第15話 美少女と微少年

 甘い吐息混じりの声が俺の耳を刺激すると同時に全身に伝わるように鳥肌が立つ。

 

「……そりゃ、女と二人きりの空間だ。緊張は……するだろ」


 当たり前のことだ。

 でも以前の俺からしたら当たり前の部類には入らなかった。俺は無意識に矢吹を一人の女として見ているのか?自分でもよく分からない。

 でも俺は確実に緊張している。

 そんな俺に矢吹は続くようにささやく。


「……正直、私も緊張していますよ。男の人と二人きりは」


「そ、そうだよな。こんな状況滅多に無いし……」


 すると突然、矢吹は俺の言葉を遮るかのように頭を肩に優しく置いてくる。

 その瞬間に俺の心臓は今にも飛び出そうなくらいに高鳴っている。


(いやいやどういう展開だこれ……!全く俺に縁のないようなことが起こってるけど!?夢か!?夢だよな!?)


「……っ!な、なんだよ」


「……」


 矢吹は俺の問に無言だった。本当にどうしたのだろう。


「……阿良田さん」


 一瞬無言だったことに対して疑問を抱いたのも束の間。矢吹は少々小声で俺の名前を呼ぶ。


「なんだ?」


「覚えてますか?私と阿良田さんの出会い」

 

 そりゃ覚えている。たまたま従兄弟の龍星と帰っていたらたまたまナンパ現場に遭遇してたまたま被害社が矢吹でたまたま助けた形になるというたまたまが尋常ではない程続いたのだからな。


「覚えてるよ。俺は全く助けたつもりはなかったけどな」


「ふふ。あの時もそんなこと言ってましたよね。でもこれも何回も言いますけど、たまたまでも阿良田さんがあそこにいなかったら、もしかしたら、あのまま男の人に連れ込まれていたかもしれません。でもそうなるのを救ってくれたのは紛れもなく阿良田さん……あなたです」


「や、やめろよ。助けた気はないけど、こう言われると無駄に恥ずかしいな」


 俺は頬が赤くなっていくのを感じながら視線を地面に向ける。

 矢吹は俺が照れていることを無視して話を続ける。


「そしてそのご恩は必ず返すと言いましたよね」

 

「ああ。言ったな。俺としては十分なくらい恩を受けていたと思うがな」


「でも私としては全然返せていなかったように思っていました。なのでその時言ったんですよね。『私が阿良田さんを落とす』……と」


 矢吹は自分が発言したにもかかわらず顔を真っ赤に染めている。

 流石に俺もこの時は同時に顔を赤らめた。


「そ、そういえばそんなことも言ってたな、はは」


 いやいや凝らすの下手くそか俺。自分の顔面がどれだけ歪なモノになっているのかなんとなく想像できてしまう所がダメだ。


「……その、あ、阿良田さんは、私に……落ちましたか?なんちゃって……」


 その言葉を聞いた瞬間ドキリと心臓が跳ねるのが分かった。


「お、落ちるわけないだろ!だ、大体、ぼっちを好む俺がわざわざ恋をして付き合って自分の時間を削るとでも思ったか」


 顔の出ているぞ、阿良田翔。なんともいえない表情が出ているぞ。

 そもそも、俺みたいな奴と完璧美少女の矢吹とでは釣り合うはずが無いのだ。俺が矢吹に恋をすることも、矢吹が俺に恋をすることも絶対にないことなのだ。住んでいる世界が違う者同士が巡り合うはずが無いだろう。魚と人間が恋をすることはあるか?絶対にないだろう。極端な言い分だが、つまりはそういうことだ。

 だから俺が矢吹に落ちることは今後一切ないのだ。可愛いとは思うことは多々ある。なんなら最近は毎日のように心臓を刺激してくる。それは現在進行形でもある。


「ですよね。こんなあっさり落ちることなんてないですよね。でも私はいつか必ず、阿良田さんを落としてみせますよ。誰かと過ごす時間、その中でも私と過ごす時間が一番いいって思わせられるようにしてみせます!」


「いや、ダメだ。常日頃から基本ぼっちだった俺が、矢吹みたいな美少女と釣り合うはずがないんだ。仮にな?もし仮に交際したとしよう。そしたら周りの奴らは多分誰一人として納得しない。それに、矢吹が何か酷い目に会わされるかもしれない。俺はそうなって欲しくないんだ。だから、俺は矢吹には……落ちない。超絶美少女となんの取柄もない微妙な少年が合うはずないんだ」


 少し言い過ぎたかなと思った。矢吹の俺を落とそうと頑張る灯を消してしまったのではないかと少し申し訳ない気持ちになる。


 だが、矢吹は俺が全く想像しなかった反応を見せる。


「ふふふ。すっごく阿良田さんらしい言い分ですね。笑っちゃいましたよ。もし私たちが恋に落ちたとして、誰に何と言われようとも、どんなに酷い目に会わされたとしても、私は阿良田さんを決して恨んだりすることはありません。その時はギャフンと言わせてあげられるようなことをすればいいんですよ!それに、いいじゃないですか。カップル」


 矢吹はにこやかな笑顔で言い放った。

 完敗だ。俺は完全に矢吹に負けた。そして矢吹は強い人だと確信した。ここまで完璧だと怖いくらい完璧だと認識した。

 

 俺は矢吹のそんな姿に思わず笑ってしまった。


「ははは。美少女と微少年カップル……。中々上手いこと言ったな」


 からかわれていると思ったのか、矢吹は少々顔を赤らめながら俺の肩をポンポンと叩く。


「恥ずかしいのでそれは言わないでください!もう!」


「座布団三枚くれてやるよ。……まぁ、なんだ。俺もお前のことをもう少しちゃんと意識して、気持ちに応えられるよう頑張るよ。矢吹と過ごす時間も、少し意識してみる」


 矢吹は俺の言葉に目を輝かせて大きく首を縦に一回振る。

 この時は最初のような緊張感はすっかり消え去っていた。


 そして俺たちは、誰にも見つからないように授業が終わる前に倉庫から出て自然に教室に馴染んだ。

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