焦らして挽いて淹れさせて

シヲンヌ

こんにちは、お隣さん

 白日の下、男、星野ほしの辰也たつやは一人向かっていた。足取りこそ軽やかだが、着ているスーツのシャツを濡らすほどの急ぎ足であった。大通りから裏路地への角を曲がり、ほんの少しだけ彼は進む。足を止めたのは喫茶店だった。チェーンストア式ではない、個人がゆったりと営業している店。焦げ茶色の壁に沿って三段上がり、彼は立て看板を眺める。そのまま真横にあるドアへ手をかけた。

 辰也がドアを開けると、カランコロンと頭上から音がする。瞬間、コーヒーの香りが鼻をいだ。休む間もなく重く泡立つ水の音と涼やかなジャズミュージックが迎えてくれる。それらを背に、彼はいつもの席へ向かう。一人用のボックス席。窓から数えて2つ目にあるその席へ着くと、隣の先客が顔を上げた。

「あら。こんにちは、今日は早いのね」

 射干玉ぬばたまの髪を耳にかけ、彼女――河野こうの香月かづきは口角をほんの僅かにほころばせた。

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