ゆめのしま【第一倉庫】

ちえ。

きみといっしょに(完結)※R残酷暴力性オール胸糞注意

きみといっしょに ①

 ごめんなさい。


 きたならしい、かみだっていわれて、ぼくははさみできった。

 かがみにうつる、かみがたが、みんなといっしょになるように。ちょっとずつ、すこしづつ。そうしたら、もうきたならしく見えないようにじょうずにできた。

 だけど、どれだけがんばっても、じゅうたんにおちたかみのけは、ぜんぶきれいにできなかった。

 今日もまた、お父さんにおこられる。

 ぼくが、わるいこだから。

 おなかをなぐりつけられたら、食べたものをはいてしまった。血がまざってる。

 ごめんなさい、たいせつなたべものをはいて。またじゅうたんをよごしてしまった。

 ゆかになげつけられたら、シャツがやぶれてしまった。これじゃあ、また、だれかがおまわりさんをよんで、お父さんとお母さんに、めいわくをかけてしまう。

 なんでぼくは、こんなにわるいこなんだろう。

 ごめんなさい。ごめんなさい………。


 気がつくと、ぼくは夜の公園にいた。真夏なのに、すごく寒い。からだがあちこち痛いのは、いつものこと。今日は、立ち上がっても吐かないし、肩やわき腹のズキズキも、動けないほどじゃない。まわりはすっかり暗くなってきてて、はやく家に帰らないと、またおまわりさんにつかまって、お父さんとお母さんに、めいわくをかけてしまう。いそいで立ちあがってから気づく。くつが、片方しかない。服のそでは破れてるし、くつも片一方だけ。こんなかっこうで歩いてたら、また通報されてしまう。

 ぼくは、うろうろとくつを探す。今日はうろうろしても、きもちわるくない。近ごろは、すぐに吐いてばかりで、血がまじって赤いのを吐くから、がんばってぞうきんでこすってもきれいにならなくて、怒られてしまってたのに。歩くとおなかが痛くなって、赤いうんちをおもらししてしまうこともあったけど、今日はおなかも痛くない。はずかしくなくて、よかった。

 ひさしぶりに、しっかりと歩いてうろうろできるのは、気分がよかった。だけど、くつは見つからない。だいたい、ぼくはくつをはいていたっけ?だって、さっきまで家にいたのに。

 最初は気分がよくて、はりきってくつを探していたのに、思いだしたら、急にかなしくなった。

 そうだ、ぼくは、公園になんてきてない。

 ぼくがわるいこだから、とうとうお父さんに捨てられたんだ。

 いや、ほんとうはわかってる。ぼくのからだは、多分もう生きてない。

 だって、苦しくないし、痛くない。

 だけど、なんでぼくはここにいるんだろう?どうしたらいいんだろう?

 これ以上、お父さんとお母さんに、迷惑をかけたくはないのに。


 ぼくは、途方にくれて木の根元にうずくまってすわっていた。どのくらい、時間がたったのかはわからない。幽霊に時間があるのかもわからない。そうしてすわっていたら、突然女の子に声をかけられた。

「ねえ、どうしたの?ないてるの?」

 ぼくは、びっくりして顔をあげた。かわいい女の子が、心配そうにぼくを見てる。どうしよう、見つかってしまった。ほんとのことなんか、言えるわけがない。

「かえれないの。くつが、ないから。」

 口から、言い訳がでた。ぼくが見つかってしまったら、お父さんとお母さんがわるものにされてしまう。わるいのは、ぼくなのに。

「くつをおとしちゃったの?いっしょにさがそう。」

 女の子は、勇気づけるように元気に言った。とってもやさしい。だけど、ここにくつがないことなんてわかってる。だから、ぼくは首を横にふった。

「ずっと、さがしてたけどないの。もうこんなにくらいし、きっとみつからないよ。」

 ずいぶん暗くなってきて、草や木がいろいろなものをかくしてる。その中に、いちばんみつかっちゃいけないものがあるのを、ぼくは知っていた。公園の端っこ、草木の向こうに転がっている、塀の向こうから投げ捨てられたからだ。ぼくのかたちをしていたぬけがらは、血や吐物や汚物にもまみれてて、くさくてきたならしい。はずかしいから、この優しい女の子にみられたくなかった。軽蔑されてしまうのがこわかった。祈るような気持ちで首を横にふっていると、女の子は周囲を見まわして、考えこむように首をひねって、それから、うんと明るい笑顔になった。

「それなら、わたしのくつをはいて行ったらいいよ!うちはすぐ近くだし、新しいくつがおうちにあるの。」

 にこにこしながら、ぼくにはいていたサンダルを差しだす。すごく女の子っぽいわけじゃない、水色のサボサンダル。はだしで土の上に立つ女の子の足は、きっと汚れてる。ぼくのせいで汚れてしまった足を気にもとめずに、女の子はにこにことぼくに笑いかけてくれた。

 遠くから、女の子を呼ぶ声が聞こえて、女の子は表情を焦らせた。

「あっ、おかあさんがきちゃった。わたし、みかっていうの。またあえたら、あそぼうね!」

 ぼくに手を振ってかけだす女の子。ぼくはその後ろ姿を、見えなくなるまでじっと見ていた。

 ぼく、みかちゃんとあそびたかったな。

 せっかく、遊ぼうって言ってもらったのに、ぼくにはそれができない。それが、悲しかった。


 立ち上がって、みかちゃんが置いて行ったサンダルに手をのばす。だけど、ぼくの手は、それにさわれない。幽霊のからだは、ものにさわれないんだ。せっかく、ぼくにくれたのに。ぼくのために、はだしになって。明日になれば、ただのごみや落し物になって、捨てられてしまうかもしれない。ぼくのものなのに。誰にも、あげたくないのに。

