13.あなたに逢いたくて

結論として、ラルフはしばらくヴィクトールの所属する近衛騎士団へ期間限定で異動することになった。


 ヴィクトールのすぐ近くにいれば、周りも公爵家の跡取りであるヴィクトールの目を気にして、ラルフから何か聞き出そうとしたり、または妬みから嫌がらせをしたりすることもないだろうという配慮からだった。


「アドリアン殿下がまた何か難癖をつけにきても、俺が近くにいれば何とでも対処できるからな」


「なんだか申し訳ありません。隊長にそこまで気を遣っていただいて……」


「いや。どう考えても悪いのはうちの妹だから。おまえは迷惑をかけられた側だから」


 ヴィクトールは苦笑して言った。


 当のアマーリア嬢は、クレヴィング公爵の命令のもと厳重な監視下に置かれ、あの騒ぎの日以来、邸から一歩も外に出して貰っていないらしい。



「なんだかお可哀想ですね。妹君は何も悪くないのに」


「お。何? アマーリアのことが気になる? 同情が愛情に変わったりしちゃう?」


「やめて下さいよ、からかうのは! 俺なんかがアマーリア嬢に相応しいわけないじゃないですか」


 ラルフは、顔をしかめて言った。


「なんで? アマーリアはおまえに惚れてるんだぞ」


「そんなの王太子殿下へのあてつけか、その場の勢いに決まってるじゃないですか」


「おまえなあ……」

 ヴィクトールに、がしっとヘッドロックを決められてラルフはぐえっと呻いた。


「うちの妹がそんな下らない理由で、男に愛の告白をするようなどうしようもない女だと思うのかっ!!」

「い、いえ。思いません。思いません! 失言でした! 取り消します!」

「よし!」


 ヘッドロックから解放されてラルフは、はあーっと息をついた。


「#妹__アマーリア__#は、あの通り、時々突拍子もないことを仕出かすが、他人の気持ちを冗談半分に弄んだり、からかって喜ぶようなことは絶対にしない。だから、あれがおまえに惚れてるっていったら、それは本当に惚れてるんだ。分かったか」


「ようく分かりました。以後発言には気をつけます」

 ラルフは首をさすりながら言った。


 公爵家の令息でありながら、自ら希望して騎士団に籍を置いているだけあってヴィクトールの武術の腕はなかなかのものだった。


 先年、行われた王の御前での武術大会では、剣術や弓術、馬術。馬上槍に、格闘術など多くの種目で優れた成績を収めていた。


 もともと、所属のちがうラルフがヴィクトールの目にとまり、親しく声をかけられるようになったのもその武術大会で、いくつかの種目でトップを競い合ったことがきっかけだった。


「しかし、何でよりによって俺なんでしょう? あてつけでも冗談でもなければ、一時のお気の迷いとしか思えませんが……」


「まーたまたご謙遜を。惚れられる理由ならちゃんとあるじゃないか。街で暴漢に襲われたアマーリアを、白馬の騎士のごとく颯爽と現れて救ってやったんだろう?」


 ヴィクトールがニヤニヤして言った。


 今回の件があってから、後々、発覚して面倒なことになってはいけないと思い、アマーリアと初めて街で出逢った時のことについては、クレイグとヴィクトールに報告してあった。


 クレイグは、

「そうか。そんなことがあったのだとしたら、年頃の娘が恋に落ちる理由としては十分かもな」

 と頷いてただけだったが、ヴィクトールはそれ以来、事あるごとにそれをネタにしてからかってくる。


「あー、もう言うんじゃなかった」


「そう言うなって。でも、まさか初めて邸で会った時、二人がすでに顔見知りだったとはなー。まったく顔色も変えないで初対面のふりしてるから、完全に騙されたよ。いやあ、生真面目な朴念仁って顔して、おぬしも悪よのう」


「……厩舎に馬の世話にいってきます」


「おい、何だよ。怒るなよー。ちょっとからかっただけだろう」


「ちょっとじゃないでしょう。この間から何度も何度もしつこくしつこく!」


「そうだっけ?」

「そうですよ!」


 ラルフは騎士として、ヴィクトールを尊敬していたが、その尊敬する上役がこんなにくだけた人柄だとは思わなかった。


 王太子があれで、公爵家の後継ぎがこれで、この国は果たして大丈夫なんだろうか……。


 あ。王太子殿下は廃位されて、第二王子が立太子されることになったんだったか。

 

 そのことで世間は大騒ぎになっていた。


 自分が今まで通りの職場にいたら、確かに否応なく騒動の渦中に巻き込まれてどんな目に遭ったか分からない。


 それを思うと、クレイグとヴィクトールの配慮は有難いことに違いなかったが、こうも頻繁にからかわれるとその感謝の気持ちも薄らいでしまう。



(そもそも、ヴィクトール隊長はご自分の退屈しのぎのために俺を側においたんじゃないだろうか……)

 そんな疑いを抱きたくもなるというものだ。


 厩舎の方へ向かって歩いていると、ふいに背後からガシャンガシャンと金属が触れ合うような音が聞こえた。


 振り返ると、銀色に輝くプレートアーマーを上から下まで着込み、兜の庇まできっちりと下ろした騎士が騒々しい音を立てながらこちらへ歩いてくる。


「!?」


 ラルフは目を疑った。

 

 全身を覆うプレートアーマーは見た目は美しく、勇ましげに見えるがその重量と着脱の手間から実用的ではないため、現在の騎士団ではほぼ使われていない。


 王室のパレードの先導役や、閲兵式などで将軍クラスの騎士が身に着けることはあるが、それでもこんな仰々しいものは、大貴族の邸宅などに飾られている装飾用のものでしか見たことがなかった。



(立太子の儀があるとか言っていたからその準備なのか?)


 そう思いつつ、道を開けようとしたがその全身鎧はまっすぐラルフをめがけて歩いてきて、ガシャン! と音をたてて彼の前で止まった。



 避けて進もうとすると、そのまま彼の歩みに合わせてガシャ、ガシャとついてくる。


(なんだって、こんな妙なことにばっかり遭遇するんだよ!)


 腹立たしく思いながら、


「誰だ! 王宮内を顔を隠して行き来するのは禁止されているぞ。兜を取れ!」


 と言ってやると、全身鎧はまたガシャンと盛大な音をさせて立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。


「申し訳ございません……こうでもしないと家から出られなくて」


(女!?)


 鎧の内側から聞こえてきた声は、くぐもってはいたが紛れもなく女性の声だった。

 しかも、この声は……。


 全身鎧が、頭に手をやり兜をとる。


 銀色の兜の内側から、現れたのは淡い金色の髪、夜明けの空を思わせる明るい藍色の瞳。



「先日は失礼いたしました。ようやくお会い出来ました」


 そう言って、にっこりとほほ笑んだのは、先ほどまで話していたヴィクトール・クレヴィングの妹にして、今回の騒動の原因の一人。


 アマーリア・クレヴィング嬢だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る