馴れ初め

木野春雪

馴れ初め

僕は超能力者だ。人の心が読める。


役に立つかと問われれば、普通と答えざるを得ない。超能力界隈での僕の能力の利便さはせいぜい中の下だ。


下の中にならないのは、一応能力の「ON/OFF」が効くからだ。ではなぜ中の中になれないのかというと、心を読む対象を選べないためだ。

「ON」にしたらランダムで対象が選ばれる、のではない(もしそうなら僕の能力は最低ラインまで落ち込むだろう)。


能力を「ON」にすると、僕を中心に半径五メートル圏内にいる全員の人の考えていることが、自動的に僕の頭に流れ込んでくるのである。

だから休み時間の教室で「ON」にすると非常にうるさい。「ON」の間も僕の耳は聞こえているわけだから、単純計算クラスメイトが二倍に増えたように感じるのだ。


授業中の時に「ON」にすると…これはこれでまたうるさい。休み時間中に誰かと雑談している時の脳内に比べて、退屈な授業を受けている時の脳内はまるで遊園地のようなのだ。

真面目に授業を受けている優等生もいるが、彼女らの脳内だって例外ではない。


例えば学年一位の優等生の佐藤さんの場合、

『えっ?何今のどういうこと???マジわっかんねえんだけど、誰か質問しろ!いや自分で質問しろって感じだけど、でも私以外の全員理解していたらなぁ〜、馬鹿って思われるな〜、せっかく今まで秀才キャラで通してきたのに…はぁぁぁ無理無理無理無理!授業終わったら速攻トイレ行ってめっちゃググろう。それか知恵袋に相談しよう。よし!』

という具合だ。


ピンと背筋を伸ばしシャーペンを顎に当てて、まったく澄ました顔をしてそんなことを考えているのだ。笑ってしまう。

しかも佐藤さんは普段「マジ」とか「めっちゃ」とか言うキャラではなく、常に良家のお嬢様然としていて男子の間では「彼女にしたい清楚キャラNo. 1」として名高い。そんな彼女の本性を知っていて、僕はいつもほんの少しの優越感を感じている。


一方授業を真面目に受けていない劣等生はというと、各々の妄想を展開している。

一番多いのはやはりエロ系の妄想だ。例えば常に「彼女欲しー欲しー」と言って憚らない鈴木くんの脳内は凄い。普通にセックスしている。


といってもどうやらAVベースの妄想らしく、男の方(当然、鈴木くん本人)にも女の方(意図的なのか想像力が足りないのかほとんど顔のないのっぺらぼう)にもどうにも嬌声や動作に違和感があって、お遊戯感が否めない。


いや僕だって童貞だから、偉そうなことは言えないのだけど、クラスの中にはその手の玄人がちらほらいるから真のセックスというものを知ってしまっている。


物静かな文学少年の田中くんは普段女子から「ダサい」「モサい」と言われまくっているけど、家では家庭教師の女子大生と恋人関係で、週三ペースでヤっているようだ。

田中くんは時々青空を見上げながら、その時の記憶を反芻している。鈴木くんの妄想と比べたらドット絵と繊細な水彩画ほどの差がある。


もっと凄いのは佐藤さんと男子人気を二分する、ゆるふわ系美少女の高橋さんだ。

普段高橋さんは「こんどーむ?ナニソレわかんなーい」などとカマトトぶっているキャラクターだけど、実はもう援助交際歴二年にもなる猛者だ。


ハゲたおじさん、肥満のおじさん、刺青の入ったおじさん、様々なおじさんが高橋さんの白魚のような手とさくらんぼ色の唇によって勃起させられ、イカされていく。


授業中、高橋さんはそれらを欲求不満のために思い出しているわけでも、美しい思い出として思い返しているわけでもない。


『ハゲの時は口じゃなくて手でフィニッシュすべきだったかな。あのデブはなんだかいつもより遅かった気がする。仕事が忙しくて疲れているみたい…やっぱり無理にでも騎乗位にしてあげるべきだったかな。次からはそうしよう。ああ、あと次はマッサージでもしてあげようかな。今日放課後図書室で足ツボの本借りて…』

