6.そして婚約破棄宣言
彼に惹かれながらもアマーリアは、その想いは忘れなければいけないと分かっていた。
自分には王太子の婚約者として。
そして何よりクレヴィング公爵家に生まれた者としての立場がある。
幼い頃よりアマーリアは両親から、貴族の家に生まれた者は生まれながらにして恵まれた環境を与えられたかわりに、その地位と財をもって国と民とに尽くす義務があると言い聞かされて育ってきた。
だからアドリアンの態度が冷たくなってからも、愛した相手に愛されて結ばれたいと願うのは我がままだ、自分は国と民、そして夫である国王に尽くせる立派な王妃になるために公爵家に生を受けたのだと自分自身に言い聞かせてきた。
王宮からの帰りにわざと遠回りをして騎士団の練兵場のそばを通り、ラルフの姿に胸をときめかせながら、
(もし、生まれ変わってもう一度、ラルフさまに出逢えたらその時はきっとこの想いを告げよう。叶わなくてもいい。ただ、この気持ちを伝えられるだけでいい)
と思ってきた。
恋した人と結ばれるどころか、想いを告げることも許されない寂しさをそうしてなだめてきた。
そんなある日。久しぶりにアドリアンの方から声をかけられた。
「今度のバランド子爵の婚約披露パーティー。君も出席するのか?」
「はい。アンジェリカから招待を受けていますから」
アドリアンは、ふっと笑った。
「そうか。ちょうど良かった。その日、君に話したいことがあるんだ」
「私に?」
「ああ、大切な話だ」
アマーリアは首を傾げた。アドリアンの方から改まって話があると言われるなど長い付き合いでも初めてのことだった。
「そのお話は今、伺ってはいけないお話でしょうか?」
婚約披露パーティーは若い貴族たちにとっては格好の社交の場になるだろうが、あくまで主役はクレイグとアンジェリカの二人である。
込み入った話をする場としては適さないし、その日はアマーリアはミレディと一緒に、アンジェリカの側に付き添うことになっていた。
だから、それとなく「大切な話なら今話して欲しい」と仄めかしたのだがアドリアンには通じなかったようだ。
「ああ。どうせなら他の者のいる場所で皆にも聞いて貰いたい。君を驚かせることになるだろうが……」
勿体ぶって言うアドリアンに、アマーリアは内心眉をひそめた。
(驚かせるって何かサプライズでもお考えなのかしら?)
何にせよクレイグとアンジェリカの晴れの場ですることではないような気がする。
アドリアンには昔から、自分がその場の主役でないと我慢出来ないようなところがあった。
一国の王太子として育てられれば無理のないことなのかもしれないが、ラルフの控えめで落ち着いた人柄に好意を持つようになっていたアマーリアには、アドリアンのそういうところが子供っぽく見えた。
だが次の瞬間、婚約者と別の男性を比べるようなことをした自分に嫌悪をおぼえる。
(なんてはしたない。こんな風だからアドリアンさまは私に嫌気がさしてしまわれたのかもしれないわ)
アドリアンがアマーリアに冷たくなったのは、彼女がラルフに出逢うよりもずっと前からのことなのだが、日々、ラルフに対する想いに後ろめたさを感じているアマーリアはそのことにも気づかない。
パーティーが始まる前、それとなくアンジェリカにアドリアンの発言について告げると、アンジェリカは目を輝かせて言った。
「まあ。ではとうとうあなたとの結婚の時期を発表なさるんじゃないかしら」
「殿下が? まさか」
「まさかって言うことはないでしょう。殿下はもう十九歳、あなたも十六歳。これまで正式に発表がなかったのが遅すぎるくらいよ。来年の春? それとも次の秋? ああ。私たちのお式と重ならないといいんだけど。霞んじゃうから」
声を弾ませて言うアンジェリカの言葉を聞きながら、アマーリアは自分が少しも喜んでいないことに気づいていた。
重たい気持ちで迎えたパーティーの席で、そしてその「重大発表」は行われた。
「アマーリア・クレヴィング! 私は今日をもってそなたとの婚約を解消する!!」
広間にひろがったどよめきのなかで、アマーリアは信じられない想いでそれを聞いた。
その瞬間、アマーリアの人生は本当の意味での幕を開けたのだ。
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