第13話 古い写真越しの風景

 京都で叔父に会ってから、薫は少し沈んでいた。叔父の告白の内容も衝撃的であったが、にわかに由香の話しに、真実味を与えてしまった、シオリと言う女性が嘗て存在していたと言う事実に、しかもその存在が自分の母であった事に、整理し切れないもやもやを抱えていた。

薫は由香をメイドの芳山に託してから、京都から別行動を取った。どこへ行こうと言う計画はなく、ただ自分の気持ちを整理したかった。何となく電車に乗りこむと、湖を過ぎて、やがて複雑な入り江のある街にでた。寒村とまでは行かないが、冬であれば、それなりに覚悟がいりそうな暮らしが想像できた。

「由香だったら、どんなテーマを持っているだろうか?」と思いながら、海辺の小高い崖の上にある民宿に宿を取った。窓のガラス越しに見下ろすと、崖の淵沿いに砂浜が続き、少し離れたところに小さな漁港があった。宿の主人によれば、今は小さなイカ漁の時期とかで、夜には漁火が揺らめくとの事で有ったが、まだ日は高く、深い青色の海面が揺らいでいた。薫は、畳の上で横になっていたが、意を決した様に旅行バックから有るものを取出した。それは、叔父から貰ったシオリと言う女性の写真と幾つかの手紙やはがきの束だった。

「こいつは、俺が墓まで持っていこうと思っていたが、由香ちゃんの話が本当なら、これの所有者はお前だ。」と言ってその束を渡してくれた。薫は、ずーと気になっていたが、それを取り出し広げる気にわなれないでいた。この場所に来て、ようやく少し勇気が出てその幾つかを取り出して開いてみた。最初、数枚の写真が有り、その何枚かの写真には、父の健司と叔父の成司の真ん中に女性が居た。

「この人がしおりさんか。」薫の記憶には全く存在しない映像がそこには有った。次の写真を見ていくうちに、明らかに今、薫と母梢が住んでいる側にある遊園地の中で取られたと思う映像があった。

「だから、父はあそこに家を買ったのか。」家選びに執着していた父の意図が分かった様な気がした。それらは、おそらく高校生時代のもので、3人とも若く、周りの友達と思われる人たちも若かった。その一枚の中に、父(健司)と思われる傍らに、母(梢)の若い時の写真もあった。父は、少し照れている様な顔で、目線を隣にいる母とは別な場所に送っていた。薫は、その時、父の目線の先にしおりさんが居るような気がして、他の関連しそうな写真を探し出していると、目を疑うような一枚があった。おそらく一般客がたまたま映り込んでしまった映像の中に、由紀がいた。それは由香ではなく、明らかに由紀だった。この間、大きなテーマパークで由香のふりをして、僕を騙そうとしていた由紀の顔がそこに会った。つい最近まで、由香の双子の姉妹の顔は知らずにいた薫であったが、今は、そのよく似ている双子でもある程度区別がつく、由紀を知らない内であれば、その少女の顔は由香にしか見えなかっただろう、だが、この顔は明らかに由紀の笑顔だ。

「しおりさんが残してくれたメッセージ・・・それは由紀と共にいる事。」と薫は解釈した。と同時に、由香に残された時間が少ない事も理解できた。薫は暫く呆然としていたが、その他の幾つかのはがきや手紙を読んだだけで、それ以上に進めることができなくなっていた。寝付かれないまま、朝を迎えると、早々に宿を出て東京へ向かっていた。

「由香の死期が近い。」一度そんな思いに捕らわれると、居ても立っても居られなくなり、兎も角、由香に早く会いたかった。一番早い新幹線で東京へ向かい、その足で西園寺家に向かった。早朝の来訪にも関わらず、メイドの芳山が対応してくれて、やっと由香の顔を見る事ができ、思わず抱きしめてしまった。その時由香が薫に

「まだ大丈夫だ。」とすべてが分かっている様に囁いた。

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