歓迎の遠足と内面の警告
6連目 朝食と問題集と委員会会議
「サポートするのは委員長だけじゃないでしょ」
「あ、
とは言ったものの、彼女にサポートなんて必要ないだろうし、むしろ余計に干渉すると足を引っ張るかもしれない。
「そっちじゃないよ……。歓迎遠足には部活の出し物があるって言ったじゃん。な~んでこのタイミングで入部しちゃったかな~」
あんたが入っていいって電話で言ったんじゃないの……なんて言い訳は無意味だろう。姉ちゃんは自分の言動とかすぐ忘れるし。というかなんであの時間に
「マジか……俺まだ何も弾けないよ。そもそも楽器すら触ったことないし」
「
勝手に当日の仕事内容まで決められてしまった。こればかりは『入部する』と言ってしまった俺に非がある。先輩方の演奏とその場の余韻、そして電話越しの姉ちゃんの勢いに呑まれてしまったのだ。
ピロリンッ、とまたも携帯が通知音を鳴らす。送り主は紫吹さん。軽音部のグループCHAINEに、内容は楽器の搬入について。
『明日は楽器の搬入をするから練習は5時半までね』
『それと委員の人っているかな?』
明日は各委員会で『委員会会議』なるモノが放課後に行われ、そちらの参加を優先しなければならない。ここでいう『委員』は学級委員も含まれるので、俺は『委員です』とだけ返信する。どうやら
『
紫吹さんはもう一つメッセージを送る。内容としては今日は欠席していた
『行きます。
いきなりの挨拶したい宣言で面食らってしまう。黎瀬さん、一体どんな人なんだろう……?
「なにニヤニヤしてんの? キモッ」
「は? してないけど!?」
もし仮にニヤニヤしてたとしても、『キモッ』は心にくるモノがあるんだよ、姉ちゃん。
「どれどれ……お、明日黎瀬ちゃん来るんだ。しかも名指しされてるじゃん。これ見てニヤけてたと。それじゃ私も搬入の手伝いに行こうかなぁ~? さくちゃんにも会いたいしっ」
「いや、やめて……」
シンプルに恥ずかしいし、黎瀬さんに姉ちゃんのノリは絶望的に合わなそうだからな。あと
「あら~? もうこんな時間。
「うん、おやすみ」
姉ちゃんを見送り、俺は黎瀬さんについて思考を巡らせる。姉ちゃんはさっき『黎瀬ちゃん』と言っていたから、恐らく女の人だろう。そして学校を休みがち、仮に来たとしても保健室にいて、部活にはなかなか顔を出さない……。体調を崩しやすい人なのか? それとも精神的なモノか?
――いや、考えるよりも黎瀬さんの口から話してもらうのが正解か。『挨拶』にはその辺りのことについても語ってくれることに期待しよう。ある程度の結論を出したところで、眠気がどっと襲いかかってきた。
「もう日付変わりそうじゃん……寝よ寝よ」
スマホを充電し、ベッドに横になる。今日一日の疲れをとるべく布団に我が身を預け、そして自身の意識とともに、電気を消した。
「んぐっ……」
時刻は午前六時。いつものようにアラームは俺のことを起こしてくれる。
「おあお~……」
「おはよ。今日は早いね」
いつもこの時間は自分の部屋で寝てるはずなのに。
「早いっていうか寝てないっていうか~? ついさっきまで配信やってて腹減ったからぁ、メシ食って寝る~……」
「ふ~ん、結構長いことやったんだね。おつかれ」
「ありがと。いや~、久々に手強い子が来たからね~。そのうちコラボしよっかな」
「同接? だっけか。俺はその辺よく分かんないんだよね。まあ頑張って……」
「おう。とにかくメシ食べよっ」
