18.公爵閣下の親心

「この度は我が娘アマーリアの軽はずみな行動でクルーガー伯爵およびご子息には大変なご迷惑をおかけして申し訳ない」


 応接室に通されると、クレヴィング公爵は改めて深々と頭を下げた。


「話はその場に言わせたバランド家のクレイグから聞きました。ラルフ殿にとってはまったく寝耳に水の不意打ちだったようで、さぞや驚かれたことでしょう。そのことで王太子──いや、前王太子アドリアン殿下からも何やら難癖をつけられたとか。まったくお詫びの仕様もない」


「頭をお上げ下さい。公爵閣下。そのようになされては私も息子も身の置き所がない心地です。私どもはアマーリア姫のご好意を光栄に思いこそすれ、迷惑などとは微塵も思っておりません。なにとぞ、そのようなお言葉は以後は無用に願います。そうであろう、ラルフ?」


「はい。もちろんです」

 父の言葉にラルフは咄嗟に頷いた。

 正直なところ、かなり色々と迷惑はしているのだがさすがに今この場でそれを言う勇気はない。


「そう言っていただけると有難い。では早速だが本日、来ていただいた用件に移っても良いかな。ラルフ殿とアマーリアの今後のことだ」


 謝罪を終えると、クレヴィング公爵は早速本題に入った。


「ええ、もちろん」


「アマーリアはあとで来させます。あれが来る前に少々お話しておきたいことがあるゆえ」

 そう前置きしてクレヴィング公爵は話し始めた。


「まず申し上げてたいのは当家としては二人の縁組について反対はしない方針です。むしろラルフ殿さえ良ければぜひ、我が家の婿となっていただきたい。


 理由は二つあります。まずはラルフ殿の人柄、騎士としての資質、技量の優れた点について愚息ヴィクトールと、『銀の鷲騎士団』団長のガラハド卿から聞き、そのような若者ならば我が娘を託すに値すると考えたこと。


 もう一つは、こういう状況になった以上、ラルフ殿と結ばれるのが一番、娘を醜聞から守ってやれると思ったからです。身勝手なことを言って申し訳ない」


「それは……」


「クルーガー伯爵もお聞き及びのことでしょう。今、王都は王太子位を廃されたアドリアン殿下とイルス男爵令嬢の噂でもちきりだ。なんでも「王冠を捨てた恋」ということで庶民の間では「まるで悲恋物語の恋人同士のようだ」などともて囃されておる。その話のなかで我が娘アマーリアがどのように言われているかご存じですか?」



世間の噂話に疎いという点ではラルフと父はよく似ている。

顔を見合わせる父子を見て、ヴィクトールが苦々しげに言った。


「王太子の婚約者でありながら別の騎士に色目をつかって通じていた淫乱な公爵令嬢。しかもその騎士との密会の現場を偶然目撃したマリエッタ嬢をありとあらゆる手段で苛め抜き、それに気づいた王太子が婚約破棄を突きつけると、腹いせにあることないことを国王陛下に告げ口して王太子を廃位に追い込んだ悪魔のような性悪女」


「そんな馬鹿な!」

 ラルフは思わず声をあげた。


「それに関しては、すべてマリエッタ嬢の偽証とそれを鵜呑みにされたアドリアン殿下の誤解によるものと聞いております」


「無論、調査の結果、アドリアン殿下が婚約破棄の根拠として挙げられたような、マリエッタ嬢への虐待、誹謗中傷などは事実無根だということが分かっておる。ましてや口にするのもおぞましい、密通云々などというのが言いがかりでしかないことはラルフ殿もよく知っているであろう」


「もちろんです。騎士の名に誓って私もアマーリア嬢も神に恥じるようなことは何もしていません」


「国王陛下も貴族の大半も調査の結果を信じて下さっている。だが庶民というものにとって王室や貴族の醜聞ほど楽しい娯楽はない。彼らにとっては真相など関係ない。楽しく盛り上がれればそれで良いのだ。それには分かりやすい悪役がいる。アマーリアは今、その彼らの娯楽のための槍玉にあげられておるのだ。わしは父親として、あれが哀れで胸が張り裂けそうだ」


 クレヴィング公爵の猛禽類を思わせる鋭い目には涙が光っていた。

 愛娘の名が、庶民たちに悪しざまに罵られ、醜聞に塗れていることによほど耐え難いらしい。

 

 いつも陽気に振舞っているヴィクトールも険しい顔をして唇を噛んでいる。

 二人のつらさ、口惜しさはラルフにも十分伝わってきた。


「噂はいずれは消えるとはいえ、そうまで言われたいわく付きの令嬢を娶ろうといってくれる物好きは今後も現れはしないだろう。


 いや、国王陛下はもったいなくもあれを次期王太子となられるエルリック殿下の妃にと仰って下さったのだが、そのようなことになれば今度は世間に何を言われるか分からぬ。


 そもそも、わしはアマーリアにもうこれ以上、望まぬ婚約を強いたくはない。あれの行く末は当初の予定よりも随分と険しく、つらいものになるであろう。


 その半分はあれがあの夜、皆の前でラルフ殿に想いを告げるなどという馬鹿げたことをしたせいなので自業自得でもある。


 だが、わしは父としてあれが哀れで……せめて想う相手と一緒にさせてやれたらと。愚かな親心と笑っていただいて構わない」


 そこまで言ってクレヴィング公爵は目頭を押さえた。


「とはいえ、ラルフ殿にも無理強いはしたくない。もう薄々お分かりのこととは思うが、あれは外見に似合わず中身は随分と独特というか、風変わりな娘だ。手に負えぬと思われるなら率直に言って欲しい。公爵家が相手ということで遠慮をして無理をされても、それではかえって娘は不幸になる。わしはあれをこれ以上不幸にはしたくない」


「それは本当にそうだから。遠慮なく言っていいぞ、ラルフ。返答次第ではアマーリアはここには呼ばない。俺から後できちんと話しておく。

 そしてそのことで、後々、クルーガー伯爵家やおまえ自身に悪い影響が及ぶようなことは、俺と父がクレヴィング公爵家の名に懸けてさせない。安心して欲しい」


 ヴィクトールがラルフを見て言った。ラルフはその目をまっすぐに見返した。


「率直にお話いただきありがとうございます。アマーリア嬢とのお話、私などで良ければお受けさせていただきたいと思います」


「よいのか?」

「はい。身に余るお話をいただき光栄です。若輩の身ですが公爵閣下、ヴィクトール様に安心していただけるよう、精いっぱいつとめる所存です」


 頭ごなしに命じようと思えばいくらでも出来るはずなのに、そうはせず、こうしてラルフの意志を確認してくれる公爵の誠意に応えたかった。


 それに数度会っただけだが、あの確かに風変わりではあるがまっすぐで朗らかな印象のアマーリアが、そんなにも酷い風評に晒されているのを知って、痛ましく思う気持ちもあった。


実家では邪魔者でしかない自分をこうまで必要として貰えるのなら、この公爵家のために生きてみるのも悪くないかもしれない。


 恐らく、公爵は伯爵家の事情──ラルフがこの年まで結婚も婚約もしていない理由についても調査済みなのであろう。


 いわれなき濡れ衣を着せられて王太子妃の未来を閉ざされ、王都では他に結婚相手をみつけることも難しいといわれているアマーリアの相手として、自分ほどうってつけの者はいないのではないだろうか。


 そんな自分に彼女が恋をしてくれたというのは、ひょっとしたら天の配剤であるのかもしれない。ラルフはそう思った。


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