第6話  変なガールフレンド

   変なガールフレンド


薫風そよぐとは、言葉だけのことで、その年の五月は荒れ模様の日が多かった。土曜の休日を久しぶりに母と過ごしていた薫のもとに携帯電話が鳴った。

「え、今何処…しょうがねーな。」薫の短い応答に要領を得ない母梢を尻目に、玄関に向かった薫の先には、すでに由香が居た。

「こんな時間に来て…ごめん。運転手は帰してしまったから、薫の顔見たら近くのホテルにでも泊まるから。」

「こんな雨なんだから…お前の家みたいに広くは無いけど、お前一人位泊まれるから。」それを聞くと由果は嬉しそうに薫に抱きついていた。後ろで、唖然として見ていた母が

「どなた?」

「ああ、西園寺だよ。同級生の。」

「ええ、あの西園寺さんのお嬢さん。」

「まあ、お嬢さんかな。」

由香は、そんな二人の会話が聞こえていないのか、まるで大好きな縫いぐるみでも見つけたかのように薫に抱きついていた。

「まあ、お熱いお二人さん、何時までもそんな所に居ないでこっちに来なさいよ。」

由香は居間のソファーに座る段になってようやく、薫から離れた。この機とばかりに、梢母が薫の腕をとり別室に連れ出して、

「あの子が、西園寺家のご令嬢さん?」

「ああ、今夜泊まりたいてさ、此処に。」

「あんた達どんな関係なのよ。」

「どんなって、懐かれてるって言うか。西園寺家には演劇の稽古場を貸してもらってるだろう。稽古が終わってもなかなか帰らせてくれないもんだから、何時も綾佳さんところに厄介になる破目に成る訳さ。泊まってたら如何なるか分かんないし。向こうの親は公認状態だからさ。」

「だって、今晩は泊まるんでしょ、あの娘(こ)。」

「この雨のなか追い出せないだろう。如何なるかは母さんしだいさ。」

そう言うと、梢の「一寸!」と言う言葉も聞かずに、薫はさっさと戻ってしまった。何やら台所で準備をしていた薫が、居間に戻ってから、

「お前家の様に高級な紅茶ないけど、それとクッキーだ。これは僕の自家製だからな。」

そう言ってから、電話を掛け始めた。相手は、由香の母葵である。葵は運転手兼執事から状況を聞いていた様で、薫との話しはすんなり終わり、薫の母と話し始めていた。結構長い電話の末、梢も納得したのか

「汚い所で申し訳ありませんが、お預かりさせて頂ます。」と電話を切っていた。

紅茶とクッキーを食べて幾らか元気が出たのか、由香が口を開き始めた。

「薫の母上殿、突然の無礼をお許しください。今宵は、薫を貸して頂きたい。」梢は面食らいながら

「こんなんでよければ…、お母様とはお話させていただきましたから、両家の親公認ということで。」母親の言葉とも思えない発言に、薫がぶっちょう面になって

「何を公認したんだよ!」と喋った。

由香のお屋敷から比べれば、薫の家は小さな住まいであるが、薫の父 健司がこだわった末に見つけて購入したコテージ風のマンションであった。一応客室は確保されていて、ウッドデッキのベランダも広く、休日ともなれば、嘗ての健司はここでコーヒーを飲むのが楽しみの一つであったが、今は、健司の代わり、梢がそんな時間を過ごしていた。由香は、薫の部屋を聞くと、さっさと、由香の体からすれば大きめなトランクを運び入れてしまい、荷物の整理をしだしていた。

「あの娘、薫の部屋で寝るつもり?」

「だろう。」

「変なまねしないでよね。」

「しないよ。されるかもしれないけど。あいつ僕をペットか愛玩具みたいに思ってる見たいなんだ。」

この後も、梢を驚かす幾つかの事実を目の辺りにして、ようやく二人が寝静まったのを確認してから様子を伺いにいった梢だった。案の定、由香は抱き枕よろしく、薫に抱きついて寝ている状況で、薫は暑苦しいのかもぞもぞと動くも、しがみつかれているためか動けないまま寝入っていた。小柄な体に黒のスーツ姿の由香は、確かに外見上は少年の様にみえているが、湯船で見た体は対照的に女ぽく小柄な割には、胸も大きかった。そして、後から聞かされることになる、由香の秘密を垣間見ることができた。それは、右胸の下の傷跡だった。

「あいつ、心臓が悪いんだ。だから風呂に入るときは誰かがそばにいてあげないと駄目なんだよ。」

最初、由香が薫を指定してきた時は、梢も驚いたが、事情を聞かされて納得はしたものの、さすがに母としての手前もあり、由香とは梢が一緒に入ることになった。由香の髪を洗いながら、ふと自分にもこんなん娘がいれば、また違った人生があったかもしれないとあれこれ考えてしまっていた。その夜の一番の安眠を得ていたのは、やはり由香だったろう。

 翌朝は雨も上がり、爽やかな五月の風が吹いていた。梢は、デッキのテーブルに朝食を準備していた。普段なら、コーヒーなのだが、今朝は紅茶をベースに自家製の杏ジャムとライ麦パン、柔らかめの炒り卵とポテトサラダ、トマトのバジルソース炒め、梢にしては手を掛けた朝食だった。程なく、寝ぼけ眼の薫が起きてきて、テーブルの脇の長椅子に腰掛けていた。

「眠れたの?可愛いい女の子に抱きつかれてて。」

「ふん、それなり寝てたよ。彼奴は安眠してたけどね。」

「どんな気持ち、女の子と一晩を過ごした気分わ。」

「一寸欲求不満かな。」

「ふーん、薫も男だものね。」

「ああ、僕がそうしても彼奴は拒まないだろうけど、前から子供生みたいて言ってた位だから。」

「おいおおい、いきなり私をお婆ちゃんにしないでよね。」

「ふん、でも無理なんだ、彼女には。子供が産める程の体じゃ無いんだよ。」

薫は遠い未来でも見てるかの様に、眼下の海を眺めていた。

暫くして、梢が気づくとベランダの窓ごしに由香が立っていた。由香は昨夜とは違った女子らしい柔らかな服装で、梢に丁寧に挨拶をしてから、薫の横に座った。

「やっぱり女の子は可愛いわね。」独り言の様に呟きながら、紅茶を入れた。

「母上様、ここは素敵なところですね。」

「有り難う、もう居ないけど、薫の父、私の夫がこだわって選んだ所なのよ。」

「お父上も優しい方だったのですね。」

「ええ、そうね。でも善人は早死しちゃうのよ。」

梢の言葉に、由香は残念そうな溜め息をもらしてから、静かに紅茶を口に運んでいた。

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