第1話 魔法学園に入学したけどCクラスでした 6
レントはサラを追って校舎に向かう。
サラは校舎から、その横にある食堂へ入っていった。
そういえばちょうどお昼の時間である。
魔法学園は食堂も国費で運営されており、生徒は無料で利用することができる。
実家のファーラント家が貧乏で仕送りが少ないレントは助かっている。
サラはビュッフェ形式の食事をよそうと、席についた。
レントも食事をよそい、サラのところへ向かった。
「……なに?」
「相席していいかな」
「……どうぞ」
レントはサラの向かいに座ると、食事を始めつつ問いかける。
「訊いてもいい?」
「…………」
「サラはなんでCクラスに入ったの? 入学式のときに会話してた、シフルが関係してるのかな」
シフル・タンブルウィード——魔法省の長官を代々務めるタンブルウィード伯爵家の三男。
彼がサラに向かって『僕の誘いを断るからこういうことになる』と言っていた。
サラが確かな魔法の実力があるにもかかわらずCクラスに入ったのには、彼が関係しているようだった。
「…………あいつは、私に求婚してきたのよ」
サラは眉間にしわを寄せながら言った。
「求婚っていうと、つまり、結婚を申し込むあれ?」
「ほかになにがあるのよ……そうよ。それも初対面でね。明らかに、タンブルウィード家にブライトフレイム家を取り込みたい思惑が透けて見えたわ」
「で、サラはどうしたの?」
「断ったに決まってるでしょ! あんな偉そうな求婚をされて、受けるバカなんていないわよ。今思い出しても気分が悪いわ」
なんとなく想像はついた。あのプライドの高いシフルだ。さぞ上から目線だったのだろう。
「そうしたら、あのボンボン、魔法学園の幹部に裏から手を回して、面接官にロクでもない質問をさせたのよ」
「ロクでもない質問?」
「『魔法という武力は行政の統制下にあるべきか』」
「???」
レントは首をかしげる。
たしかにレントのときはそんな質問はされなかった。訊かれたのは、学園で学んだ魔法技術を将来どんなことに活かしたいかとか、尊敬する魔法使いはいるか、とか、そんな内容だった。
「わからない? 武力っていうのはブライトフレイム家。行政っていうのはタンブルウィード家のことよ」
「へえ……?」
レントはもっと首をかしげる。
「もうっ。あなたって魔法はすごいのに、ほんと常識がないわね」
「なにしろずっと田舎暮らしだったから」
レントは苦笑する。
サラは気が抜けたようにため息をついた。
「なんかあなたを見てると怒る気がなくなるわ。あんなにすごい魔法を使えるのに、なんで本人はこんななのかしら」
「ごめん……」
「褒めてるのよ」
サラはそう言うが、なんともわかりにくい。
「話を戻すけど、つまりあのバカ息子は、学園を通して私に、面接試験でいい成績を取りたければ自分の嫁になれって脅してきたのよ」
「ああ……!」
レントはようやくピンときた。
「つまり、武力は統制されるべきだって答えれば、求婚にオッケーしたことになって、面接試験は合格。統制されるべきじゃないって答えれば求婚を断ったことになって、試験は不合格ってわけだね」
「そうよ」
「で、サラはなんて答えたの?」
「行政が腐っているときは魔法でぶっ飛ばすしかないですねって答えたわ」
「……なるほど」
裏の意味がなかったとしても不合格になりそうな答えだった。
「入学試験は、筆記、面接、魔力のどれか一つでもCがあれば、Cクラスに編成されることになっているわ。だから私は……」
「そうだったのか……」
「……私は、どうしても王立魔法騎士団に入りたいの。父や、祖父や、歴代のブライトフレイム家当主のように」
王立魔法騎士団は、マナカン王国の精鋭中の精鋭だ。
「魔法騎士団の入団条件は、魔法学園で卒業時にAクラスであること。私はなんとしてもAクラスに行かなきゃいけないのよ」
その思いがさっきの叫びになったのか。
サラの実力は間違いなくAクラスだ。なのに、シフルの根回しのせいで不当に成績を落とされてしまった。それは悔しいだろう。
「……情けないのはわかってるわ。うまくいってないからって、教官や、クラスのみんなに当たるなんてね。でも、どうしても焦ってしまって……」
「サラ……」
人当たりは厳しいが、彼女は悪い人ではない。ただ焦ってしまっているだけなのだ。
「Aクラスに行くにはどうすればいいんだっけ?」
レントの問いに、サラは答える。
「一年に一回ある春の試験でAクラスレベルの成績を取るか、定期試験で実力を示すかね」
「春の試験は入学試験と同じ?」
「そう。だから、また面接でタンブルウィード家の妨害が入るかもしれない」
「ってことは、定期試験でがんばるしかないか」
「定期試験はクラスのメンバーが協力して受ける形よ。Cクラスは人数が少ないからたぶん全員で受けることになるわ」
