餮戯-TOUGE-

幕乃壱 洸

第1話プロローグ

 天に昇る太陽が、ジリジリと体を焼く。

 俺は砂浜と、空からの熱に当てられ、目を覚ます。意識と視界がはっきりとしていく。しかし、わからない。

「ここは、どこだ?」

 辺りを見渡す限り、海辺のようだが、人の気配が一切ない。立ち上がって、見渡しても、同様の情報しか得られない。

 曖昧な記憶を辿り、俺は一つの事実を結論づけた。どうやら俺は、この島に流れ着いたらしい。

 つまり、遭難というやつだ…。


・・・・・


 幸運など、早々やっては来ない。平凡な暮らしに満足感すら感じるような俺に、滅多な幸運が訪れることなど、一生あり得ない。そう、思っていた。

「大当たり〜!」

 建物中に響き渡るハンドベルの音は、自然と道行く人たちの視線を集めた。叫ばれたその言葉が、その場の誰もが求めた一言だった、というのも注目が集まった理由なのかもしれない。

 抽選機を回し終え、出てきた球と、ベルを鳴らすおじさんの言葉は、未だに受け入れられないものだった。俺は、思わず聞き返した。

「大当たり?」

「一等です。おめでとうございます」

 意外にもあっさりと、手渡された景品には、『世界一周の旅』と記されてあった。

 世界一周にそれほど興味があったわけではないが、ないと言えば嘘になる。結論を簡潔に述べよう。とても嬉しい。

 まさか、チラシを見てたまたま選んだデパートで、たまたま貰った福引券を使ったら、たまたま一等が当たるとは。社会人二年目にして、俺にも運気が回ってきたのかもしれない。

 俺、桐堂春希とうどうはるきは、高校卒業後、すぐに就職をした。しかし、二年経った今でも、職場に馴染めず、悶々と自堕落な生活を送っていた。こんな俺にも、運気を回してくれるのだから、人生も捨てたものじゃない。

 約一ヶ月後に控えた、世界一周旅行は、俺の人生における、現状で唯一の楽しみとなった。当日までは、しっかり仕事をこなしていき、準備に手間取ったものの、当日には万全の状態で挑むことができた。

 実家の家族に自慢したら、予想と違い、『楽しんできてね』と返ってきた。羨む反応を期待していた、数秒前の俺をブン殴ってやりたい。

 当日は、移動手段である、船が出るみたいだ。よって、目指すは港ということになる。それはいいのだが、目的地である港が、アメリカというのに気づいたのが、福引を当ててから一週間後だった。

 だが、問題なく目的地を目指すことができたのだから、終わりよければ、なんとやらだ。俺は、規定の時間から、一時間ほどの余裕を持って港に到着した。

 会社のことはしばらく忘れて、しっかり気分転換させてもらおう。約三週間の休日に、お誂え向きの豪華客船が見えると、すでに気分はリゾート一色だ。

 船の乗り口は、三列の行列が連なっており、ことの大きさを知らしめられる。

 今回の旅行は、『世界と共存する』というのをテーマにしたものらしい。各国の人々と、世界を周る。グローバル化が進む現代に、見事対応してみせたといったところか。なかなか、粋な企画だ。

 この大規模な旅行は、一つの企業により計画されたものらしい。その企業というのが、『サイドプラント・イノベーションズ』。薬学分野では、世界に知らぬものなどいないほどの、超有名企業だ。

 それだけの、企業に就職できていれば、俺ももっとまともな生き方ができていたのだろうか。いや、今は仕事のことなど、考えないようにしなくては!

 行列はゆっくりと進行していき、等々列の先頭にやってきた。乗務員と思われる人物に、荷物の確認と、ボディチェックを行うと伝えられた。当然、大人しく従うことにする。その間、英語の勉強って役に立つんだなぁ、なんて思っていると、部屋のキーカードを手渡され、すんなり中へと通された。

 この規模の旅行で、これだけのチェックとは少し心配になる。なぜ、そう思ったかというと、俺の手荷物には、刃物の類も入っていたにも関わらず、指摘が一切なかったからだ。だが、何も対策してないというのも考えられない。何か、対応する術があるのだろう。

