5連目 初代と入部と音色
「飛び出すよ!」
ちっこい先輩のちっこくないシャウト。呼応するように、花魁先輩がアウトロをかき鳴らしていく。やがて『トビダセ』の全てが終了すると、音楽室中は余韻に浸る。俺は無意識に両手の平を打ちつけ合っていた。
「はぁ……はぁ……聴いてくれてありがとね! 軽音部、入る気になったかな?」
先輩の問いかけに、俺はすぐに応じられない。
脳内のガチャがどうとかではなく、俺がもしこの軽音部に入部したとして、『先輩方の足を引っ張ってしまうのではないか』という不安が大きいのだ。
正直、あの歌を聴いて軽音部に入部したい気持ちになりかかっている。
いや待て。昨日姉ちゃんは俺に『陰キャのままでいろ』って言ってたっけ。物語の世界だけの話かもしれないが、軽音部って大体文化祭にステージで演奏しがちじゃないか。人前に出るなんて、陰キャが最もやってはならないこと! その場の空気が効率良く悪化する劇薬! ダメだ、やっぱり新聞部にしよう……。
「すみません、入部はできま――」ブルルル、ブルルル――
「あ、ちょっとごめん! 電話かかってきた!」
ちっこい先輩はポケットからスマホを取り出し、『初代』の字が映る画面を親指でスライドする。だから初代ってなんだよ。
「もしもし、シブキです……。はい、男子を一人……。入部するかは、まだ……。あ、弟さんがいらっしゃったんですね……。えっ? はい、確認しますね……」
ちっこい先輩改めシブキ先輩。そしてどうやら初代には弟がいるらしい。
「あの……あなた、名前何ていうの?」先輩はやけに恐る恐る訊いてきた。
「し、
「シ、シラクラ!? ってことは、あなたが初代の弟さん!?」
「ですかね……なんか、すみません……」
「わあぁぁぁぁ! ごめんね白倉くん! ドリンクバーオゴるから許して!」
初代の正体って姉ちゃんだったんかい! 後輩に迷惑かけるんじゃないよ!
「いや、大丈夫です……。というかあの、『初代』ってなんですか?」
気になりすぎる疑問を晴らしておく。
「あ、それはね……私もよく分かってないんだけど、軽音部を
なるほど……理由は分かったが意味はさっぱり分からん。まああの女の行動に意味を求めること自体間違っている気がするけども。
「ウチの姉が……色々と巻き込んでしまって、ホントに申し訳ございません……」
「いやいや! 軽音部があったから今のメンバーにも、白倉くんにも出会えたんだから。雅さんには感謝感謝だよ!」
ダメだ、この人もう姉ちゃんの毒牙にやられてる……。
「は、はぁ……。まあ先輩が良ければいいですけど……何か無茶なお願いとか言われたりしてません? あの人、そういうとこあるんで」
「あー、言われてるよ! 『名前に色がついてる人を入部させろ』だって。白倉くんの前で言うのもなんだけど、雅さんってホントに何考えてるか分からない時があるんだよねー……」
色? 赤とか青とかの、あの色だよな――ってそんなの何の意味があるんだよ。また変なこだわり持ってんなあの人。
「ということは、シブキ先輩も名前に色が入ってるから部長に?」
「うん。紫にフーって吹くアレで
名前も顔も分からない先輩の皆様、
「って、パイセンを置いてけぼりにすな~! 文吾も軽音部入っていいよ! 確かに軽音部ってイメージは陽キャっぽいけど、あんたが楽器弾いて人前に立ったくらいじゃ印象なんてな~んにも変わんないから! だいじょぶだいじょぶ! じゃ!」
プーッ、プーッ、プーッ……。
アイツ電話切りやがったな。せめて褒めるかディスるか選んでほしい。中途半端に残る生傷、略して中傷といったところか。こういうのが一番タチ悪いよね。
「入部許可、直々に下りちゃったね……。こ、これからよろしくね、白倉くん!」
「は、はい……よろしくお願いします……」
はい。というわけで私白倉文吾、
「って、私達も自己紹介しなきゃだね! まずは私から、軽音部八代目部長の紫吹
「アタシは
花魁先輩改め垣森先輩。ギターも心なしか琵琶か三味線に見えてくる。
「僕は
真面目な常盤先輩。正直、男子がいるのといないとでは天と地ほどの差がある。これからお互いに助け合って生きていきましょうね……。
「ドラムの
何が血は争えないだ。『かがみ』の苗字に似つかわしくない性格の悪さである。
恐ろしく雑なフリだが、答えないわけにもいかない。
「この度入部いたしました、白倉文吾です。まさか姉の作った部活動に入るとは思いませんでしたが、皆さんと少しでも多く思い出を作っていけたらと思います。よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね!