などとと反省と改善のために思い起こしているのだ。


『あのヤクザの人、見かけによらず早漏だったなー。こっちとしては助かるけど、最低でも十分以上は保たせてあげたい。もっと、こうした方が良かったかな。それともこう、いやあそこをああして、乳首をいじって…』

高橋さんは想像の中で刺青のおじさんの体をいじくり、次会ったときにはもっと満足してもらえるようにと考えている。大したプロ精神だと思う。


さてエロ系に続いて多いのが、グロ系だ。

僕の前の席の吉田さんは、高速でノートにペンを走らせながらこんなことを考えている。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね佐藤まじしねころす』


吉田さんは平凡な顔立ちをした大人しい女子だ。これといって特徴はないが、成績が良い。だけど佐藤さんには及ばない。


美人でもなければこれといった特技もない吉田さんにとって、テスト順位表は唯一輝ける場所なのだ。なのに美人で人気者の佐藤さんは常に吉田さんよりも順位が上だ。吉田さんはそのことがたいそう気に食わないらしく、授業中も休み時間も頻繁に呪詛の言葉を頭の中に並べている。


僕の後ろの席の小島くんはもっと具体的だ。小島くんはまず机の中から、刃渡り二十センチ程度のナイフを出し、前の席の僕の首に刃を突き立てて、頸動脈を引きずり出し、引き千切る。

僕の首から血が噴水のように吹き出し、やがて絶命する。クラスメイトが状況を理解し悲鳴を上げるまでの数秒の間に、小島くんは左右の席の二人(木村くんと石田さん)の眼球の片方をそれぞれブッ刺す。スピード勝負なので脳を破壊するまでには至らないかもしれないが、確実にダメージは与えられるし、何よりインパクトがある。


そう、インパクトだ。

小島くんは殺しにインパクトを求めている。


やがて教室に悲鳴が轟く。小島くんは絶命して項垂れた僕の横を通って、僕の席の斜め前の桜井さんの頬にナイフを刺す。ナイフは抜かずそのままにし、今度は桜井さんの前の席の工藤くんの顔を殴る。


小島くんの手にはいつのまにかメリケンサックが装着されていて、工藤くんは鼻骨を折って鼻血を吹き出して倒れる。

クラスメイトたちは二つしかない出入り口から、玉突き事故を起こしながら逃げ出す。小島くんは一体どこから出したのか分からない鉄アレイを片手で投げる。

鉄アレイは逃げるクラスメイトの一人に当たる。どこに当たったかよく分からないが、そのクラスメイトは膝から崩れ落ちる。


ここで小島くんの心情。

『やっぱりダメだな。だんだん雑になってくる。土台無理な話なんだよ、銃火器なしで数十人一気に殺すなんて』


小島くんは想像の時間を、僕を殺した後まで巻き戻す。僕の頸動脈を引き千切り血の噴水を作るのは、やはりインパクト重視という観点から決定事項らしい。


『ナイフよりも鈍器の方が早いか?リーチの面で考えると金属バットでも用意しておいた方が…いやバットなんて、隠す場所がない。クソっ!どうして俺は野球部に入らなかったんだ!』


小島くんは高橋さん並みに頭の中で試行錯誤し、だけど結局うまくいかなかったようだ。

もう面倒くさくなったのか、最終的には漫画みたいな雑なデザインの爆弾を投げ、教室を焼け野原に変えた。

目の前の僕の頭部は跡形もなくなったし、周りは黒こげになったり体が真っ二つになったりと死屍累々だ。


けれども唯一佐藤さんだけは無事だった。頬を少し焦がし、制服が破けてセクシーな感じになっているけど、ガラス片が目に入って失明しているなんてこともなかった。


そう、小島くんは佐藤さんのことが好きだ。

だから小島くんはいつも、クラスメイトを殺す想像をする時も、佐藤さんは絶対に殺さず、五体満足で生かす。

それからクラスメイトの死体の中で『俺のものになれ』と佐藤さんに迫るのだ。

さて佐藤さんの答えはというと、

『嫌だぁ!怖いやめて!近づかないで!』

だ。


いや小島くん、君の想像だろう。そこは都合よく『はい、分かりましたぁ〜(ガクブル)』とか言わせておけばいいのに、と僕は思うのだが、小島くんはクラスメイトを惨殺する(妄想をする)趣味はあっても、好きな子を暴力で捻じ伏せる趣味はないらしい。


