日向における陽向の非日常

柊 吉野

第1話 非日常の始まり

  入学式、それは誰もが心躍らせこれからのことに想いを馳せる。そんな人生における一大行事だ。

 俺こと不動陽向はそこそこ勉強を頑張り、そこそこ良い県内にある飛屋高校へと進学を果たした。

 今の今までは平凡な生活を送る、なんの特技もない平凡な人間なのだが、これからの明るく、キラキラした高校生活を夢見ているのだ。


 中学時代は日陰者だった俺がキャハハでウフフな学生生活を送れたらと思うとどれだけ楽しいのか想像もつかない。考えただけで鼻血ものだよ、これ本当に。

 一度は考えたことがあるだろう。自分の素晴らしい姿を。何か超能力を使ってみたいとか、ヒーローになりたいだとか、特別なことをしたい、形容し難いすごいことをやってのけたいだとか、俺にもそんな時期があったのだ。

 どれだけ鍛錬を積んだとて、そう滅多に出会る事象ではないのだ。UFOを見ただの、ひったくりを捕まえただの、透視能力があるだの是非ともそんな経験をしてみたいものだ。

 高校生にもなった俺はとうとう気付いてしまったのだ。まぁ、そんなことはあり得ないと。このことを知ったときは本当に驚いたね。初めて親がサンタクロースだったことを知ったときぐらいの衝撃だったよ。

 おっとサンタさんを信じる人は今すぐ目を閉じてくれ、まだ間にあう。3秒ルールはこの場合においても適応だからな。


 まぁ、それくらいの驚きと共に現実を知った俺なのだが今一世一代の大チャンスであろう出来事を目の当たりにしているのだ。被害に遭っている女の子には少し悪い気はするが待っていてくれ。今すぐ行くから。



 高校の最寄り駅を降りた近くにある路地裏を通りかかったときに声が聞こえた。あまり良い様子ではなさそうだったから少しだけ顔を覗かせる。

 チャラチャラした2人組が1人の女の子を囲んでいる構図だった。女の子が襲われているようにしか見えない。

 でも確信が欲しい。このまま「やめろ!」と出ていく勇気はないけど万が一気が狂って飛び出すかもしれない。その時ただお話してるだけでしたなんてことがあったらどれだけの恥をかくのか想像もできたもんじゃない。

 実は路地裏で話をしているだけかもしれないし、刑事ドラマでは1つの状況証拠だけではダメだってよく言うだろ。


 同じ学校の制服を着ていて、今日は入学式のため1年生しかこない。だから1年生だと推測する。名探偵顔負けのこの推理力に恐れ慄け!

「やめてください!」

 その時、女の子が大きな声を発した。これを聞いた俺はこれは襲われていると確信する。がケンカもしたことがない俺に一体何が出来るのだろうか。


 周りを見渡す。数人がその状況を見ても見て見ぬ振りだ。おいおいなんて人たちだ。いい歳した大人がこの有様を見ても何もしないなんてどういう育ち方してるんだよ。助けてやれよ。あんたの膵臓にあるランゲルハンス島が正常に働いてるかどうか確認してやりたいね。別に何の意味もないけど。


 まぁ見るからに面倒な事態だから首を突っ込みたくないという気持ちは理解できる。ていうか俺なら絶対に揉め事には参入しないね。だが今の俺は違う。第六感を開眼させた俺には何だってできるよ…な……。

 ビビり散らして今にも漏らしそう。体の震えが止まらないよ。あれ4月ってこんなに寒かったっけ?


 もう一度バレないように路地裏に顔を覗かせる。その時女の子の顔がハッキリと目に入る。すっっごい可愛い。はい、助けるの確定しました。……別に彼女が可愛いから助けるんじゃないぞ。俺は元から助けるつもりでいたんだからな!


 彼女はきっと我らが飛屋高校(何期生かは知らないけど)きっと俺たちの学年のマドンナになるはずだ。だってあんなに美少女なんだよ。

 美しい花には棘があると言うが別にいい。その棘に刺されるのなら良いのではないかと思ってしまう自分がいる。後のことは置いといて今は目の前のことを取り組まないと。

 べ、別に下心があるわけじゃないからな。

 ……………。

 ごめんなさい。嘘つきました。実はちょっと……………、いやかなりありました。


 とはいえ最善の方法を考えなければならない。戦う力のない俺にチンピラを退けることはできないし、誰も手を貸してくれそうにない。警察を呼ぶにしてもそれで記事にでも取り上げられたら彼女が可哀想だ。なんだか俺の責任にもなりそうじゃん。


 こんな時になんだがちゃんと自己防衛はしときたいものだよな。相手がどれだけ可愛い女の子であってもやっぱりこの世で1番可愛いのは自分つまりはオレ!