「どんな内容かはわからないの?」
「いつも校長が適当に決めるらしいわ」
それでは対策の立てようがない。ディーネとムーノはまだ魔法を上手に扱えない状態だし、合格は難しいかもしれない。
「でも最初の定期試験は八月よ。まだ四ヶ月あるんだから、それまでになんとか……」
「そうだね。俺も手伝えることがあったら協力するよ」
「じゃあどうすればあんな魔法を使えるのか、秘訣を教えてほしいわ」
「まあ、俺が普段やってる訓練方法とかなら」
べつに秘伝というわけでもなんでもない。
レントはふと思いついて続ける。
「そうだ。俺からもお願いがあるんだけど」
「なに?」
「俺が魔法を教える代わりに、常識を教えてくれないかな。王都で過ごす上で必要なこととか、有名な貴族のこととか」
「ああ……そうね。なにしろあなた、ブライトフレイム家のことも知らなかったくらいだものね」
サラはクスッと笑みを浮かべながら頷く。
「ええ、いいわ。じゃあ契約は成立ね。よろしく、レント・ファーラント」
「よろしく、サラ」
彼女が差し出してきた手を、レントは握る。
「ありがとう。いろいろ話せてスッキリしたわ」
彼女の笑顔はなかなか素敵だった。
同じころ、王立魔法学園の校舎の一角にある校長室を、ミリア教官が訪れていた。
「どうじゃ、Cクラスの様子は?」
そう尋ねるのはこの学園の校長であるルナ・リバロ。
現代の魔導の最高峰と言われる、百歳を超えなお現役の魔法使いである。
「はい。みんな、がんばってます」
「なんじゃ。元気がないのう」
「わかりますか……」
「当たり前じゃ。お主のことは子供のときから見ておるのじゃからな」
ミリアは幼いころに両親を亡くし、ルナに引き取られた。
以来この学園で魔法を学び、そのまま教官として働いている。
彼女にとっては校長は、魔法の師匠であると同時に、実の親のような存在だった。
「ディーネさんとムーノくんはそれなりに訓練を進められています。が、ちょっと進みが遅いですね。その原因は……」
「実力の高すぎる者が近くにいて集中できていないのじゃろう」
「はい……」
本来ならAクラスに入れる実力があるにもかかわらず、タンブルウィード家の横槍でCクラスに入ってしまったサラ・ブライトフレイム。
そして魔力ゼロの判定でCクラスに入ったのに、ありえない威力の魔法を使えるレント・ファーラント。
「だから入学試験の方式を変えろと何度も言っているのにな……」
今年ほど極端ではないが、Cクラスの授業では毎年同じような問題が発生している。
今の試験方式は、実力があっても教養の低い者や、タンブルウィード家のような有力者にとって邪魔な者をエリートコースから排除するための道具になってしまっている。
試験の方式を変えるのにも、タンブルウィード家を筆頭として、魔法関連の行政に携わっている有力貴族の許可が必要だ。
抗魔戦争と呼ばれる魔族との戦争終結から五十年が経ち、魔法は各国の国政に大きく関わると同時に、行政の権限が大きくなり、各貴族の利権が絡まりあって、不合理な制度が生まれてしまっている。
武の名門であるブライトフレイム家より、行政官であるタンブルウィード家の発言権が大きくなっているのがその証拠である。
魔導の最高峰と言われるルナ校長でも、学園を自由に運営することは難しかった。
「このままでは、四人とも可哀想です」
ミリアは落ち込んだ様子で呟く。
せっかく魔法学園に入学したのに、実力を伸ばすことも、発揮することもできずに埋もれてしまう。
「当然じゃ。それに、レント・ファーラント……あの伝説の大魔法使い、グラン・ファーラントの末裔。魔力測定の結果がゼロという話じゃったな」
「はい……測定器では全ての数値がゼロだったと」
「にもかかわらず、あの極大魔法クラスの魔力放出量……もしかしたら」
「あの、校長?」
なにか考え込んでぶつぶつと呟き始めた校長に、ミリアは呼びかける。
校長は顔を上げて告げた。
「これは、ちょっと刺激を与えてやる必要があるかもしれんな」
「刺激ですか?」
「うむ。定期試験をCクラスだけ早めに行うのじゃ。試験会場の手配の都合とか適当に理由をつけて。それくらいなら魔法省からも文句は出まい」
「はあ……でも、どんな試験を?」
校長は試験の内容を話す。
ミリアはそれを聞いて目を丸くする。
「あの……それはちょっと、危険ではありませんか?」
「なあに、死にはせんじゃろ。当日は儂も監督しよう。それならば心配あるまい」
ルナ校長は治癒魔法の使い手でもある。
「わかりました……」
ミリアは頷くが、それでも不安な表情は隠せなかった。
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試し読みは以上です。
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