だけど告白を断られた小島くんは

『そうか…』

と悲しく呟いて、拳銃で佐藤さんの眉間を打ち抜き殺す。そして小島くんは佐藤さんの目蓋をそっと下ろし、教室から去るのであった…

この妄想を初めて見たとき僕は

『いや殺すんかい!』

と心の中で激しく突っ込んだものだ。


小島くんは妄想の中で何度も佐藤さんに告白しているが、一度も成立したことはない。

変にご都合主義展開にしないところは好感が持てるところだ。小島くんには中二病っ気があるけど、無理なことは無理とちゃんと弁えている。


だから殺しも現実にはしない。

佐藤さんにも告白しない。

…けれども佐藤さんへの思いは、どれだけ月日が経っても衰えない。告白したい、できない、したい、できない、したい、いいやしても無駄だ。


小島くんは懊悩の末、いよいよ我慢できなくなったようだった。

告白と殺人。

小島くんは後者を選んだ。後者の方ができると踏んだからだ。

難しいのはあくまでクラスメイトの全員の惨殺だ。一人だけなら、ナイフでも用いれば容易い。

そして小島くんは今日、ナイフを持っている。想像のままの、刃渡り二十センチほどのナイフである。


授業が終わって、昼休みになって、佐藤さんは席を立った。小島くんはそれを追った。僕も追った。

いざという時、小島くんを止めるか否か、僕は決めかねていた。


小島くんはスポーツマンではないが、僕の方が小柄だ。揉み合いになって殺されたら溜まったもんじゃない。

佐藤さんは美人だと思うけど、どちらかと言えば高橋さんの方が好みだ。だから命をかけてまで、守ろうとは思わない。


と、その時背後から声が聞こえた。

『死ね死ね死ね死ね死ね佐藤殺す』

吉田さんだ。

佐藤さんは女子トイレの中に入り、小島くんは男子トイレと女子トイレの間に居座りスマホをいじる。

吉田さんも女子トイレの中に入っていった。トイレだろうか、と思ったのは一瞬で僕は佐藤さんが危ないことに気付いた。吉田さんの『死ね死ね殺す』がさっきよりずっとドス黒い気がしたのだ。


悲鳴が上がる。

佐藤さんだ。

小島くんははっと顔を上げた。


状況を把握する前に、額から血を流した佐藤さんが飛び出してきて、その後を鉄アレイを持った吉田さんが追いかける。


一体どこから鉄アレイが?!

と驚愕する僕の横を、佐藤さんは走って逃げる。吉田さんは走って追う。


『えっちょっちょっとちょっと何何何何何?!』

小島くんはかつてないほど狼狽えている。僕もすっかり狼狽えてしまって、

「え、いいの小島くん。先越されても」

とうっかり普通に話しかけてしまった。


「えっ」

小島くんは目を丸くして

「あ、うん、行くわ」

とナイフを取り出し吉田さんの後を追った。


「何、あれ。何事?」

トイレの方に歩いてきた高橋さんが、独り言のように呟いた。もしかしたら僕に話しかけたのかもしれないが、高橋さんはトイレの中に消えて行った。「うわっ血!誰だよ汚え!」


数秒、僕はその場でどうしようかと逡巡し、結局は小島くんたちを追いかけることにした。

先生を呼ぶべきだとは分かっていたが、さっきの悲鳴を聞いて『先生、呼んだ方がいいかな?』と思っている声がちらほらいるから、誰か呼んでくれるだろう。


それよりも僕は小島くんの妄想の一部が実現するのかどうかが気になっていた。自分を殺人鬼から助け出してくれる男子……王子様ではないだろうか。もしかしたら吊り橋効果で、佐藤さんは小島くんを好きになるかもしれない。


小島くんとは去年から同じクラスで、その頃から佐藤さんへの思いは知っていた。だけど今年、席替えをして小島くんが真後ろの席になって、より一層強く彼の心の声を聞くようになった。

