あまい日々
湯藤あゆ
あまい日々
「ひまりちゃん…」
私がひまりちゃんの名前を呼ぶと、彼女はほんのりと笑って、私の唇にキスを交わしに来てくれる。
「あっちゃん…」
私の名前を呼ぶたびに、ひまりちゃんの舌がビクッと震えて、奥の方で感じてるんだって伝わってくる。そのまま、私の肌にひまりちゃんが触れてくれた。官能的な熱が、どこまでも上気して部屋に立ち込める。
「んん…んっ」
ひまりちゃんの舌はとても甘い。甘くて、あったかくて。溶けて、消えて無くなってしまうまで、
私は彼女を愛し続ける。
「由良さん」
嫌味な声がする。私は徐に携帯を上着のポケットにしまう。
「昨日も渡瀬さんといちゃついてたみたいですねぇ?」
委員長。このクラスで私が一番嫌いな女。
「何か問題ですか」
私の手のひらには、ひまりちゃんの頭がすっぽり収まっている。ひまりちゃんはうとうとしていてこの話をあまり聞いていないようだ。
「いやね、困るんですよ。堂々と、しかも女の子同士で」
は?
この女、何言ってるんだ?
「女の子同士で?そこに何かあるんですか?自分たちと違うからって『差別』するんですね、貴女」
「な…ッ、失礼な!!」
「じゃ問題ないですねぇ〜、私は用があるので失礼しますね。ひまりちゃん、眠いとこ悪いけど、来て」
私たちは、女の子同士だ。だけど、愛し合っている。そこに虚偽はない。
一目惚れだった。彼女のサラサラと風になびくたび日光を反射する、真っ直ぐで切ない髪の毛。穏やかに凪いだ桃色の瞳。甘そうな太腿。腕。ほっぺた。腋。お腹。口唇。腰。胸。そして、…。
全てを味わいたい。
捕まえて食べてしまいたい。
そう思った。
私だけのものにして…。
…流石にそこまでは。
「ひまりちゃん、…好きなの。…付き合ってください」
ある日、私はひまりちゃんにその恋心を打ち明けた。
「…実は、私もなんだ」
えっ?
あっさりと受け入れてもらえた、そう思ったその瞬間。
唇に甘い香りが触れた。
それが二人の初めてのキス。
そしてその日以降、私たちはいつも二人で一緒にいる。女の子は男と付き合わなくちゃいけないなんて、そんなことはない。私は自分の好きな人が好きだ。
「部活の合宿、本当にあるの?」
ひまりちゃんが私に話しかける。目が寂しそうに潤んで震える。
「…うん」
「台風が来るのに?」
「そう、…ねええー、ついてきてよぉ」
4日間もひまりちゃんと離れ離れになってしまうことが寂しくて悲しくて仕方ない。その上、私とあの委員長は部活が同じなので、本当に気が重い。私はあいつが嫌いだ。
手に持っていたスマホを上着のポケットにしまおうとしたその時。
「…そうだぁ」
ふと、ひまりちゃんが可愛い声を出す。今の、録音しとけばよかったかな。
「何?どうしたの?」
「合宿って、三津谷山?」
三津谷山というのは、私たちが合宿のために向かう山だ。とはいえ、だいぶ近所なので、楽しみに思う気持ちもない。最悪だ。
「そうだけど、どうしたの?」
「私のおうちの別荘が三津谷山の麓にあるからさ、あっちゃん、おいでよ。合宿には行きだけついてきてさ」
「でも、途中でいなくなったらみんな不審がらない?」
するとひまりちゃんはその美しい顔を私に近づけて、
「いい案があるの」
そして合宿当日がやってきた。今夜は台風が直撃するというのに、「今夜はどうせ残り3日の準備だから」と委員長が熱弁するせいで結局合宿は潰れなかった。ムカつく。
「早く乗ってくれませんかぁ?」
委員長の嫌味ったらしい声が聞こえる。私は舌打ちしてバスに乗り込んだ。
割と新しい木造の建物に到着した。私たちが合宿で寝泊まりする「はずだった」場所だ。何故か不釣り合いにアンテナが伸びた、アンバランスな建物。私はひまりちゃんと甘い甘い四日間を過ごすから、関係ないけれど。
ひまりちゃんに言われたことを思い出す。
