第17話悪魔

とある男、ある日悪魔と出会った

その悪魔はにやりと笑うと男に契約を迫った

「お前の望みを言え、そして私と契約を結ぶのだ」

「なんでも願いが叶うのか?」

「そうだ、なんでもよい」

「ならば、永遠の若さを与えたまえ」

「いいだろう。その代わりに私と契約を結ぶのだ」

「わかった。いいだろう」

悪魔の契約とは、その男の行動を常に観察させるというものだ

この男が何をするにしても、悪魔が付き従うことになった

男は、永遠の若さを手に入れて、生活を満喫した

初めのころは楽しかった。女性との情事、愉快な仲間との旅、

おいしいご馳走。何もかもが楽しかった

そして、月日は巡り、500年が経った

男はあらゆる社会の歴史を経験し、知恵を身に着けた

すると、これまで悦楽の中にいた自分に物足りなさを感じ始めた

悪魔は言った

「お前はもう潮時だな。人間に永遠という時間を生きる気力はない」

「なあ、悪魔よ。生きるということは、なんなのだろう」

「それは、快不快に彩られた舞踏のようなものだ

人間は苦痛におびえ、快楽に逃げ込む。ただそれだけのこと」

「お前は私のことを観察してどう思った」

「なに、普通の人間だというだけだ。それに良い悪いもない」

「見ていて楽しかったか?」

「そこそこな。人間が踊る姿は、滑稽だ。楽しいな」

男は悪魔に小馬鹿にされたようで、いい気持ちはしなかったが、

人間とはそんなものだと達観できるようになっていた

「私にはもう、人生を楽しむ気がしない。ひっそりと山奥に暮らそう」

そう言うと、男は荷造りをし始め、山奥へと旅立った

それからというもの、話し相手は悪魔のみになった

悪魔はある日尋ねた

「お前は自殺を考えないのか?生きる楽しみもないのに」

「ああ、それだけはしない。なぜなら、今まで楽しんだ記憶が

私に最後の生きる糧を与えてくれるからだ。

そのともしびが消えるまで私は死を選ばない」

男はただ生きるためだけに、食事を用意し、寝床をしつらえた

ただ、生きるだけの生活。それが200年続いた

そんなある日、山奥に独りの青年がやってきた

近くの村の若者で、孤独を愛する純粋な者である

男が薪を割っていると、青年が話しかけた

「こんにちは、いい天気ですね」

「ああ、こんにちは。こんなところまで、何をしに来たのかな」

「このあたりに森の賢者がいると聴いてきました。あなたがそうなのですか?」

「私は長く生きているだけだ。賢くはない」

「実は、私は物語を書くものです。作家をしております

長く生きてこられたあなたを主人公にして、物語を書きたいのです

できればご協力願えますか」

男はしばらく考えると、ニコッと笑い承諾した

「いいでしょう。私の話は長いですよ」

それからというもの、毎日毎日男の人生が語られた

先の大戦で戦友を救った話。美女との密会、仲間たちとの語らい

男の人生は青年の書く文章により鮮やかに彩られた

3年ほどたつと、物語は完成した

若者はお礼を言うと尋ねた

「あなたは祝福された人生を歩んでこられたのに、なぜこんな山奥に

閉じこもっておられるのですか?」

男はしみじみとほほ笑むと言った

「それは、数々の幸せな記憶があるからだ。それがあれば、

日常が退屈でも何年でも生きられる」

「それはもったいない気がします。まだ楽しめるのに」

「いや、これ以上楽しんでも、今までと違いはないさ

むしろ、何もせずに淡々と日々を過ごすことで、過去の栄光は輝きを増すのだ」

「そうですか。では、今までありがとうございました。」

青年はそういうと完成した物語を手にし、立ち去った

悪魔は男にささやいた

「お前はやっと気づいたようだな。刹那の快楽よりも、永遠に回想

することのほうが、喜びが大きいことを」

「そうだ。人間は過去をいくらでも美化できる

私は現実よりも装飾された美しい過去に生きたいのだ」

「そうか、今お前の人生は終わる。人間の終着点に達したからだ」

そういうと悪魔は呪文を唱えて、男を光で包んだ

男は跡形もなく消え、そこには過去の思い出の詰まった思念が漂うだけであった

永遠の若さを得た男は、幸福に満ちた思念として、永遠をさまようのであった


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