声こそ枯れていて元気はなかったが、姉ちゃんは溌剌した笑顔で階段を降りて行った。それに続くように、俺もリビングへと向かうのであった。
「「いただきます!」」
いつぶりだろうか、姉弟仲良く朝食を摂るのは。これには母さんも驚きを隠せないようで、「どうして、どうして……」とひとりごとをつぶやいている。
「「ごちそうさまでした!」」
歯磨きをした後、俺達二人は自分の部屋に戻り準備をする。俺は学校、姉ちゃんは配信だ。もう一配信することで、少しでもファンの数を伸ばしにかかるつもりらしい。
「別に競ってる訳じゃないんだけど、さすがにリスナー全員持ってかれるのは辛いからね〜。もういっちょやってくるわっ!」
だ、そうだ。詳しいことは俺にはよく分からない。
「あ〜あと、早くしないと遅れるよ?」
――恐る恐るスマホの電源を点ける。『7:30』という情報を目にした途端、体全体に鳥肌が立っていく感覚がした。
「えっ? うわああああマジだ! 行ってきます!」
副委員長に就任した次の日に遅刻なんて考えられねぇ! 太ももにじんわりとした痛みを感じながら、俺は全速力でペダルを漕ぎまくった。
「ふぅ、ギリギリセーフ……」
「白倉くんおはよっ。あ、席ありがとねっ」
「お、おはよう……」
「めっちゃ疲れてんじゃん。はい椅子」
「はぁ、どうも……」
いや、もともと俺の席なんだから感謝する必要はないわ。危うく陽キャの空気感に呑まれるところだった。姉ちゃん的に言えば『空間を支配するスキル』、なのかな。まあいいや。
さて。日は初の通常授業だったわけだが、さすが進学校だけあって、毎時間のように問題集を配布された。登校時と下校時でスクバ内の質量がえらい違いになってしまった。
しかも課題は問題集からバンバン出されるようで、不用意な置き勉ができないときた。これもしかして、スクバじゃ全部入らない感じ?
「閉まれぇ〜……よし閉まった!」
パンパンに膨れ上がったスクバはなんとも滑稽な見た目をしており、また、自転車のかごに収まるか怪しいラインである。
「うわ〜、ヤバいねそれ」
こんな状態のスクバと俺に声をかける人間なんて近保さんしかいない。表面上仲良くしてくれるのは悪い気がしないのだが、俺に接触する理由が理由なので、心の底からは信じきれずにいる。
「うん。進学校ナメてたかも」
「わかる。でも私、授業ほぼほぼ寝てたわ」
近保さんの席は俺の右斜め前。そのため黒板に目をやると自然と近保さんは視界に入る。今日の授業では……うん、寝てたな。どの授業も大体最初の十分しか持ってなかったように見えた。
問題集に名前を書いたら、その後は大爆睡。先生の怒号を以てしても、この女を眠りから覚ますことはできなかった。
「あ、そうだ。授業って進んだ?」
「基本大丈夫だよ。でも数Ⅰだけ少し進んだかな」
「マジか~。じゃあノートの写真撮って、夜送ってて!」
随分と人使いが荒いな。正直ノートを見せられるほど綺麗な字ではないのだが、断る理由としては弱いので承諾することにする。それと、一応保険もかけておくか。
「いいよ。でもちょっと字が汚いかも……」
「だいじょぶだいじょぶ! じゃあ私部活見学行くから、文吾くんも委員会会議、頑張ってね!」
「ああ、うん。頑張るよ」
そう言って近保さんは教室を後にする。彼女の別れ際の一言には少し違和感を覚えたが、今はそんなことを気にしてはいられない。委員会会議は、現時点で唯一、深堂
……!? 『頑張ってね』って、まさか!?