「いーい?多分夜になるから懐中電灯は持ってったほうがいいと思うけど、雨が降り始めたら、『トイレで』って言って宿舎を出て、そこで上着を脱ぎ捨てておいてね。そのまま道を下って、別れ道をまっすぐ進んでね。そこで待ってるから、そしたら私と………ね?」
記念すべき初めての夜が私たちの足元まで近づいている。そう思うと、待ち遠しくて仕方なかった。
ぽつぽつ。屋根を叩く音がする。その時、私は食事中だった。
…この音は。慌てて席を立つ。
「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」
ひまりちゃんが言う通り、トイレと言って外へ出る。成程トイレは「不便なことに」外にしかないから、外に出ても不自然ではない。そしてひまりちゃんに言われた通り、上着を一枚脱いでトイレの前に投げ捨てる。コレで、私がアクシデントに巻き込まれたように装える。考えられた計画だ。ひまりちゃんへの愛おしさが胸をきゅんっと締め付ける。
言われた通り、道を進んで、分かれ道を曲がって…。だんだんと強くなる雨の中を駆け抜ける。9月の微妙な気温が私を舐めるように撫でていく。その時、轟音が鳴り響いた。雷が近づいているのだ。私はその音に驚いて転んだ。泥だらけの身体を起こそうとしたその時、
「…ひまりちゃん」
「あっちゃん、…やっほ」
私の目の前に天使が現れた。
ひまりちゃんの別荘に着く。私が身体を綺麗にしようとお風呂に入ると、ひまりちゃんが入ってきた。
「えへ、あっちゃん、…洗い合いっこ、しよ」
彼女はその細い指で私の首を撫でる。先程の温い気温よりも、何十倍もむず痒くて、気持ちよくて、ちょっぴり…えっちで。でも、私の求めてた香り。温度。肌。私はひまりちゃんに全て任せることにした。
柔らかい部分とかを触られている間は、私も哇咬が漏れていた。しかし、そんな淫らな声もシャワーの音にかき消される。それが一層秘密を引き立て、私を興奮させる。
ここで起こったことは、二人だけの秘密。
「…ここは?」
失神していたらしく、私は裸でベッドで寝ていた。
そこはこじんまりとした部屋だった。書斎?心理学とかの難しい本がたくさん置いてある。あとは、勉強机と、私が寝ているベッドしかない。殺風景だけど、可愛らしい部屋。でも、…ひまりちゃんの暖かさはない。
どこ?
あたりを見渡すと、赤く染まった窓が見えた。
赤?
私は外を眺めた。
目を疑った。
三津谷山が燃えていた。山頂に見えるはずの、あの施設は、もう炎の中だ。
みんな、燃えてしまったのか。
「みんな、死んじゃったよ」
後ろから声がする。
「ひまりちゃん…!?…どういうこと?」
「私、あっちゃんのためにいろいろ調べておいたんだ。合宿の日に合わせて、わざと雷を誘導するアンテナを設置したり、外にトイレがあるのを下調べしておいたり」
そういえば、あの宿舎にひまりちゃんがきたことはない。トイレが外にしかないことは知らなかったはずだ。
「…嘘でしょ?」
「あっちゃんのことを独り占めしたい。それなのにあの委員長は、あっちゃんのことをバカにしてばかり。…もう、嫌なんだ。私だけのあっちゃんでいて欲しいの。…でも、でもコレで、邪魔者は消えた。脱ぎ捨ててきた上着があっちゃんの遺品。あっちゃんは死んだことになる。そして、私だけのために、これからここで生きるの」
背筋が凍る。…狂ってる…。
「っ、携帯、…ここ、圏外じゃな…」
「無駄だよ」
冷たくひまりちゃんが吐き捨てる。
「あっちゃん、上着に携帯入れる癖があるでしょ?この窓も強化ガラスのはめ殺し……もう逃げられないね、あっちゃん❤︎」
…その通りだ。
もう私は死んだんだ。
…一生、私はひまりちゃんと生きていく。
「ひまりちゃん」
「なに?」
だいすき。
私は
あまい日々 湯藤あゆ @ayu_yufuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます