第4話 VSモトカズ&カオルコ① -初バトルはアンティルール
草原のような場所にナギサとモトカズは数メートル離れて、向かい合うようにして立っていた。薫る風が足元の草木を揺らす。
ここがドウルバトルのためのバトルフィールドか、とナギサは即座に理解する。今日はよく別次元に飛ばされる日だ。そんな日は今まで経験したこと無いけれど。
基本ルールの説明はまだ受けていないが、バトルというのだから相手のHPを0にすれば勝ちなのだろう。
それに目の前にいる人も自分と同じ初心者だ。色々お互いに確かめながら戦っていけばいい……と気楽に考えていたナギサの横でソウハが深刻そうに呟く。
「不味いですね」
「何が?」
「このバトルのルールです。アンティルールになっています」
「……アンティ!?ってことは負けたら何か取られるの!?」
「そういうこった」
目の前のモトカズが意地の悪い笑みを浮かべてニヤニヤしていた。
「アンティルールで勝利した方は相手の持ってるスキルカードを1枚ランダムで入手することが出来る。初心者に解説してあげるなんて、俺ってばやっさし~」
「だ、騙したな!」
「人聞きの悪いこと言うなよ?お前はちゃんと了承したじゃねえか」
「うっ……」
言われてみればその通りである。自分がバトルルールをちゃんと確認しておけば防げた事態だ。
勢いに流されるまま了承しなければ……!
「……というかスキルカード?それって僕ら今持ってるの?」
ナギサが傍らに立つソウハに質問する。
「ええ。ゲーム開始時にランダムで配布されるものが4枚。スキルカードというのは装備することで私達ドウルが様々な技を発動できるようになるもので――」
「いくぜ!イグニッション!カオルコ!」
モトカズがソウハの言葉を遮るように何かを叫んだかと思うと、彼の身体が光に包まれて消えた。
そして彼が元々立っていた場所に、横に跳ねた長い黒髪を持つ槍持ちの少女が現れた。
衣装はスカートの付いた兵士服。頭には犬か猫のような耳がちょこんと生えており、目が若干垂れ目なせいか臆病そうな印象を受けた。
少女は何もない空間から出現するなりものすごい勢いで頭を下げた。
「ごめんなさい!うちのマスター、こういう戦い方しか出来なくてっ!
本当にごめんなさい!本当は正々堂々戦いたいんですけど……!ごめんなさい!」
『うっせえぞカオルコ!』
ごめんなさい、という言葉を三度繰り返して謝罪する少女の背後から男性の顔のようなドット絵が出現し、そこからモトカズの怒鳴り声が聞こえた。カオルコと呼ばれた目の前の少女がモトカズのドウルなのだろうが、お互いの性格は全く違うようだ。
というより、目の前のオラついた青年が臆病そうな少女に変わった現象には驚きを隠せない。
“ドウルと人間が思考や感覚を共有して共に戦う”というゲームシステムは知っていたが、文字通り人間とドウルがこうして一体となるのを目にすると不思議な感じだ。
『お前もさっさとドウルとリンクしろよ。バトルが始まんないだろ?……まさか、基本的なルールを何も知らずに来たってか?』
「すみませんナギサ君……。やはり戦闘の仕組みくらいは最初に解説しておくべきでした。不覚です」
「いや、謝らなくていいよ。これに関しては僕の落ち度だしね」
モトカズのやったことと、こちらを見下しているかのような態度は気に食わないが、バトルはもう始まってしまったのだ。
こうなったらやるしかない。ナギサは腰のホルダーから取り出したアクロデバイスをかざし、先ほどのモトカズと同じように叫ぶ。
「イグニッション!ソウハ!……で、いいんだよね?――うわっ!?」
突如ナギサの身体が光に包まれる。
そして光が収まるとナギサが元々立っていた場所に青い髪の剣士、ソウハが立っていた。
ソウハが身に纏う衣装は先ほどまでの着物から変わっていた。
彼女の髪の色と同じ、青色を基調とした西洋風の衣装。ファンタジー物の小説やゲームでよく見る騎士が着ている制服のようだ。
ドウルの服装は通常時の衣装と戦闘時の衣装を別々に設定することが出来る。ソウハは普段は和服だが戦闘時は西洋風の衣装に切り替わる、そういう初期設定になっているようだ。
腰に携えた武器は相変わらず刀のままであるが、和風の少女から西洋風の女騎士へと印象はガラリと変化している。
そしてナギサはどこに消えたのかというと、また知らない空間にいた。
立っているというよりは宙に浮いているような感覚だ。今の自分はどうなっているのだろうか、それに答えるようにソウハの声が空間に響く。
『ナギサ君は今、私と身体を共有している状態にあります。貴方が望めば、私と同じ視界を覗くことも――。くっ』
『ドウルと身体を共有ってこういうことか……。それで、僕は何をすればいい?』
『目の前に私のステータス画面などが表示されていませんか?くっ。私の残り体力がいくらか、だとか、何のスキルが使用可能なのか、状況を、ちっ。確認しながら私に指示をお願いします。……ッ』
言われて気付いたが、視界には先ほどまで見えなかったものが小さなパネルと4枚のカードが空中に浮いた状態で表示されている。
上部には謎のカウントが「09:40」「09:39」と1秒ごとに減少している。おそらくバトル中の制限時間だろう。カウントから考えると10分がこのバトルに設定された制限時間だと思われる。
その下に見える緑色の太い横棒がソウハのHPゲージだとすると、その周りを浮いているカードに書かれた「ザンテツスラッシャー:未チャージ」「スラッシュシュート:発動可」「パワーエッジ:発動可」「バリア:発動可」という文字列はバトル中に使えるスキルのことだろうか。
「未チャージ」となっている物は文字自体が薄くなっており、まだバトル中に使用は出来ないのだろう。
ナギサはどのスキルがどのような効果を持っているのか確認する。
<ザンテツスラッシャー>
レアリティ:SR
チャージ時間:長
分類:斬撃/物理/刀剣限定
・刃に全ての力を収束させて放つ、触れた物全てを破壊する渾身の一撃。スキル発動から終了までの間、自身の防御力を50%ダウンさせ、その数値を攻撃力にプラスする。
装備時、自身のHPが20%以下の状態の場合攻撃力が10%上昇。
<パワーエッジ>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:斬撃/物理
・力を増した刃で切りかかる。
<スラッシュシュート>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:斬撃/物理
・振り払った刃から衝撃波を放つ。
<バリア>
レアリティ:N
チャージ時間:小
分類:防御
・円形のバリアシールドを発生させる。威力の高い攻撃がぶつかると壊れる。
チャージ時間はバトルが始まってから使えるまでの時間、そして一度使用してから再使用が可能になるまでの時間のことだろう。だがスキルの説明が少々短めで深くは理解出来ない。
というかSRの「ザンテツスラッシャー」ってなんだ?おそらく名前の由来は「斬鉄剣」なのだろうが、「ザン」と「スラッシュ」で意味が丸被りしている。”刀剣限定”と書かれているということは、剣や刀のような武器を装備していないと発動自体が出来ないのだろうか。
『……ところで、さっきから何を唸ってるの?』
『分かりませんかナギサ君。ではこちらから見せます』
次の瞬間、ナギサの目の前に槍の先端が迫ってきた。突然のことに「うわっ!」と驚きの声を上げる。
今度は視界が右の方へと周り、槍による突然の攻撃は回避された。
『これもしかして、君の視界か……?』
『はい。戦闘の真っ最中です。見える範囲は調整が出来ます。私が戦ってる間に色々触ってみてシステムや設定に慣れておいてください』
『システムって……』
次の一撃も回避。そして槍の攻撃範囲から外れるかのように大きくバックステップ。
自分の手元に表示されているソウハのHPは僅かに減少している。色々と喋っている間に何度か攻撃を受けたのだろう。そこまで大きく減っているわけではないので、ダメ―ジは軽傷にとどまっているようだ。
しかし、段々と視界が少し上下に揺れ始める。これが今戦っているソウハの視界ならば、肩で息をしているといった感じだろうか。
『もしかして疲れてる?』
「ええ、少し……。分かってはいましたが相手は初心者ではありませんね」
今度の声は空間に響く感じでは無く、肉声が聞こえたように感じた。おそらくソウハが自らの口で喋っているのだろう。自分と目の前の対戦相手両方に向けた台詞を吐くために。
