第12話早速の歓迎

「スズラン皇妃様、お顔を洗う湯をお持ちしました」


後宮の下女の一人が言いながらはいってくる。良い香りのする湯が入った陶器でできた洗面ボウルを持っている。チャーミンはそれを受け取り香りを嗅ぐと、私の侍女に渡す。侍女はその湯の色を見ただけで、その陶器をその持ってきた下女に頭の上からばしゃっと浴びさせた。



「ひぇーー!!かゆい!かゆい!かゆいぃーーー」

その下女の顔が、みるみる赤くなり蕁麻疹のようなものがでている。


「皇妃様、これは非常によくある後宮での嫌がらせです。毒草を煎じた汁を混ぜたのでしょう。色ほほとんどつかないのですがよく見ればうっすらと青みが混じり、少し甘い果物のような香りがします。皮膚をかぶれさせ、赤く腫れあがらせるので、側室たちの顔つぶしとして昔から使われてきたものです」


毒に詳しい侍女が言いながら、手袋をはめてこぼれた湯をふいていく。


「お前は誰に言われてこれを持ってきた?」


「は、はい、女官様の一人に呼び止められました。これをもっていくようにと‥‥」


シンイー侍女長の問いにその下女は、まっ赤になった顔をかきながらも必死で答えている。


「女官を呼べ!皇妃様の湯にそのようなものが混じるなどあってはならない!後宮の筆頭女官を呼び出すのです!その下女はどうせ、渡されたものをここに運んで来ただけであろう」


シンイー侍女長が、険しい声をだし、顔を怒気で赤らませている。


「落ち着いてください。これも、どなたかの歓迎の一部なのでしょう。がたがた騒いではなりません。こちらで気をつければよいことです」


私はチャーミンがさきほど毒味してくれたお茶を飲みながら微笑んだ。


ーーこんなことは序の口。子供っぽい嫌がらせは多分、これからも続く。こちらは動じていないふりをしたほうが利口かもしれない。


けれど、シンイー侍女長はすぐに、宮廷に出仕していたお父様に知らせた。



「スズラン、スズラン!!無事か?」


あわてて、駆けてくるお父様にありがたくて涙がこぼれる。話の詳細を聞き激怒したお父様は関与した女官をたたき切ってやるとおっしゃったが、多分その者はもうこの世にいないはず‥‥それか、もともとは女官ではないのだろう。女官の服を着ているから女官とは限らない。あの昔の下女が牡丹様の侍女ならば、女官のふりをするのも簡単だろう。







「水や食事は、後宮の配膳係の下女に任せてはなりませんね。こちらの侍女が直接受け取りに行くのが良いでしょう。運ばれてきたものは、必ずチェックしなければなりません」

シンイー侍女長はテキパキと指示し、チェン家にいるお母様にもこの事件を伝書鳩をとばし知らせた。


夕方にはチェン家から、大量の湧き水の入った大きな容器が届けられ、幾重にも重ねられたお弁当箱には私の好物がぎっしり詰まっていた。


「スイレン様はスズラン様がかわいくて仕方がないのでしょう。ほら、桃がいっぱい別の荷車で届けられています。これほどたくさん、スズラン様が召し上げれるわけがありませんのに」


笑いながら桃がいっぱい詰まった箱を指し示す。


「そうね。みんなで、分け合って食べましょう。私の侍女や下女にもあげて」


「桃はとても貴重品です。米の10倍の価格なのですよ。下女や侍女が食べていいものではありません」


シンイー侍女長が頑なにクビを横に振るが、私は自らどんどん皮をむいていく。それを見ていた侍女達も皮むきを手伝う。その大量の桃を小皿にわけているところに皇帝が女官5人を伴っていらっしゃった。


「まぁーちょうどよいところにいらっしゃいましたわ。お母様から桃をいただきましたの。みんなでいただきましょう?」


付いてきた女官もそばに座らせて桃を振る舞うと、和やかな女性のおしゃべりで私の居室は満たされる。毎日、珍しいお菓子や高価な果物がお母様から送られてくる。いつのまにか、午後のひとときは必ず皇帝もいらっしゃるようになり、女官の5人とも打ち解けていくのだった。





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