第55話 鬼人の里①【ミリア視点】

「私はレインフォース領の使者としてあなた方とお話を……」


 鬼人の里は意外なほどにあっさりと発見することに成功した。

 なんとか鬼人族の長老の間に通されたところまでは良かったのだが――。


「レインフォースってのは使者に小娘しか寄越せねえってことか? あぁ⁉」


 鬼人たちは皆一様に筋肉質で大柄な身体をしており、囲まれた私は普段以上に萎縮してしまう。

 実際、いま力に訴えかけられては何も出来ないだろう……。後ろに控えたロビンさんでもどうかは判断がつかなかった。

 だが私はレインフォース領を代表して来た身。舐められたままで引き下がるわけにはいかない。


「私はゼーレス国第二王女、ミリア=ウィル=ゼーレス。あなた方との交渉において決して礼を欠く身分のものではございません」

「あぁ⁉ 肩書きだけか? 力のないやつと話し合う必要はねえんだよ!」


 長老の間の中で最も私に近い……つまり末席に位置する見るからに若い青年鬼がそう言う。

 それを制したのは奥に控えていた長老だった。


「やめぬかセキ」


 その一声だけで、セキと呼ばれた鬼人はすっと下がって姿勢を正した。

 同時に長老から発せられたその言葉の重々しいなにかに、私まで飲み込まれてしまいそうになる。


 この感覚は、ユキア殿が連れてきた霊亀を前にしたときのような……。

 その霊亀に並ぶかと思うほどのオーラを放つ鬼人族の長老が、真っ直ぐ私に向けて声をかけてきた。


「話、と言ったが、我らと何を話す? 滅びゆく国の王女よ」

「――っ」


 その言葉の圧だけで押しつぶされそうになる。

 それと同時に、鬼人族の情報を得る早さに驚かされた。


「知らぬ、と思っておったようじゃの。名乗るのであれば王国の名ではなくレインフォースの方を名乗り続けてくおくべきじゃったな」

「ぐっ……」


 確かにそうだ。

 王国がもはや国としての国防能力を有していないことを鬼人族が把握しているのだとすれば、私はレインフォースの代表という肩書きを名乗り続けるべきだった。


「して……話、とは?」


 先手を取られた状況。

 これ以上下手なことを言えば交渉どころではなくなるだろう。


「レインフォース領との、同盟を提案しに参りました」

「なるほど。急速に力をつけた新興勢力。わしらとて気にならぬわけではない」

「では……」


 前向きな話になるかと思ったが、長老の言葉にその幻想は打ち壊された。


「レインフォースより金品、酒、種族を問わぬ雌を定期的に入れさせようかの。それで我らは手を出さぬことを約束しよう」

「なっ……」


 まさか最初からこれほどまでに好戦的な条件を持ちかけられるとは……。

 交渉はある種言ったもの勝ちの要素もある。


 出鼻をくじかれた上でこの条件をスタートラインにされてしまえば、交渉を続けても良い条件は引き出せないのだ。

 こうなったときに私が取れる選択は一つだ。

 いや、最初から私にはこの条件しか用意されていないのだ。


「残念ですが私は使者ではありますが、レインフォース領において頂いた条件をお受け出来るような立場におりません。今日ここに来たのはこれらの品をお見せするため。我々の求めるものはそちらの人材です」


 相手の用意したテーブルについても良い条件は引き出せない。

 だったらそのテーブルごと破壊するしかないのだ。

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