好みのすがた?

 この顔が好きじゃない。

 若い頃はもっと中性的で幼く見えた。だからきっと先輩とのあれこれだってあったんだと思う。

 男からも女からも、こちらから言い寄ったなら受け入れられる事が多かった。

 可愛い。綺麗。格好いい。全部キライ。

 面倒くさくなって、わざとお堅い格好をするようになっても、時々下心で近づいてくる人間はいた。

 それを切り捨てるように、華々しい専属秘書を辞退して、今事務職に埋もれるに至る。

 昔噂になったお偉いとのスキャンダルを掘り返すかのように、今でも時に全く根拠がない噂話を耳にしたりもして。

 この顔が好きじゃない。本当に辟易する。


 だけど、何もかもがバカバカしくて空しくて、最低の自己中になろうと女装してふんぞり返ってみた時に。

 綺麗じゃない自分は許せないと思うくらいには、俺はプライドが高い人間で。

 肌を磨いて。ボディラインをつくって。見せ方を研究して。振る舞いを身につけて。用途に合わせたメイクも服装も、どう演じるかも今や自由自在。

 だって、劣ってしまったなら滑稽だから。

 魅力的を演じるのならば、魅力的でなければならない。



 もう身についてしまった惰性で、レディースファッションの新作をチェックしてる。プチプラアクセサリーにもついつい目を奪われる。

 当たり前のように毎日欠かさずに美脚ストレッチもしているし、部分シェイプ運動は週替わりメニュー。最近買ってみたスムージーはビタミン類だけじゃなくて美肌酵素や美白成分まで入ってるものを選んだ。

 ふと我に返ると、俺はいったい何をしているんだろうってわからなくなる。


 この顔が好きじゃない。だけど、劣っているのは許せない。

 この顔が好きな人間なんて、みんな馬鹿だ。簡単に騙される。そうやって人を誘惑して堕としてきた。それはある意味、代理復讐みたいなものだったのかもしれない。

 そんな必死なプライドが上乗せされてしまった分、少しでも魅力的に、美しくあろうとしてきて、それが当たり前の慣習として根付いている。


 酒井くんと付き合うようになって、ヴィヴィを辞めた。

 純粋に時間が惜しかったから。

 世界一傲慢な美女を演じなくても、世界一ちやほやしてくれる人がいるから。

 だけど女装自体は……酒井くん、結構好きなんだよなぁ。この習慣を改めるほどのきっかけが何もない。


 そうして他の誰に見せる訳でもなくなった春服を選んでる。

 今までと違う基準で。

 露出のバランス。色使いとデザインの誘惑。手を伸ばせばどうにか届きそうな、安くはない期待感。時々アンバランスを交えてみるのもきっと暴いてみたくなる。

 でも今必要なのはそういうものじゃない。


 何を選べば正解なんだろう。

 今更清純気取りのゆるふわ甘かわコーデなんて似合わないし。スタイリッシュを求められてる気もしない。流行に乗ろうにも、喉仏やデコルテは隠したいし、肩幅や腰回りなんかはやっぱり気を使ったりする。オーバーサイズがオーバーにならなかったらシャレにならないし、ボリュームスリーブが更に肩幅を広げたりするのはいただけない。体のラインを強調すれば違和感が強くなる。隠しすぎても同じで、かえって違和感を助長する。隠すところは隠して、見せていい部分は見せるのが一番完成度が高い。

 でもその完成度を求められてるのかっていうと、それはそれで違う気もする。

 誰かのためにコーディネートするって、難しい。



「酒井くんは、どんな服装が好き?」

「えっ、真尋さん」

「答えになってない」

 直接尋ねてみたら、見事に返答になってなかった。

「ええ、じゃあ何も着てないのが…」

「ほんとアホなの」

 悩んでるの、バカバカしくなってきた。


「だって、真尋さん何だってきっと似合うし。俺みたいにセンスの欠片もない人間が真尋さんみたいにオシャレで神な領域に物申すとか、アリンコに国家予算の相談してるとしか……」

「別にお洒落じゃないし。だから、アリンコの意見はどうなの?」

「えー、真尋さんの女装は芸術的な美なので、何着ても可愛いし綺麗だしもう本当に世界一美人」

「うるさい」

 もういっそ、何を悩んでたんだっけ?


「あひるちゃん以上の美人はいないし。何着るかよりもうあひるちゃんが綺麗すぎて眩しくて服装にまで目が行かないっていうか」

「………」

「可愛くてもセクシーでも普段着でもパジャマでもパンイチでも魅力的すぎてキュートでえっちで目が離せないっていうか」

「………酒井くんは、あひると俺とどっちが好きなの」

 喋りながらもう既に後悔してた。何それ。自分に嫉妬?イタすぎるにもほどがある。何やってんの。もう嫌だ。

「真尋さんに決まってるでしょ?」

 何の含みもない様子で当たり前のように即答されて、鼓動が跳ね上がった。指先までどくどくと脈打って、高まった熱を巡らせる。バカな事言って、不意打ちに落とされた。こんなことが思いのほかものすごく嬉しかったなんて、本当に俺がイタすぎる。


「真尋さんがどんな姿だって世界一可愛いし、あひるちゃんは真尋さんだから可愛い」

「………」

「ほらもう、世界一可愛い好き」

 ご機嫌な抱擁に包まれる。こんなにもくだらない事を言って、それですら真っすぐに受け入れられたのならば。酒井くんから受け取る可愛いも綺麗も全部悪くないなって思ってしまう。


「世の中には美人も可愛い子もたくさんいる」

「真尋さんが一番です」

「酒井くん、若いから」

「幾つになったら信じてくれる?」

「幾つになっても俺の方が年上だし」

「年上で美人で可愛くて可愛いとか最強!むしろ神!」

「……なにそれ」


 もうなんか、何だっていいや。くたりと力が抜けて、酒井くんに寄り掛かる。

 負けず嫌いも、山より高いプライドも。ここでは発揮されない。だって、完敗だって構わないと思ってしまっている。だいたい懐の広さと包容力では、勝負にすらならない。


「あああああ、真尋さんの可愛いが過ぎる!天空から鼻血降るレベル!!!」

「それはちょっと」

 ちょっとだけ伸びあがって、その鼻先をぺろりと舐める。背中でぎゅうっと丸まった指先を感じて、満ち足りた気分になった。


「色気の権化!」

「うるさい」

「これはやはり真尋さんが優勝!」

「敬也くんでしょ」

「えっ?」


 酒井くんに勝てる人間なんて、いる訳ない。どれだけの人間がいたとしても、こんなにも好きになれる人なんていない。

 だけどそれを素直に伝えられる口なんて、持ってはなくて。

「うるさい……誘ってるの」

 代わりに今度は唇にちょんと口付ける。それだけで、簡単に手に入る。

「敬也くんの好みでいたいなぁ」

 そうしたら、全部ずっと俺のでもいいでしょ?


「これはもう可愛いの概念!真尋さんしか勝たんってか勝つわけなくなくなくない!」

「それはよくわからん」

「あーあーあーほんと好き」

「……………うん、俺も」

「………!!!???」


 誤魔化すキスが情炎に変わる。結局のところアレか。まごうことなき真実は。

「……………何も着てないのが好み?」

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