世界神話悲嘆

南多 鏡

第1話 日本神話―伊邪那岐と伊邪那美―

――殺してやる……殺してやるからなぁぁぁぁ!!!


 岩戸の後ろで、化け物が哭く。この世全てを呪わんと怨嗟を零しながら。


――貴様の国の命を、私が殺してやる……!! 千人だ、一日千人殺してやる! あははははっ!! 滅びろ、滅びてしまえ! 私に恥をかかせた貴様のせいだ! 忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるなっ!!! 貴様のせいで、貴様の国の命は一日に千人も死ぬのだ!


 美しい女。優しい女。愛しい女。何ものに代えがたい、我が妻。


――泣け! 苦しめ! この世全てに絶望しろ! 貴様自身が貴様の国を滅ぼすのだ!


 誰よりも愛した女だ。

 その女が死んたのだ。

 泣かないわけがない、苦しまないわけがない、絶望しないわけがない。何度も何度も悲しみに暮れ、死を恨んだ。だからここまで来たのだ。死を乗り越えるため長い長い坂を下り、腐臭に耐え、汚濁に耐え、混沌に耐え、暗黒に耐え、ここまで来たのだ。


――貴様がこの国最後の一人となったなら、貴様は私が殺してやる!!! 殺してやるからなぁぁぁぁ伊邪那岐いざなぎぃぃぃ!!!


 あぁ、我が愛しき妻よ。

 何故、あのような姿になってもお前の声はそんなに美しいのだ。


――忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな忘れるな!!!


 あぁ、我が愛しき妻よ。

 何故、お前は呪いを吐いているというのに、深き愛を垣間見せるのだ。


――はははっひひひひひぃーひひひひはははっはははははははっ!!!


 あぁ、我が愛しき妻よ。

 何故、お前は泣くように嗤うのだ。


――……殺して、やる。殺して……や、る……!


 あぁ、我が愛しき妻よ!

 何故! 何故お前は愛しき妻のままで! 何故! 何故だ!?


――どうして、もっと、早く来てくださらなかったのですか?


 あぁ……。


――私が、黄泉の果実を……あのような汚物を口にする前に、何故来てくださらなかったのですか?


 そうか。お前はまだ……。


――あなた様はどうして……どうして今になって来たのです。このような醜い姿を見せるくらいなら、あのまま黄泉で暮らせたのに。このような激情を抱かず、腐っていられたのに。あなた様は何故、私を愛しているのですか?


 お前はまだ、私を愛してくれているのだな。


――殺してやる。殺してやる……! あなたの国の人間を、日に千人。そしてあなた様が最後の独りになったのなら……私のこの手で……!

「我が妻よ。我が愛よ」

――……!


 それならば応えよう。愛しき妻よ。


「私の国の人間を、日に千人殺すと言うのだな?」

――えぇ、えぇ殺します。必ず、必ず殺します!

「そうか」


 そうか、殺すか。わかった、それならば私は……。


「お前が日に千人殺すのならば、私は日に千五百の産屋うぶやを建てよう」


 お前が殺すと言うのなら。私は産もう。


――私は、殺します。

「私は、産もう」

――あなた様は、産むのですね?

「お前は、殺すのだろう?」


 すすり泣きが、聞こえる。

 美しくも悲しい音色。


――あなた様は、に産むと言うのですか?

「お前は、に殺すのだろう?」


 忘れるな。


――忘れるな。


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