「そうなんですね。あ、部活の連絡とかってどうしましょう?」
「一応
「CHAINEならやってますよ。これ、俺のです」
約一時間ぶり二度目のQRコード提示。『友だち』の数字が増えるその瞬間を目の当たりにした。リアルでもこんな感じで増えればいいのに。
「ありがと! もう遅いし、白倉くんの入部祝いも兼ねてディライト行こっか!」
「っしゃ!」「いいですね」「先輩のオゴりなら行きますわ」
「いやオゴらないよ!?」
紫吹部長の一声に三者三様の受け答え。ちなみにディライトは学校の近くにあるファミレスだ。安い割にボリュームのあるハンバーグがいただけるので、夕方から夜は大体自転車が停まっている。そして今日は俺達が停める。
「麻衣、メイク!」「お、やっべ!」「各務さん、鍵持った?」
「ほれ、あと先輩も携帯隠しとかないとっすよ」「ホントだ! あぶなー!」
姉ちゃんが作ったからか、ホントに忙しない部だな。母さんに『ご飯食べてくる』とメッセージを送り、音楽室を後にする。生まれて初めて打ったよこんな文章。
「んで、初代ってどんな人なん? アタシ、あの人に寧々さんが振り回されてるイメージしかないんよなぁ」
場所は変わってディライト。質問者はストローの袋で蝶々結びに勤しむ垣森先輩。メイクを落としたつり目で俺の様子をうかがっている。ちょっとこわい。
「そうですね……あの人は基本的に何考えてるか分からないですよ。でも謎に行動力があるので、やり始めたらなんでもそつなくできちゃうんですよね」
白倉雅は興味のあることには一直線に向かっていく。そしてスタートを切りさえすれば、いつの間にかゴールに辿りついている。興味が湧かなければスタートラインにすら立たない。
「まー確かにそーゆーとこはあるな。イベント事にちょくちょく顔出してくるし。先輩風吹かせてるってわけじゃないからいーけど」
「えっ、ウチの姉そんなことしてるんですか!? 姉は基本的に家から出ない仕事をしているのでちょっと意外ですね……」
あの人配信とエゴサ以外のことやってるんだ。しかも後輩に差し入れだなんて。
「うん。去年のキオク祭……あ、文化祭のことね! その時も来てくれて、
「せ、宣伝……? も、もしかして……もしかします?」
「うん! 雅さんってミヤコさんなんでしょ?」
えぇぇぇぇ!?
「は、はい……。知ってるんですね……」
「おん。初めて聞いた時は、まーあの人らしいことやってんなって思ったわ」
「木月は知らんのやっけ。キオク祭ん時もアタシらの番終わったらすーぐ保健室こもっとったけなぁ。顔見せもしちょらんし」
木月さんだけは姉ちゃんの被害に遭っていないっぽくて安心した。むしろ被害に遭わないように保健室にいるのか? きっとそうだ。そうに違いない。
「お待たせいたしましたー、ミックスグリルになります!」
ミックスグリル×5が軽音部のもとへ届き、テーブルが鉄板に占拠されていく。
「お、きたきた! じゃあみんなでいくよー! せーの!」
「「「「「いただきます!」」」」」口内が灼けた。
――さらに場所は変わって俺の部屋。だけど当然のように姉ちゃんが座している。
「まずは我が軽音部にようこそ! どうよ? パイセン感マシマシじゃな~い?」
「はいはい。後輩にまで余計なこだわりを押し付けるお偉い創設者さんですねー」
「ああ、歴代の部長の名前に『色』がついてるヤツ? アレって寧々で終わりだと思ってるんだけど、まだ続きそうなの?」
当事者がこの反応って、実はそこまでこだわりない感じですか?
