第8話 盲目の歌姫
盲目の歌姫
薫は薪能からの帰り、此方に来た序でもあり、久しぶりに叔父に会う事にしていた。由香とは別行動を取るつもりでいたが、一人京都へ向かおうとした薫に、何かを感じたのか、ついて行くと言い出した由香のために、一人であれば、独身の叔父の家に転がり込めば済む話のはずが、そうも行かなくなって、適当な宿を見つけるために、幾つか連絡を取ってみた。しかし大きな祭りと重なっているこの時期は、学生の身分に相応する様な所が見つからなかった。由香に相談すれば、西園寺家の威光もあり難なく見つかるだろうが、今回は薫個人の用事のため、その手段を取ることにためらいを感じた薫は仕方なく叔父に事情を話、助けて貰うことにした。
結局叔父の世話になることで落ち着いた事で、薫と由香は奈良を後にした。由香の進言も有って、わざわざ私鉄を止めて、JRの駅に向かい、駅舎を見てから京都に向かうことにした。由香はその駅舎を眺めながら、
「もう変わっちゃってるわね。」少し残念そうに呟くと、ゆっくりと首を回しながら、天井を眺めていた。薫は由香が語った話の内容の中から、駅舎に関した部分を思い起こしながら、当時の木造の天井にニコライ堂の様な文様が有るさまを想像してみていた。
「由香そろそろ、乗らないと。」何かに取り憑かれたかの様に、立ちつくしていた由香に薫が声を掛けた。
「うん、」その場が名残惜しそうに、薫の後に付きながら、二人はプラットホームへ向かった。鉄道での移動は結構な時間を掛けて、京都駅に着くと、真っ直ぐ叔父の勤めている大学に向かった。
守衛所で、用件を告げると、愛想の良い守衛はすぐに薫の叔父の所へ取り次いでくれ、直に事務方の女性が迎えに来てくれた。その女性は、由香をちらりと見てから
「お久しぶりですね、薫君。」と声を掛けてきた。
「ああ、ご無沙汰しています。今日はわがまま言って、ご迷惑をお掛けしてしまってすみません。」
「良いのよ、どうせ教授は一人暮らしなんだから。」少し呆れた様な言い回しで言った後、二人を叔父の研究室に案内してくれた。
薫の叔父、東堂成司の部屋は、数年前に訪ねた頃の姿と殆ど変わらない状態で、机の上に乱雑に置かれた書類の山は増してこそあれ、処理されているとは思われない状況であった。そんな状態の部屋を、薫の大学の担当教授が見れば、ドアに鍵を掛けたまま、開かずの資料室にでもされてしまいそうな状態であった。
「やあ、久しぶり。うん、なかなかいい男になったな。彼女まで連れて。」
薫は、いつもの屈託のない調子で語る叔父にふと父親の思いを感じながら、
「電話で、ご説明した通り、彼女とは一寸変わった状況の関係でして、学友の西園寺由香さんです。」
「うん、あの西園寺家の娘さんなんだって。」そう言って由香に握手を求めた。由香は一寸躊躇ったが、叔父の手を握り、
「西園寺由香です。本日はお世話をお掛けします。」
「いや、何もできないけどね。」そう言いながら照れ隠しの様に頭に手をやると
「教授のいつもの手口なんですよ。若い女の子の手を握りたいだけなんですよ。」事務の女性が紅茶を持ってきながら横やりを入れていた。
その女性は、一頻り叔父の日常の素行をばらした後、
「あのお店、予約取れましたから、車呼びますか?」と教授に尋ねた。
「うん、ぶらぶら歩いて地下鉄で行くかな。芳山さんも来ないか。」
「ええ、お邪魔じゃなければ。」
「若い女の子もいることだし、同席して貰えると有りがたいな。」
「では、お言葉にあまえてご馳走にならさせて戴きます。」どことなく、慇懃丁寧な調子で受け答えしている二人を見ていた由香が突然
「貴女は、嘗て歌詠みだったのだ、盲目の。」と言い出した。薫は、また例の語りが始まりだしたと思いながら
「こいつ、何かが降りて来たみたいなんで。そうなるととんでも無い話しをし出しますから、驚かないで聞いてやって下さい。」そんな薫の言葉をよそに
「何で、芳山が和歌の歌詠みの家系なのを知ってるんだ。」薫の叔父が驚いた様に訊いた。
「由香には、変な能力が有って、今回もそのお告げだか予言だかのために、奈良に来たんですが、その事もケリが付いたんで、良い機会だから成司叔父さんを訪ねようとしたら、一緒に付いて来るって言うもんですから、変だなと思っていたんです。」
薫は手短に、由香の持つ能力の説明をして、その発端となった、持病の話しをした。
「面白そうな話しだな。」薫の叔父は興味を持ったのか
「でもどうせ聞くなら、食事でもしながら聞くかな。それなら良い肴になるしな、急いで店にいくとしよう。」そう言ってから、自分でタクシーを呼んだ。タクシーは大学から二十分ほど走ってその店に着いた。
叔父の馴染みのその店は、高瀬川沿いにあり、川風が気持ちよく入る間取りをしていた。
「酒は適当に頼んでくれ。薫君はもういいんだよな。」そう言うと
「いつものコースで。」と部屋に案内した仲居に声を掛けた。オーソドックスな京風料理が程なく出てきたが、それぞれの酒が運ばれると、濃い目の味で酒の肴と言った料理に変わった。
「健司と飲み歩いたせいか、関東風の味付けに馴染んでしまって、幾つか探した中でここが一番近かったんだよ。」
「由香さんは、お酒大丈夫?」芳山が薫の顔見ながら訊いた。
「強いのはだめなんで、サワーか何かで。」薫は由香の好みを聞きながら
「グレープフルーツ系のやつでお願いします。」
芳山さんが、よく面倒見てくれていたが、由香はすでに眠そうであった。
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