 船内に入ると、そこはまさに高級ホテルと相違ないほどの煌びやかさだった。ま、高級ホテルがどんなものなのかなんて、知りはしないが。

 とりあえず、自分の部屋を目指すことにした。部屋が並ぶ廊下を、見たことない形の照明に沿って歩いていくと、自分の部屋番号を見つける。キーカードをかざすと、スキャナーに手形が現れる。どうやら、手をつけろということらしい。

 俺が手を押し付けると、すぐにスキャンが始まった。数秒待っていると、完了の電子音と共に、重厚な扉が自動で開いた。なんだが、近未来にタイムスリップしたような気分だ。今まで、あまり触れてこなかった、技術の進歩に感動しながら、部屋に入ると、更なる感動が待っていた。

 今まで見てきた、船内の様子から予想はしていたが、それでも驚きが勝った。広々とした空間に、ダブルサイズと思われるベッド。そして、数カ所に設置された照明が、見事に雰囲気を作り出し、大型モニターが幻想的な景色を映し出していた。どうせなら、窓から観たいものだが、何か事情でもあるのだろう。俺からすれば、十分過ぎる情景だ。

 荷物を手放し、ソファに腰掛けると、テーブルに添えられたタブレットを眺めて時間を潰した。食事は、このタブレットで頼めば運んできてくれるのか。なんとも素晴らしい旅になりそうだ。

 そのうち、アナウンスによって出港が伝えられた。ゆっくりと進行を始めたのを感じると、胸が高鳴る。おそらく今日からの三週間は、俺の人生において、一生の思い出として深く刻み込まれることになるだろう。

 こうしているのも、勿体ない気がする。しかし、甲板はまだ開放されていないらしいし、船内の設備も人混みができていそうなので、結局部屋から出ることはしなかった。

 俺たちは最初に、ヨーロッパを巡ることになる。予習も兼ねて、少し調べてみていると、一つの記事に目が止まった。

 サイドプラント・イノベーションズは、イギリスにも進出しているようだ。支社が一つと、それに準ずる機関がちらほら存在するらしい。国について調べていたのに、引っかかってくるとは、さすが、世界規模の会社だ。

 ベッドでくつろぐ俺に、耳寄りの情報が入ってくる。アナウンスによれば、現時刻から甲板への立ち入りが可能ということらしい。是非、夜景を楽しんでくださいと、一言をつけ加えて、アナウンスは終わった。

 日照時間が長かったため、気づかなかったが、出港予定時刻から鑑みれば、夜景を楽しむ時刻になっていても、なんら不思議ではない。現在の時刻は、午後の九時。どうせなので、アナウンスに従って、楽しむとしよう。

 セキュリティに難のあるような場所ではないが、念には念を入れて、リュックに詰めれるだけの荷物は、持って出ることにした。

 部屋を出ると、子供連れの家族や、カメラを抱えた人たちなどが、こぞって甲板を目指していた。人混みは避けたいが、せっかくだからと自分に言い聞かせて、歩みを進めた。

 甲板には確かに人が多かったが、それでも窮屈に感じないのは、このスケールの大きさが原因だろう。甲板は予想の一○倍は広い空間になっており、俺でも十分に過ごしやすい空間になっていた。

 雑音は多いが、空を見上げれば、満点の星空と、月が輝きを放つ美しい情景が広がっていた。そして、海に映り込む星々もまた美しいものだ。これは、カメラが欲しくなる気持ちもわかる。月に照らされる水平線は静けさを体現していてるようで、心に平穏をもたらしてくれるようだった。

 そんなときだった。

 船の下部辺りから、爆発音が聞こえたと思ったら、同時に船体が揺れる。甲板の雰囲気は一転し、楽しげな声がなくなった。ざわめきが増し、不安感が周囲で膨れ上がっていく。

 俺もその一人だった。一体何が起きているのか、わからない。俺は身を乗り出し、爆発音が聞こえた場所を覗き見る。煙が上がり、はっきりとは見えなかったが、それが見えたとき、恐怖を感じたことははっきりと自覚した。自分で見たものが信じられなかったのは、初めてだった。

 すると、さらに激しい揺れによって、甲板の人間たちほぼ全てが、宙を舞った。そして、数人が海へと投げ出された。甲板の端に寄っていた俺は、当然海へと落ちていく。落下の際に接近したことにより、はっきりした。

 俺が見たものは確かに、ゾンビだった…。

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