俺は深堂さんについての情報を、なぜか近保さんと共有することになっている。そりゃまあ、あることないこと連絡するのはできるけど。
ただ、その手を使ってしまうと後が怖い。まだ入学して三日目なのに、クラスの中心に位置する陽キャを敵に回すわけにはいかないからな……。
「近保さんとの話は済みましたか?」
深堂さん!? まだいたのか、気づかなかった……。
「あ、もう終わりました。じゃあ委員会会議、行きましょうか……」
「はい」
会議室へ至るまでの間、俺達二人に会話などは当然なく。なんとか言葉を紡ぎだそうとするも、彼女の堅い表情ながらも柔らかな印象を与えるその横顔に魅了されてしまい、脳が上手く機能しない。
「……あの。会議室、着きましたよ」
「あっ、ごめんごめん! ちょっと考えごとしてて」
「そうですか。会議中は集中してくださると、私も助かります」
……怒らせてしまった。深堂さんは恐らく、『副委員長』という役職に伴う責任感を強く抱いている。まさか『私も助かります』だなんて突き放したような言い方をされるとは思わなかったが。
推薦で嫌々やらされることになった俺に頼る気は、ハナからなさそうだ。
「「失礼します」」
会議室内には既に何人かの生徒が着席しており、その中には常盤さんもいた。
「お、白倉くん。お隣さんは同じクラスの人?」
「はい」「深堂麗奈です」
「よろしく。前に出欠表があるから、自分の所に丸つけといてね」
各クラスの委員長、副委員長、書記の名前がずらりと印刷されている出欠表から、自分の名前を探す。一年、の二組は……あった。『白倉 文吾』の横のマスに丸印をつけ、深堂さんに鉛筆を渡す。
「はい」「どうも」
鉛筆が円を描いたのを確認し、俺は既に着席していた
「あの先輩と知り合いなのか?」
剣持くんの方から話しかけてくるとは珍しいな。俺と常盤さんが話していたのが、単純に気になっただけか。姉ちゃんのガチャ理論のせいで、ちょっとした行動でも『何か裏があるのでは?』と警戒してしまっている。
「うん。部活の先輩で」
「もう入部したのか、早いな」
まあ、色々とありまして。そのおかげで明日の遠足でも楽器の運搬ですよ……。
「お二人とも、会議が始まりますよ」
深堂さんの一言を受け、俺と剣持くんは前方で司会を行うであろう女の先輩に意識を集中させる。スクバから筆箱とメモ帳も取り出し、話を聞く準備は万端だ。
「全員いるかな? ……よし。これから、生徒会の委員会会議を始めます。まずはプリントを配りますね」
前からやってきたのはA3サイズのプリント。『定期活動』と『特別活動』のテンプレートに、手書きでイベントの類が記入されている。
「一年生は分からないだろうけど、今月で私のいる後期生徒会は終わりです。あなた方学級委員は次の前期生徒会の一員として、『キオク祭』等々の行事の運営をしてもらいます。だから今日はその引継ぎ? 的な感じです。じゃあまずはプリントの後期の方を見て~」
──とても生徒会で活動していたとは思わないほど、説明がふわっとしている。これにはあの深堂さんもため息をついていた。彼女としては、会議はもっと緊張感のあるモノと予想していたのだろうか。
というか、後期とか前期ってなんなんだ? とりあえず言われるがままにプリントを確認する。後期後期……あった。しかも左上のまあまあ分かりやすい所だったし。こういうのって、意外と気づかないもんだなぁ。
「これが後期でやった活動。んで、五月の中頃に『生徒総会』ってのをやるワケですよ。前もってクラスごとに活動についての質問とか改善案とか聞いて、それについてウチが生徒総会で答えるみたいな。総会の一週間前くらいにHRの時間が質問やらを聞くヤツになるから、そこで学級委員さんに仕切ってもらうっていう……。ま、そんな感じです!」
一通り説明を終えて、あからさまにやり切った感を出す先輩。要は総会の前に一仕事あるってことだよな。マジか……。
「それと、総会前のHRは前期の方もやるからちょいキツいんですよね~。まあまだ前期決まってないからアレだけど」
ということは生徒総会の前に、生徒会長達を決める選挙みたいなモノがあるってことか。一見して分かりづらい単語も多いし、中学とは勝手が違いすぎるな……。
「今回は一応これで終わりだけど……何か質問とかはありますか?」
特にどのクラスからも質問の手は上がらず、会議は終了となった。
「大丈夫、先生来てない?」
「来てないよ」「来ていないぞ」「来てません」「セーフだよ」
俺達は二組の教室に戻り、先生方の目を警戒しつつあの作業を行っていた。
「おっけ~。ちょっとだけあたしのことガードしててね~」
談笑するフリをして、石動さんを廊下からは見えないよう隠す。その間に彼女は自身のスマホを巧みに操り、CHAINEに一つのグループを作成する。
「よしできた。あとは招待を……ってあら?」
縦横無尽に動いていた人差し指がピタっと止まってしまう。何かトラブルでも起きたのだろうか?
「ねね、白倉くん」
えっ、まさかの俺が原因なの!? 何も悪いことはしてないはずだけどな……。
「白倉くん、二組のクラスCHAINEにいないんだけど……スマホ持ってないとか?」
「……えっ?」
く、クラスCHAINE? 初耳なんだけど、一体なんなんですかそれは!?
『脳内ガチャ』で彼女(マドンナ)をドロップ! 最早無白 @MohayaMushiro
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