第2話 修行③


そのお坊さんはジカイと名乗った。

『忘却の霧』が満ちたその日、ジカイはお堂に籠って3日3晩不眠不休飲まず食わずでお祈りの文句を合計千回唱えるという修行をしていた。

その修行の最中は何があっても止めてはならないというのが昔からの教義だったため、後から考えると途中で何か騒ぎがあったような気もするが、とにかくジカイは千回のお祈りを終え修行を終えることができた。

そうしてお堂から外に出ると、この『霧』が満ちており、誰もいなくなっていた。

他の修行僧も小僧も、師匠である大阿闍梨もお手伝いさんも誰もかも完全に消滅していた。

鳥の声も聞こえず、鹿やその他の動物も姿を見ることは出来なかった。

しかし、それでもなお、『霧』の発生以降もジカイは修行をここで続けてきた。

ひたすらに修行に打ち込んできた。


――あぁ、なるほど。だからこのお寺、石段から本堂までとても綺麗に保たれていて、葉っぱもほとんど落ちていなかったのね。さっきの微妙な違和感はこれか。

とハナは思った。


「ハナさん、あの日以降初めて人に会ったのですが、今、この世界はどうなっているのですか?」

ジカイはハナに尋ねた。当然の疑問だと思った。

ハナはどう答えようか少し逡巡したが、素直に知っていることを答えた。

この霧は『忘却の霧』で中にいると通常の人は記憶を失い、1日でどういう訳か「消える」ということ、この『霧』は地球上の平野部のほとんどを埋め尽くし、辛うじて生き残った人類は山間部で細々と生活をしていること、『霧』の影響を受けない人もいること、私を含めそういう人は潜霧士ダイバーと呼ばれること、恐らくジカイさんも潜霧士ダイバーであること、潜霧士ダイバーは現在の人類の生活では非常に重要な役割を担っていること等。

「この『霧』のせいで、人類はかなり衰退してしまいましたが、辛うじて生き残っていますよ。ここから一番近い村でも、バイクで半日以上の時間がかかりますけど……」

「そうなのですね、ありがとうございます。ちなみに、どうしてハナさんはここにいらっしゃったのですか?」

「……、たまたま……途中の本屋でガイドブックを見て、観光として……」

ハナは『忘却の霧』の発生以降ここでずっと修行をしているジカイに、ここまで自分の楽しみのためだけに旅をしてきたということが、どこか申し訳なくなってしまって、声が尻すぼみになってしまった。


それを聞いたジカイはどこか遠い目になっていた。

「そうなのですね……、あの日以来、私は色々と考えました……」

ジカイは訥々と語り始めた。

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