ずっと、繋いでいられたら

怜 一

ずっと、繋いでいられたら


 「サボり」


 屋上へ出る扉の前にある狭い踊り場は、桐谷が一人になりたい時によく来る、お気に入りの場所だ。私は、教室から桐谷の姿が消えたことに気がつき、どうせここだろうと目星をつけ、探しに来た。


 「だって、めんどくさいんだもん」


 不貞腐れたように返事をする桐谷は、踊り場で仰向けになって脚を組んでいた。


 「同じ班の子達、大変そうだったけど」

 「どーでもいいよ、そんなこと」

 「いや、アンタ連れて帰らないと私の責任になるんだけど」

 「知らない」


 桐谷は鼻を鳴らし、身体を横に倒して、小さく丸まった。どうやら虫の居処が悪いらしく、こういう時の桐谷は、なかなか手強い。


 「そんなんだから、いつまで経っても友達できないんだよ」


 この通り、桐谷は気難しい性格で、幼稚園の頃から幼馴染の私以外に友達がいたことはない。しかし、その中性的で整った顔つきから、同性からアプローチされることも少なくなかった。


 「べつに、友達なんていらない」

 「でも、この前は同じ班の子達と友達になれそうって」


 桐谷の怒声が、私の言葉を遮った。


 「あんな奴ら、友達じゃないっ!!」


 なるほど。いま、桐谷が拗ねてる理由はコレか。しかし、桐谷がここまで強く言うのも珍しい。こんな桐谷を見たのは、小学校一年生の頃に、桐谷が丹精込めて作っていた泥団子を、私が思いっきり蹴り飛ばしてしまった以来だった。


 その時は仲直りするのに一ヶ月掛かり、さらに、私の大切にしていた髪留めを渡して、なんとか機嫌を直してもらった。ということは、今回も大切なモノに関するなにかがあったと、考えられるかもしれない。

 私は、桐谷の隣に座り、グズる子供をあやすように声を掛ける。

 

 「なにか嫌なことでもあった?」

 「…」


 私は、桐谷の頭を撫でる。艶のある黒髪は、指の間をスルスルと通り抜ける。これで、特別な手入れをしていないというのだから羨ましい限りだ。

 二人の間に沈黙が流れる。楽しそうに文化祭の準備をしている笑い声や、慌しそうに廊下を走る上履きの音が、廊下を伝って微かに聞こえてきた。


 「みんな、いなくなればいいのに」


 桐谷が、呟いた。


 「どうして?」


 私は、桐谷を刺激しないよう、優しく問いかける。


 「だって、アイツ等。みーちゃんのこと、バカにするんだ」


 その言葉を聴いて、納得した。原因、私だったかぁ。まぁ、大方、桐谷と親しく接していた私に嫉妬した女子が悪口でも言ったんだろう。そんなことは、過去に何回もあったから慣れている。しかし、それなら、なぜこんなに怒っているんだろうと、ますます気になった。

 

 「いつものことじゃん。なんで、そんな怒ってんの?」

 「アイツ等、ボクの髪留めのことを聞いてきたの。それで、コレはみーちゃんに貰ったんだって言ったら、それは似合わないから、私が新しいのプレゼントするって。…あぁぁぁぁ!!いらねぇよ!テメェみたいな妖怪メイクお化けの選んだモノなんてっ!このっ!このっ!」


 桐谷は、その場で手足をバタつかせ、行き場のないストレスを発散しはじめた。

 顔はカッコいいし、肌キレイだし、身長もそこそこあるのに、相変わらず、言動が幼稚園児レベル。しかし、妖怪メイクお化けって。幼稚な悪口だけど、だいたいの女子に刺さっちゃうワードだよ。なんなら、私にも刺さってるからね。


 「そっかそっか。桐谷は私のために怒ってくれたんだねぇ」


 癇癪を起こした子供をあやしていると、暴れていた桐谷の動きがピタッと止まった。


 「…ヤだ」

 「ん?」

 「いつもみたいに、きーちゃんて呼んでくれないとヤだ」


 私と桐谷は、学校では互いに名字で呼び合うようにしている。みーちゃんときーちゃんというのは、幼稚園児の時につけたあだ名で、ある時から人前で呼び合うのが恥ずかしくなって、プライベート以外では名字で呼び合うことにしていたのだ。


 甘えたいモードになってしまった桐谷を慰める方法は、桐谷の要望に応えるしかなく、それを無視してしまうと泣きはじめてしまうので、実質、私に選択肢はなかった。


 「はぁ。わかったよ、きーちゃん。ほら、おいで」

 「やったぁ!えへへ」


 正座した私の膝に、素早く桐谷は頭を乗せた。この膝枕も、慰める時の定番である。桐谷は、まるで猫みたいに喉を鳴らし、スカートに頭を擦りつけてくる。その表情は、到底、学年No. 1の女子人気を誇るイケメン(女子)とは思えないほど崩れきっていた。


 「きーちゃん。これが終わったら、教室戻るからね」

 「んーん。聞こえないもん」

 「はぁ…」


 桐谷は、私のお腹の方へ顔を向け、両手を腰に回す。どうやら、私から離れる気はないらしい。

 私が桐谷を甘やかし続けているから、桐谷に友達ができないんじゃないかと不安になる時がある。将来のことを考えると、私と桐谷が、ずっと一緒にいられる確証はない。進路が違えば、自然と離ればなれになる。もし、そうなった時、この子が周りと馴染めるのか。新しい友達を見つけられるのか。とても心配だ。

 

 「ウザかった?」


 ふと我に帰ると、桐谷が怯えた顔でこちらを見上げていた。


 「な、なんで?」


 私が慌てて聞き返すと、桐谷は手を伸ばして、私の頬をそっと撫でた。


 「みーちゃんの顔、怖かった」


 私は、差し伸ばされた桐谷の手に、そっと、自分の左手を重ねた。


 「大丈夫。少し、考え事をしてただけ」

 「考え事?」

 「そう。私ときーちゃんの将来のこと」

 「私とみーちゃんの将来…。結婚?」

 「…ん?」


 緊張が解けた表情に、再び、緊張が走った。

 その考えはなかった。というか、普通はない。


 「そ、そこまでは考えてなかったなぁ」

 「…そうだよね。だって、女の子同士だもんね」


 なぜ、桐谷はそんなに寂しそうな声を出すのかということは、敢えて聞かないでおこう。


 幼馴染みの私から見ても、どんな男子より桐谷はカッコいい。気分屋のせいで振り回されてばっかだし、甘えたがりだけど、むしろそこも可愛いと思っている。でも、恋愛対象として意識したことは一度もない。それに、例えば、そういう関係になってしまったら、親友という関係には戻れなくなってしまう。それが、怖い。


 「もう、元気になったでしょ。ほら、いくよ」

 「うー…」


 私は、桐谷を強引に剥がし、桐谷の手を引いて、階段を降りる。

 いつか、こうやって繋いでた手を離す時がくるのだろうか。でも、もし、ずっとこの手を繋いでいられるのなら、きっと────。



end

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