第3話 先祖②
「……『霧』の効果を受けなくする薬がここに50個だけあるんだが……」
「…………」
「…………ウソツケ!」とナギがハナの右肩から突然叫んだ。
いつもの流暢な日本語ではなく、オウムらしいガラガラした叫びだった。
しかも、オマケとばかりに黄色い冠毛やその頭頂部付近の羽根を逆立てて、威嚇のポーズを分かりやすく表現していた。
ハナがあまりに呆れて何も言えないでいるところに、ナギなりの助け舟を出してくれたのだった。
「う、嘘じゃない! 何だこのオウムは、生意気な!」
男は慌てたようにナギに視線を固めて、オウムだとわかると掴みかからんと距離を詰めてきたため、ハナは男を手で制止させつつ距離を取った。
「ま、まぁ、嘘か嘘じゃないかは、私にはちょっとわからないのですが、私は生憎そう言った商品に詳しくなく、扱っておりませんで……」
とハナはトゲの無いやんわりとした断り文句を述べた。
実際のところハナは嘘だと思っている。
科学技術が100年以上衰退してしまった現在、そんな医薬品がこんな片田舎で作られるはずがないし、もしそんな薬が本当にあったとしても、人口の多い町から使用され出すだろうから、そんな素晴らしい医薬品が、私の知らないうちに、こんな片田舎で売り出されるはずがない。
少し考えれば分かることである。
さらに言えば、本物だったらもっと堂々と売り出しているはずである。
それを通販の「限定50個」みたいな限定商法で購買意欲を煽っている時点で、この薬は誰にも見向きもされていないということが暗示される。
ただハナとしては、変にトゲが立つ形で断ると相手から恨まれることもあるため、やんわりと穏便に断っているだけであった。
「そうか……、それは残念だ。もしまた欲しくなったら、ここに連絡してくれ」
と男は言って、名前と住所を書いた簡単な名刺のような物を渡してきた。
「ありがとうございます。必要になったらご連絡いたします」
ハナは男に義理の笑顔を向けた。男は美少女の笑顔に満足したように去っていった。
「アバヨ!」とナギは再度叫んだ。
ハナは余計なことを……、と思ったが、男は背を向けたまま片手を上げてそのまま去っていった。
周囲の道端で焼き芋を食べていた人の注目を浴びてしまっていたことに今更ながら気づき、ハナとナギは逃げるようにその場を離れていった。
ただ、とある男女がその様子を食い入るように熱を帯びた視線で見つめていたことには、ハナもナギも全く気付かなかった。
ハナはその後数時間かけて、次の町に持っていく物品の買い付けをその村で行った。
足りなくなっていた生活必需品や米などの食糧、その他、その村でよく採取できる木の実などを調達できた。
そして、やはり先ほど食べた焼き芋が美味しく、どうにか調達できないかと思い野菜売りに当たったところ、交渉の末に蔵に保存されていたさつまいもを購入出来ることとなった。
ハナは思いがけず多くのさつまいもを調達できてホクホク顔だった。
――これでいつでも焚き火を熾せば焼き芋ができるぞ……。
とハナは思った。
そうしてさつまいもの他、色々な物品をスーパーカブに取り付けた帆布バッグにパンパンに詰め込み、次の町へと移動することにした。
山道を愛車の群青色のスーパーカブで降りていくと、『忘却の霧』の中へと入っていくことになる。
今日は霧が薄く、比較的遠くまで見通すことができたため、ナギにはいつも通り上空から周囲の警戒と先導をお願いしつつ、坂道を降っていった。
すると、急にマリンブルーの宝石のついたイヤーカフ型通信機からナギの通信音声が届いた。
『もう少し先にあるベンチに男女二人組がいるな。何だろ。青ざめた顔をしてるけど……』
「……、青ざめた顔、ねぇ……」
『もうすぐ見えると思う。そんな危険とは思えない』
「そう……、まぁ話だけでも聞いてみるか。ナギは一応身を潜めておいて」
『りょーかい』
ハナは徐行しつつ道を降りていくと、『霧』の中の廃バス停のベンチに、男女二人が座っているのが見えた。
二人とも青ざめた顔をしており、吐き出す息は白く、目が虚で会話も無く、まるで極寒の地で放り出されたかのように肩と肩を寄せ合っていた。
「大丈夫ですか? 何かありました?」
ハナはスーパーカブを近づけつつ言った。
――あれ、どこかで見たような……。
とハナは思ったが、どこで見たかは思い出せなかった。
男女二人はハナの声でようやくハナの存在に気付いたようで、パッと弾かれたように反射的に顔を上げた。
「大丈夫ですっ……!」と男は断定的に勢いづいて言った。
女の方は勢い良く何度も首を上下に振っていた。
「……、そうですか? お二人とも、あまり大丈夫そうには見えませんが……」
ハナはスーパーカブを降りた。
「大丈夫、です……」と女は言った。
「そうですか。お二人ともダイバーなんですよね、こんなところで何をしていたんですか?」
ハナはそう尋ねると、男女二人は目を見合わせて眉毛を八の字にして困ったような顔になった。
仕草や表情や雰囲気が男女で何となく似ている気がした。
「実は……、私たち、ダイバーじゃないんです……」
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