epilogue
「いやー、びっくりしたねー! どうしようかと思ったよね、うん!」
村の中だとしたら道行く誰もが振り返って見るのではというくらいの大きな声。森の中、背の高い木に背中を預けて座ったまま、コスタスはやたら明るい調子で、目の前の何もない空間に向かって一人で喋っていました。
「ああして派手に血を撒いてくれたおかげで、
でもさあ、
自分を黙らせた存在が死に、能力の効果が解除されて話せるようになったのをいいことに、返事が返ってこなくても話を続けます。
「まあでも? ハッピーエンドなんだからきっとなんとかなったんだよね! なんとかなるもんなんだね!」
コスタスは、死んだ二人を悼みません。
「いやー、でも不思議なこともあるもんだね! ぼくもびっくりしたよお!」
コスタスは、二人を弔いません。
「だってね、抱えてたら何もしてないのに急に大きくなり始めて」
何故なら。
「お前さ」
コスタスの声しかなかった空間に、突然現れたコスタスのものではない声。
「はい!?」
喋っている途中で急に話しかけられ、思わず飛び上がって後ろを見たら。
「お前さ…… 嘘下手だな!」
一旦作った真顔を、けれど瞬時に緩めて笑い出したコウモリと、一緒になって苦笑するやたらと痩せた大人の人がいました。
コスタスはマフラーで隠された口の中で、二人にバレないように一度ぐっ、と奥歯を噛み締めました。そうしないと、目が潤んでしまいそうでしたから。
「……そんなこと言われたの、初めてだな」
素敵な笑顔、にはなれていないでしょうが、自然と頬が緩んだのが分かりました。
完全なるダメ元でした。
確かに、とっくの昔に消えてしまった物語を復活させてみようとしたのは失敗に終わりました。
けれど、それはもしかしたら、コスタスがその物語の登場人物に実際に関わったことがなく、イメージをきちんと持てていなかったからなのかもしれません。
センサーが消えるとか、カレーパンを出すとか、コスタスが知っていて、想像しやすいことなら、能力で実現できるのかもしれません。
だとすれば、もしかしたら。コスタスが接して、少しだけ知ることができたエレーニとカンダタならば生き返らせることができるかもしれないと思いました。
もちろん、全ては自分の能力の全容を把握できていないコスタスの、ただ単なる憶測にすぎません。
けれど、試さなければならなかった。いいえ、試したかったのです。こんな最期ではいけないのです。
非情な現実を否定したい。幸せな嘘を現実にしたい。
意識を失い、動くことはなくなっても、まだ完全には消滅せずに自分の腕の中にいてくれている二つの亡骸に向けて。
マフラーを口元から下ろしたコスタスは、祈るように一言呟いたのでした。
「なんでぼくがやったって分かったの?」
「お前が物好きだからだ。
「そっか……」
「そうだぞ。だが残念だったなコスタスよ。その能力は一つの対象につき一度しか使えないのだろう? なら、己達にもっと変なことさせるのに使った方が良かったんじゃないか?」
冗談めかした言い方に、何言ってるの、と真面目に返そうとして。少し考えてから、コスタスは笑いながら答えました。
「そうだね。もったいないことした」
カンダタは聞くや否や、コスタスの頭を強く撫でるように軽く小突きました。
そこでやっと、コスタスははっ、と冷静になりました。そっと顔を正面に戻し、俯き加減になります。
こんな風に笑ってちゃいけない。だってぼくは……
そんなコスタスのマフラー越しに、背後から、左頬にはふわふわの体が、右頬には折れそうなほどに細い指が触れました。
そして。
手紙をもらったこと、存在そのものを救ってくれたことに対する気持ちを込めた言葉を伝える、二つの声が重なりました。
「……やめてよ。生き返らせたって、ぼくのせいでエレーニさんもカンダタさんも一度死んだ事実は変わらない……」
「でも助けてくれたじゃねえか」
エレーニはコスタスの肩に掴まり、どこか穏やかに語りかけました。
「エレーニさん達に助けてもらったのはぼくの方で…… なのにぼくは……」
「……分かった。罪悪感をどうしても忘れられないなら、忘れなくてもいい。
でもなコスタス、ウチもカンダタも本当に久しぶりなんだ、本気で礼を言うのなんて。こういう言葉ぐらい、ガタガタ言わねえで受け取っとけよ」
もう一度だけ、奥歯を噛み締めて。
「どういたしまして。ありがとう」
やっとのことでそう返しました。
「さて、そろそろ自分の物語に帰らなければならない頃合いだな」
「そうだね…… あ、あとその、このタイミングで言うのもアレだけど、人の物盗んだことは許してないからねぼく」
「……そうか」
「そうだよ。それはそれだからね。まだ怒ってるからねぼく。もし今度ああいうことしたら…… その…… ええと……」
「はっ、まとめてから話せ」
「うるさい。君達が盗まなきゃいいだけだよ」
(『今度』、ねえ……)
歩きながらそんな話をしているコスタスとカンダタを眺めつつ、エレーニは何か思案しているようでした。
やがて、何か思いついたように、二人に「なあ」と呼びかけました。
「忘れんな。ウチらは大切な仲間だの、かけがえのない仲間だのを持つべきじゃない。持つ権利はない。
それはバッドエンドだから」
「……うん」
「しかも悪だから」
「……ああ」
「ウチらはそんなご大層な関係にはなれない。なっちゃいけない。
だから」
真面目な表情だったエレーニの顔が、ニヤリと。あの時のようないたずらっ子にも似た表情になりました。
「ウチらは、ただの仕事上必要な存在だ。それ以上でもそれ以下でもない。そういうことにしておこう」
え、それって…… と動きを止めた人間二人に、わざとらしくしかめ面をし、コウモリは続けました。
「あーあ、仕事ならしょうがねーな。嫌でも顔合わせなきゃいけねーのかなー。とんだブラック企業だなー。
もしまたセンサーが出たら…… 一緒に戦わないといけねーのかなー」
小さな顔が、二人から背けられました。
「もしそれでも嫌じゃなければ…… このクソみてえな物語に、ウチと一緒に例の台詞、言ってやってくれねーかなー」
三人の間に、少しだけ沈黙が流れ。
やがて。
「お幸せに」
三つの声が、重なりました。
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