 ぼくは、片足のスニーカーをぽいとぬぐ。ぼくは、ぼくのからだにさわれた。スニーカーは、放り投げられた土の上に転がってしゅーっと消えた。みかちゃんのサンダルの上に立つ。このサンダルをはきたい。やせて小柄なぼくにはちょっと大きいけど、きっとぴったりだもの。

 ずっと見ているサンダルが、ぼくの足にぴったりなところを想像すると、不思議とぼくはそのサンダルをはけていた。そっか、幽霊はものにさわれないけど、思ったように自分の姿を変えられるのかもしれない。

 だったら、ぼくはもっとふつうの男の子の格好がしたい。

 ふつうの子みたいに、シャツやズボンが破れてたり汚れてたりしなくって。顔やからだがあざだらけじゃなくって。食べるものがなかったり、食べても吐いてしまうから、ひょろひょろで骨の標本みたいなぼくのからだも、もっと元気そうにふっくらしている方がいい。

 ぼくは、そう思い描いてから公園のトイレにかけこんだ。背伸びしても届かなかった鏡を、ひょいっと洗面台によじ登ってから覗きこむ。こんな風にからだがうごいた事は、もう長いことなかった。最近はちょっと歩いただけで痛くて苦しくて、すぐに床にしゃがみこんでいた。でもずっと寝たままのわるいこだと、お父さんが怒るから、ちょっと歩いて、それから座って、じっとしていることが多かった。好きだった本も、字がにじんでよく見えないことが多かったし、ぼーっとして、うとうとして、気がつけば時間が過ぎている毎日だった。

 そうだ、こんな風にいろいろな事を考えられるのも、久しぶりかもしれない。

 柔らかいさらさらの黒髪。お母さんに似たぱっちりとした大きな目。瞳の色が薄い茶色なのは、お母さんのおじいちゃんが外人さんだからなんだって。肌の色が白いのも。日に焼けてないからもあるかな。栄養や血が足りないからだって、警察に連れて行かれたお医者さんに言われたこともあるけど。

 ぼくは、ふつうの子だったら、こんな姿をしていたのかな。幽霊のからだが、ほんものなのかにせものなのかは、わからないけど。

 頑張って上手に切れた髪型は、ぼくに似合っているかな。ぼくが汚らしい恰好をしていると、たくさんの大人がお父さんとお母さんを責めるんだ。だから、きれいにしてたかった。ふつうの子みたいに。

 ぼくがふつうの子みたいにしてたら、お父さんとお母さんもふつうの家族みたいに、幸せになれたのかもしれない。お母さんは格好いいお兄さんたちとデートばかりでいつもいないんじゃなくて、お父さんはぼくがお母さんに似てるからっていつもぼくを殴らなくて済んだのかもしれない。だけどぼくはだめな子で、ふつうの子にはなれなかった。ふつうの子に、なりたかったな。いいこになりたかった。


 ふつうの子に見えるようになった姿を鏡で確認して、急に焦る心でいっぱいになってぼくは洗面台から降りた。

 お礼を、言わなくちゃ。みかちゃんに。

 ぼくがここにいるのは、ぼくの本当のからだがこの公園にあるからかもしれない。だったら、すぐにぼくはいなくなってしまうのかもしれない。今だってなんでここにいるのかわからないんだもの。

 サンダルをくれてありがとう、やさしくしてくれてありがとうって。最後に、きみに出会えてうれしかったよって、ふつうの子の姿で言いたい。

 だけど、夜中に犬を連れたおばさんの悲鳴が響いて、すぐにたくさんのパトカーや警察官がかけつけて、ぼくのからだは連れて行かれてしまった。

 ぼくは、みかちゃんにお礼を言いたいのに。からだから離れることができずに、ぼくはその公園をあとにした。


 ぼくのからだは、へんてこな格好をしたお医者さんに切り刻まれた。痛ましい、と言って手を合わせたお医者さんは、ぼくのからだの壊れたところを確認している。もう死んでるからだなのに。ぼくは、それをじーっと見ているしかなかった。どこにもいけないから。幽霊のぼくのからだは、もっと健康的な姿をしている。だから、壊れたいれものが肉片になっても、どうってことはない。運ばれたときから、半分以上はふつうじゃない見た目をしていたし。それが人間に見えなくなっても、ぼくに影響はなかった。ぼくはとっくに人間じゃないんだなあってわかったら、少しからだだったものから離れても平気になった。

 しばらくして、傷だらけのお母さんが運ばれてきた。笑いながら、ビルの上から飛び降りたらしい。お母さんも半分肉の塊だった。せっかくのきれいな顔も、モデルさんみたいな絵に描いたようなからだも、もう人間じゃない。だけど、お母さんの幽霊がぼくみたいにここにいないのは、ぼくに会いたくないからかもしれない。ぼくはじっとしていられなくて、慌ただしいおじさんたちの間をすいすいと歩いた。ぼくの話をしているおじさんたちに聞き耳をたてて、ぼくはどうしたらいいのかを考えてたけどわからなかった。お父さんは、警察に捕まったんだって。お父さんもお母さんも幸せになれなかった。ぼくのせいで。そう思うと、また悲しくなった。

 みかちゃんに会いたいなあ。ぼくがこんなにわるい子でも、何も知らずに笑っててくれる。いっしょに遊ぼうって言ってくれる。

 そうだ、ここにいても何もできないなら、みかちゃんに会いに行こう。そう決心したら、ぼくはまた公園にいた。



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