 何かいい作戦ないかな。

 !ここはあれがいいのではなかろうか。警察を呼ぶふりを大声でする。そしたらビビってチンピラたちは逃げていく。このテンプレパターンでならやつらを撃退できるのではないか。幸い駅前ということで交番が近くにあるのだ。これを活用しない手はないだろう。この討伐クエストで得られる報酬は大きい。いかに確実に勝利できるかが鍵なのだ。手段など二の次で要は勝てばいいのだ。


 そうと決まればさっそくやりたい所だが俺の心臓はアラスカで鍛えられた強靭なものではないのだ。一般ピーポーには深呼吸が必要なのだ。スーハースーハー


 いざ、尋常に勝負!


「すいませーん!警察の人ー!揉め事が起こってるんですけど、助けて下さーい!」

 どうだやり切ったぞ。俺の魂の叫びよ、届け!

 そして俺は路地裏に姿を現す。

「もうすぐ警察の方が来ますから」

 チンピラたちが逃げるように祈りながら言う。

 チンピラはこちらを睨んでくる。迫力がすごい。俺はまるで蛇に睨まれた鼠だ。鼠ちゃんこんなに怖い思いしてたのかい。感服です。

「あ、お前サツ呼んだのか?」

 どんどん近づいてくる。逃げたくとも今ここで逃げるわけにはいかないでしょーが。

「俺たちがサツごときにビビるわけないだろうが!舐めてんのか!」

 もう目前まで迫ってきた。コイツら、バカだった。警察に捕まったらヤバいってことなんにも分かってないのかよ。


 あぁ終わった。詰んだわこれ。話が違うよ。「警察呼びやがったぞ」と逃げるのがセオリーでしょうが。決まった行動しないチンピラがいるなんて聞いてないぞ。何食べてたらそんなのになるんだよ。さてはお前たち母ちゃんからチンゲンサイしか食べさせてもらったことないだろう。育ちが悪いんだよ。なーんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。


 とは言ったものの、チンピラとはもう目と鼻の先だ。

「あは、あははは。ちょっと待って下さいよ。もうすぐ警察来ちゃいますよ」

「何が来ちゃいますよだ。お前が呼んだんだろ」

 俺は襟首を掴まれる。

「お前がサツ呼んでからもうずいぶんと時間が経ったがまだ来ねーじゃねえか」

 別の金魚の糞みたいなチンピラが言う。

「本当に呼んでるのかよ。呼んでないんじゃねーの?」


 チンピラたちが俺に気を取られて彼女がフリーになっている。そこで俺は彼女に逃げるようにジェスチャーする。彼女は戸惑ってどうしたらいいか分からずあたふたしている。もう一度強く催促するとお辞儀をしてチンピラたちの脇を抜けていく。

「あ、逃げやがった」

「チッ!おい、お前のせいで逃げられたじゃねぇか。どうしてくれるんだ」

 襟首を掴まれる力が強くなる。

 作戦通りにはいかなかったけど良かった。チンピラたちは彼女を追いかけることもなく、彼女は無事に逃げることができた。だが気を抜いてはいけない。正直なところここからが山場だから。泣きたい、めっちゃ怖い。一体これから俺はどうなるのだろうか。なんとかなると信じたい。どうか頑張ってくれ数分後の俺。未来にすべてを任せることにするよ。まだ今は何もされてないわけだし。


「女助けたぐらいでヒーロー気取りか。相手はお前のことなんとも思ってねーよ!」

 俺は為す術もなくボコボコにされる。

「グフッ!ガハッ!」

 しばらく殴られた後、チンピラたちは飽きたのかその場を去っていく。


 俺はフラフラになりながらも意識を保ち、思ったよりも大丈夫な状態だった。どうやら俺の体はかなりのしぶとさがあるようだ。今までは分からなかったことがあのチンピラたちのおかげで発見することができた。悪いことだけじゃなかったんだな………。いや、悪いことしかないよ!殴られるだけとか誰が嬉しいの?誰得!?


「痛っ!本当に何してくれるんだよ」

 カバンから絆創膏を取り出し、殴られて切れたところに貼り付ける。どう女子力あるだろと自慢してやりたいところだが、する相手もいなければしようと思う気にもならなかった。


 ふと時間を見る。

「あ、やべ!遅刻だ!」

 ほとんど残っていない体力で何とか急いで学校に向かう。どうやら俺は入学式から遅刻という始まりのようだ。

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