乱暴だけど、ひたむきな思いだ。僕はいつの間にか彼に好感を抱き、彼の恋を密かに応援するようになった。具体的に何か行動するわけじゃない。ただ心の中で『頑張れ』とエールを送るのだ。


「やめて!」

佐藤さんの悲鳴は近い。角を曲がってすぐのところだ。

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す』

『いや無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理』

吉田さんと小島くんの頭の中が弾幕のように流れ込んでくる。

急いで角を曲がると、二人は揉み合いになっていた。


吉田さんの武器であった鉄アレイは床に転がっている。小島くんはナイフを吉田さんに振り下ろそうとしているけど、吉田さんは小島くんの両手首をしっかり握って止めている。


吉田さんは細身の女子だが、火事場の馬鹿力というやつか小島くんと力が拮抗、いや心の声を読む限り小島くんの方が押され気味だ。


頑張れ小島くん!

僕は心の中で応援した。

頑張れ!頑張れ!吉田さんを倒せば君はヒーローだ!


僕は観戦に夢中になり過ぎていて、自分の体が曲がり角からかなり出てしまっていることに、気付くのが遅れた。

幸い、互いの相手に必死になっている小島くんと吉田さんは僕に気付いていなかったが、床にへたり込んでいた佐藤さんは僕に気付いた。ばっちり目が合ってしまった。


「やっべっ…」

思わず声が出てしまった。

僕の声と重なるようにして、

『逃げて!』

と声が聞こえた。鼓膜ではなく、脳に直接響く佐藤さんの心の声だ。


心臓がどきりとした。僕はてっきり『助けて!』と叫ばれるものかと思っていた。

助けを求められたら助けないわけには、少なくとも助ける素振りを見せないわけにはいかない。


もし僕が佐藤さんのSOSを無視し、小島くんと吉田さんが相討ちになって、佐藤さんが生き残ったとしたら、そしてもし佐藤さんが僕に見捨てられたことを吹聴したとしたら……僕は女子のピンチに何もしなかったタマなしと謗られることになっていただろう。


だけど彼女は

『逃げて!』

と僕に目線で語りかけている。

自分がピンチだっていうのに、ろくに会話もしたことのないクラスメイトの身を案じている。


佐藤さんの人柄の良さは前々から(心を読んで)知っていたけど、こうして直接その厚意を向けられると、例え好みのタイプでなくても心を持っていかれそうになる…いいや、すでに心は持っていかれてしまっていた。


血を流してへたり込む佐藤さんが輝いて見える。心臓がかつてないほど高鳴っている。

これが恋か。

自覚するとなおいっそう体の奥底からかっと熱が湧いてくる。


先ほどまで小島くんを応援していたことなど、とうに忘れていた。僕は角から飛び出して、互いに夢中ですっかり脇が隙だらけになっていた小島くんと吉田さんにタックルをかました。


まったく無防備になっていた二人は僕ごときの脆弱な力でバランスを崩した。そして吉田さんは床に転がっていた鉄アレイに頭をぶつけて、死んだ。なぜ死んだのか即座に分かったかというと、心の声が途切れたからだ。


『くそったれ!』

それが吉田さんの最後の言葉だった。


小島くんも吉田さんを下敷きにして顔を下にし転ぶところだった。だけどそのコンマ数秒の間に彼は、

『殺す』

と気持ちを即座に切り替え、体を反転させ、ナイフをヘソの辺りで握り切っ先を僕の方に向けた。


小島くんの狙いは、心を読んで分かった。僕もまた、タックルをした勢いですっ転びそうになっていたのだ。

このままならば、コンマ数秒後に吉田さんの上に転がった小島くんの上に転がることとなる。小島くんはそれを見越して、僕の肝臓辺りを狙って刃を突き立てたのである。


もし僕に心を読む能力がなかったら、なす術もなくナイフに串刺しになっていただろう。

だけど心を読む能力のある僕はたった数秒の滞空時間で体を捻り、切っ先のラインから脱した。


『危ない……!』

僕はもう安全圏にいるのだが、佐藤さんの角度からでは見えないのか、そんなことを判別できる精神状態ではないのか、佐藤さんが心の中で悲鳴を上げる。

佐藤さんのような善人には、自分が傷付くより自分のせいで他人が傷付く方が痛いのだろう。

僕が咄嗟に手を伸ばしたのは明確な思慮や判断があってのことではない。愚かな行為だ。一歩間違えれば、大惨事だ。大事な神経を傷付けてしまったら利き手が動かなくなってしまったかもしれない。