少し離れた場所でそれを聞いた槍使いのカオルコはまた頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!わたし達は2週間くらい前からやってるので、ちょっと強いかもです!ごめんなさい!」
『一々言わなくていいんだよ、んなこと!』
「ご、ごごごごめんなさいモトカズさん!」
ごめんなさい、ごめんなさいを繰り返すカオルコとそれを叱るために現れるドット絵のモトカズ。
まるで漫才のようなやり取りにナギサは思わず苦笑しそうになるが、状況が状況なだけにあまり笑ってはいられない。
「やっぱりこんなことやめましょうよ。こんな戦い、わたし楽しくないです……。それに、ついさっき負けたからって他の初心者さんに八つ当たりは――」
『ええい、うるせぇ!とっとと終わらせんぞ!身体貸せ!』
「きゃっ、ちょっと!」
次の瞬間、カオルコが槍を構えてソウハに向かい荒々しく突撃してきた。
その顔はさっきと同じで申し訳そうなままだったので、表情と動作が噛み合っていない。先ほどのやり取りから察するに、おそらくカオルコとリンクしているモトカズが彼女の身体を無理矢理動かしているのだろう。
ソウハはその攻撃を避けようとするも回避行動は間に合わず、槍の先端が右腕をかすめる。
「ッ!」
直後、ソウハのHPが僅かに減少した。
『続けていくぞォ!“乱れ突き”だ!』
「ごめんなさーい!」
カオルコが本日何度目になったか分からない「ごめんなさい」を言いながら、槍を何度も何度も高速で突き出す。
スキル"乱れ突き"による連撃をソウハは必死にかわすが、その内の一撃がソウハの身体を捉えた。
……かのように思えたが。
『“バリア”!』
その一撃はソウハの身体を貫くことは無かった。胸のあたりを中心に半透明の円が出現し、槍はそれに遮られるようにして停止した。カキン!と槍と円がぶつかる音が響く。
ナギサが咄嗟に防御用スキル「バリア」を発動させて攻撃を防いだのだった。よかった間に合った、とナギサは胸を撫でおろす。
『スキルの使い方はもう理解したか……。色々と学ばれる前に倒そうと思ったんだけどな』
『システムはなんとなく飲め込めてきたよ。なんとなく、だけどね』
ソウハの背後からデフォルメされたナギサの顔のドット絵が出現して、モトカズの呟きに答えるよう言った。
ソウハとカオルコの戦いの最中でナギサはスキルカードの使い方と視界の調整を学んでいた。
まず、視界はドウルと全く同じ範囲のものを共有するタイプ……ゲームで例えるならFPSの視点の様な物と、第三者の視点でドウルの背後を見るタイプ……これもゲームで例えるならTPSのようなものがあることが分かった。
前者の視点なら敵が自分のドウルのどこを狙って攻撃しているのかが分かりやすく、後者ならば自分のドウルがどのような動きをしているのかが分かりやすい、といった感じだろうか。
バリアのスキルでカオルコの連撃を防げたのはナギサがちょうど前者の視点で状況を見ていたことによるところが大きい。
そしてスキルの使い方、これは簡単だ。
使用可能になったスキルカードに触れ、そのスキル名を口にすればいい。相手がわざわざスキルの名前を宣言してから発動していたため、スキル名の発声は必要なのだろう。
「今のは良いタイミングでした。ぐー、です」
相変わらずの落ち着いた口調だが、ソウハが親指を立てて自分の中にいるナギサに感謝の意を述べる。表情はクールだがボディランゲージによる感情表現は豊からしい。
ピンチの状況には違いないが、ナギサの気分は徐々に高揚しつつあった。
これが、これが武器と武器のぶつかり合い。相棒と共に戦っているこの感じ。
――そうそう、これだよ。こういうのをワチャワチャって言うんだ。
『だがこれはどうだ!“フラッシュ・スピア”!』
カオルコがバッと後ろに後退したかと思うと、モトカズのスキル詠唱と共に握りしめている槍の先端が白く光輝いた。
「あ、あの!頑張って避けてくださいね!」
(……やりにくいなぁ)
ナギサはものすごく戦いにくそうなカオルコに若干同情したがそんなことに気を取られている場合ではない。
次の瞬間だった。光を纏った槍が先ほどとは比べ物にならない速度で突き出され、ソウハの身体を――。
