クリストファー・ヴァン・ストーカーの日記 二日目
5月4日 曇り
昨夜、宿屋の近くにあった〝デアルグ・デュ〟とかいう変わった名前の酒場に出かけ、そこで店の者や常連客達から、例のヴァンパイアと思しきアレクサンドル・D・ノスフェル伯爵のことについて、いろいろと話を聞いてきた。
この店は、こじんまりとした小さな田舎町の店ではあるが、料理と酒はすこぶる旨い。
だが、俺はこの店でひどい目にあった。
というのも、店にいた客達に「ノスフェル卿について何か変わったところはないか?」と鎌をかけてみたところ、皆、「俺達の伯爵にケチつけると許さねえぞ!」と、いきなり怒り出したのである。
客達ばかりではない、店の主やその娘までもがだ。
確かにノスフェル伯爵はこの辺では大地主であり、貴族として街の名士でもあるのだろう。
しかし、なぜ、それほどまでにここの者達はノスフェル卿のことを庇うのだ? それほどまでに、なぜ彼は人気があるのだろうか?
もしかしたら、ヴァンパイアの特殊な妖術で彼らの心を操作しているとか?
そのようにして住民達……特に、この店の客達にはえらく評判の良いノスフェル卿だが、今日の昼間、街でうまい具合に聞けた話によると、やはりこの男がヴァンパイアである可能性は非常に高い。
例えば、住民達の話によると、昼間にノスフェル卿を見たという者が極めて少ないのだ。
いや、見たとしても、山の上に立つ薄暗い彼の城の中でだとかで、昼日中、太陽の下でしっかりと彼の顔を拝んだという者は皆無に等しい。
伯爵のもとに古くから出入りしている大工の一人は、城の補修なんかを頼まれる時、大概、朝一度、伯爵に会って仕事の内容を打ち合わせした後は、仕事が日中に終わってもそのまま帰っていいと言われ、日が暮れる頃まではけして伯爵が確認しに出てくることはないのだという。
そして、多くの者がノスフェル卿に会うのは、日が沈んでから日が昇るまでの間―つまり、夜においてだけなのだ。
〝デアルグ・デュ〟に出入りしている者達も夜にしか伯爵に会ったことはないらしい。
言うまでもなく、ヴァンパイアは太陽の光を嫌う。
ここの住民達は皆、なぜか、そのことをまるで不思議と思っていないようだが、伯爵の行動は明らかに彼がヴァンパイアである可能性を示唆している。
それにもう一つ。住民達の誰に訊いても、ノスフェル卿の正確な年齢がわからないのである。
まだ20代だとか、いや30代、もっと上で40だとか、答える者によっててんでバラバラなのだ。
さらに長く50年前から伯爵を見知っているが、その当時からぜんぜん見た目が変わっていないなんて言う老人までいた。
それには「いや、そうじゃない。それは先代のノスフェル卿で、まるでそっくりだが、今のはその息子さんだ」などと説明する者もあったが、どうにも怪しい。
ノスフェル伯爵は何十何百という遥かな歳月を、年もとらずにこの地で生きているのかもしれない。
さて、これらの話を総合するに、やはりあのジプシー達が言っていた通り、ノスフェル伯爵はヴァンパイアであるという結論に当然ながら至るであろう。
にも関わらず、田舎者で無知蒙昧なここの住民達はまるで疑うような様子もなく、それどころか、ちょっと疑いの目を向けただけなのに、逆にこの俺様に対して「伯爵に無礼なことを言うな!」とブチ切れたりまでしている。
そこで俺は、親切にも身近に迫った危険を知らせる意味も込めて、思い切って「ノスフェル伯爵はヴァンパイアかも知れない」と、店の客達に言ってみたのだが、これがいけなかった。
客達はそれまで以上に激昂し、俺を店から放り出したのである。
まったく。悪魔の手先であるヴァンパイアの味方をして、正義の代弁者たるヴァンパイア・ハンターを足蹴にするとはなんと愚かな者達なのだ!
まあ、愚かな田舎者のことはともかく、これで十中八九、ノスフェル伯爵がヴァンパイアであることは明らかとなった。そうとわかれば、後は相手の根城に乗り込んで引導を渡してやるまでだ。
が、ただ一つ。疑問に思われることもある。
店で聞いたところでは、この町でも周辺の村々でも、ここ数十年来、ヴァンパイアに襲われたなどという事件は一つも聞いたことがないのだそうだ。
ノスフェル卿がヴァンパイアだとすると、彼は必要な血液をいったいどうしているのだろうか?
ヴァンパイアならば、人間を襲って血液を吸うのは必定。
そこには、何かうまいこと事件を隠蔽しているカラクリでもあるのか? それとも、伯爵はどこか噂も届かぬ程の遠方の地まで行って、哀れで非力な獲物達を捕えているのだろうか?
ま、その辺は後で調べればなんかわかるだろう。
とにかく、今日はこれから準備ができ次第、いよいよ敵の根城へと乗り込む!
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