だけど事が過ぎてしまえば、どんな心配事も杞憂と化す。

事実、僕は死なず、血がすごく出た割には神経はどこも傷付いておらず、後には傷痕も残らなかった。

利き手を怪我して、確かにしばらくは不便だった。一方で良いこともあった。思い詰めたような表情の佐藤さんが、いちいち僕の面倒を見てくれるようになったのだ。


「ノート、代わりにわたしが取るわ」

「今日の体育は休んでね、お願い。わたしが先生に伝えてくるから」

「お箸持ちにくい?はい、あーん。明日からおにぎり握って来るわ」

「その手じゃ色々不便よね。一緒に帰りましょう」


かくして僕らは交際することとなった。


クラス一の美少女となんの取り柄もない地味男子の僕の組み合わせは、教室を震撼させ、喧々轟々の議論を呼んだが、僕は佐藤さんの命の恩人で刃物を持った相手に果敢に立ち向かったヒーローなので、文句を言える奴は一人もいなかった。


唯一文句を言いそうだった小島くんは、退学処分になったので問題はなかった。

小島くんは最後の最後まで、「田村(=僕)に唆された」「俺は佐藤さんを愛してる」「佐藤さんを守ったのは俺だ」と主張していたが、誰も聞く耳を持たなかった。


それどころか佐藤さんは、

「小島くんは気持ち悪いストーカーよ」

と唾棄した。その言葉を聞いた時の小島くんの絶望顔とあらくれる心情はちょっと文章化し難い。徹底的に打ちのめされた小島くんは、心を無にして学校を去った。以来、僕は彼の姿も心も見ていない。


僕と佐藤さんの交際は高校を卒業しても続いた。長続きのコツは、やはり僕の超能力だ。ただし、常に佐藤さんの心を読み続けるなんてことはしない。恋人同士であろうとも、いや恋人同士であるからこそ、その辺は弁えなくてはならない。


心を読むのはここぞというときだ。例えばデートのとき。

「何食べたい?」

と聞いて

「何でもいいわ」

と言われたら心を読む。

例えば服選びに付き合わされているとき。

「これとこれ、どっちがいいと思う?」

と聞かれたら、心を読む。


『今はうどんの口かな。ちくわの磯辺焼きもつけたいな。あーでもでもかしわ天も捨てがたい!どっちもはカロリー的にキツい!』

『まあ右っ側が無難かな。左の方はわたしには似合わないかな〜でもこういうロリロリしい服も着てみたい…今着なきゃこんな服一生着ないだろうし…』

などと佐藤さんは、答えを僕に求めてもたいてい自分で答えを持っているので、佐藤さんの望み通りの答えを言ってあげるのだ。


最も役に立ったのはプロポーズするときだった。

「結婚指輪はサプライズで渡すより、一緒に選びに行った方が良い」というのは納得のいく教えだけど、佐藤さんの心を読める僕はサプライズで失敗知らずだった。

僕は佐藤さん好みのシンプルだけどフェミニンな結婚指輪を買って、佐藤さんが『ここでプロポーズされたい…』なんてロマンチックな気持ちになっている瞬間に渡した。


佐藤さんはある日僕に言った。

「不思議だわ。あなたはまるでわたしの心を読めるみたい。もしかして超能力者なんじゃないの?」


僕は一瞬本当のことを言ってしまおうかと悩んだけど、佐藤さんは心の中で

『んなわけないわ〜。本当に超能力者とか言われたら超キモい!』

とも言っていたので、一生話さないことに決めた。

なんとなくフェアじゃないような気もするけど、佐藤さんだって僕の妻になるというのに、いつまでも良家のお嬢様ぶっているのだから、お互い様じゃないだろうか。


おしまい

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馴れ初め 木野春雪 @kinoharuyuki

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