「ッは――!」
勢いよく貫いた。ソウハの身体は衝撃によって大きく後ろに吹っ飛び、宙を舞うようにして地面に落下する。
HPゲージが先ほどよりも大きく減少した。もう半分は余裕で下回っている。
ハァ、ハァ……とソウハの苦しそうな息遣いがナギサの耳に何度も響く。疲労とHPの減少によって身体を激しく動かすのはもう随分と辛そうだった。
「あっ、あの!もう降参した方がいいと思います!こうして一方的にやっつけるだけなのはわたしも好きじゃないですし……」
相変わらず申し訳なさそうな表情でカオルコが叫ぶ。
その直後にドット絵のモトカズはククッ、と笑った。
『こればっかりはカオルコの言う通りだな。始めたばかりで何も経験を積んでないお前達じゃ勝てねえよ。時間の無駄だからとっとと降参するんだな』
「……まあわたし達はそう言ってさっき別の初心者さんに負けてるんですけど…………」
『バカッ!黙っとけよそれは!』
「あわわっ!ご、ごめんなさい!」
降参。
確かに相手は経験者。対するこちらはこれが初バトルの初心者だ。勝ち目は無いに等しい。相手の言う通り時間の無駄かもしれない。
それに辛そうにしている女の子を見ているのは胸が痛い。バトルのルールは大体把握できたことだし、取られるカードに関しては運が悪かったと諦めて、ここは降参してしまうか……?
「……なんて、思っちゃ駄目ですよ」
刀を杖代わりにして、ゆらり、とソウハは立ち上がる。
その瞳には諦めの色は無く、むしろここからが勝負だと言わんばかりに燃えていた。
「ナギサ君。……ふぁいと」
『――――!』
「これを聞けば、貴方はまた頑張れる。でしょう?」
“ふぁいと”。
ソウハの口から放たれたその単語に、ナギサは何か懐かしいものを感じた。
自分が何かにくじけた時、その言葉を幾度も聞いた。その度に自分は「じゃあもう少しだけ頑張ろう」という気になれた。
母親の言葉?確かに母も言っていた気がするが、それとはまた違う気がした。
誰の言葉だ?……思い出せない。ソウハと出会った時に頭の中に現れた知らない少女の言葉なのだろうか。
『……けど、もうボロボロじゃないか!君のそんな苦しい姿を見るのは……』
「むぅ。私が勝ちたいと言ってるんです。私の意思を尊重してください。
それにANOでのドウルのステータスはリンクしているプレイヤーの精神状態もかかわってくるんです。ナギサ君が弱気だと私も弱くなってしまいます」
『そ、そうなんだ……』
「それに、バトルのことちょっと楽しいって思い始めてるんでしょう?
じゃあ勝ちましょうよ。ここで勝ったら絶対もっと楽しいですよ。面白おかしくワチャワチャするんでしょう?負けることは貴方にとって面白いことなんですか?」
『……いや、面白くないな。それは……凄く面白くない』
ナギサの口角が上がる。
もはやナギサは初心者狩りを吹っ掛けられたことなどどうでもよくなっていた。
正直言って強引に賭け試合に持ち込まれたことに対しては腹が立っていないわけではないが、よくよく考えてみれば毎日のように顔を合わせている真の邪悪……志木宗馬の煽りに比べれば、こんなのもの大したことは無い。
ソウハに言われた通りこの状況が少しだけ楽しいと感じたことは嘘ではない。
戦っているのは自分自身ではないが、自分もしっかりと戦いに参加している実感があった。自分から生まれたキャラクターが自分の指示や操作に応えて、”勝利”という同じ目的のために頑張っている。
自分は今、相棒と共に相手の相棒と全力でぶつかっている。対人ゲームは何本かやったことがあるが、これは新鮮な体験だ。だからこそとても楽しく、面白い。
だがやられているばかりでは面白くない。どうせなら初試合は勝ちたい。そして、自分を舐めてかかってきた相手を返り討ちに出来たら……きっともっと面白いに違いない。
それに……自分を鼓舞する女の子の声に、応えないわけには行かない。
ふぁいと。
――そうだな!ファイトだ自分!
ルールは分かった。ならば後は簡単だ。
ソウハは刀の切っ先をカオルコ達にわざとらしく向ける。
――さぁ、ここから。ここから!
『反撃開始だ!』
「反撃開始です!」
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