「さあ? 俺の代は俺になるだろうけど、一個上の代は名前に色のついた先輩はいないから時間の問題じゃないの?」
「お、部長宣言ですかぁ~? それと、桐子達の代にも色のついた人ならいるよ。
「木月って下の名前だったのか。あ、そういやきづ……黎瀬さんに挨拶するように言われてたんだっけ」
「なんで言い直す……」
姉ちゃんの小言を無視しつつ、軽音部のグループCHAINEのメンバーから黎瀬さんを探す。『K.KUROSE』……これか。一言メッセージに『病ミノ世界』とだけ書いてる……。え、こわ……。
さあ挨拶のメッセージを送るぞ――待て。『挨拶のメッセージ』って、どう送ればいいんだ!?
「はぁ……貸してみ」「お、おう……」頼みます、初代――
姉ちゃんの食指は、それはそれは凄まじかった。日々のエゴサで鍛えられた、『速く、正確に』を体現した無駄のない動き。
「ま、こんなもんかな」姉ちゃんは得意げにスマホを投げつける。やめろ。
『軽音楽部に入部しました、白倉文吾(しらくらぶんご)です。今日、黎瀬先輩がいらっしゃらなかったので、メッセージを送らせていただきました。これからよろしくお願いします。』と、猫は語っていた。なるほど、これがメッセージの送り方……。
ピロリンッ。普段は全然鳴らない通知の音が鼓膜を揺らす。返信はやっ。
なになに……『よろしくお願いします』、『あまり部活には出られないかもしれないです……ごめんなさい』……。文面だけを見ると物腰は低そうな方だな。
「ど? いい人そう?」
「うん、悪い人ではなさそう。あまり部活に出られそうにない、だってよ」
「そか、まあ何かしら都合あるっぽいね~。まあいいや」
まあいいんかい……。初代の威厳がグラグラと揺れる音がする。
「んなことより、部活入んの早いね~。フツー遠足の後に決めるもんなのに、しかも軽音って。その辺見学するようなタイプじゃないだろうに」
「ホントは新聞部を見学しようとしてたんだけど、あともう少しのところで捕まっちゃってさ」
「あーね。半ば強制的に聴かされて、そんで魅せられた、と……。んまあそれもまたアオハルよ。アオハルアオハル。ああ、失われし私のアオハルはどこ?」
姉ちゃんは興味なさそうに答える。あえて聞きはしないが、実際俺の部活のことなんて興味ないだろう。あとあんたのアオハルは知らん、リスナーに聞いてくれ。
「って違う違う。あんたの野望は
話題が一気に変わりすぎて脳が追いつかない。えっと、深堂さんか……挨拶以外では、委員決めの時の「はい」としか口に出していなかったし、放課後も
「すごくクールな子で、自分を出さないというか。必要最低限のことしかしないって感じ。放課後は近保さんに絡まれたから、その辺りはさっぱり……」
「ちょい待ち。近保ちゃんが文吾に絡むってなんで? ド陰キャなのに」
弟にド陰キャはさすがに言いすぎじゃない? 姉ちゃん、人の心とか失ったの?
「実は、近保さんも俺と同じで深堂さんのことが好きらしくて……。勝手に推薦されて、クラスの副委員長にされた……ちなみに深堂さんも副委員長だよ」
「う~わ、めちゃめちゃ綺麗にハメられてんじゃん! やっぱり近保ちゃんは猫被ってたのか……って、え? 近保ちゃんも深堂ちゃんが好きなの?」
「うん、本人が言ってた。それでCHAINE交換した」
「おう……どうせ深堂ちゃんの情報を共有するためだろうな~……。なんか予想外すぎる方向に行ってるな~」
ホントだよ。本来なら嬉しいはずの『女の子との連絡先交換』が無味だったもん。
「だよね。あの時どうすりゃいいか分かんなかった。ガチャ引く余裕なかったよ……」
「ならもう、近保ちゃんとも仲良くなるしかないね~。そんじゃとりあえず深堂ちゃんと近保ちゃん、二人のことを重点的に観察していこっ! あ、遠足あるんじゃない?」
「明後日にあるね、クラス単位での行動は委員長の剣持くん主導になるっぽい。その辺のサポートもできるよう、頑張ってみるよ」
まだ高校に入ったばかりの状態で、観察する対象が増えてしまったのはかなり痛いが……とにかく遠足を通じて、深堂さんや近保さんの情報を得ていく他ないな。
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