なやり方だと思ったが、もちろん動画など撮ってない。これが通用しなかったらどうしようと内面焦っていたのだが、うまくいったのでいいだろう。公園内には要と、栗色の髪の少女だけが残される。


 少女は雨にさらされたまま、寂しげにたたずんでいた。要が少女のもとに歩んでいくと、少女は怯えたように身を震わせた。濡れた前髪が顔に張り付き、顔はよくわからない。


「このタオル使え。男のタオルなんて嬉しくないと思うが、もちろん使ったやつじゃない。風邪ひくよりマシだろ」

 要は手提げカバンからハンドタオルを手に持った。少女に差し出すと、おずおずとした手つきで受け取る。


「あとこの傘、返さなくていいからさして帰れよ。折りたたみのやつもあるから」

 そう言って傘を半強制的に握らせ、要は立ち上がった。折りたたみ傘があるというのは嘘だか、家はすぐそこだ。走って帰れば、濡れるのは最小限に抑えられるだろう。

 体を百八十度回し、少女に背を向ける。少女は何かを言いかけ手を緩く伸ばしたが、要は足早に歩きだした。少女とこの先関わることもないだろうし、礼を求めてしたことでもない。


 同じ制服ということはたまに学校で見かけるかもしれないが、要はあまり誰とでも話すというわけでもないので、接点ができることも多分ないだろう。


 ――少なくとも要はそう思っていたのだ。


 ……このときは。

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