第44話 メイド服の女
「少しよろしいですか?」
ミレラと俺が話していたところに、新たな声が割って入る。その声は俺たちよりも前の方から聞こえてきて、そちらに視線を向けるとそこには一人の女性が立っていた。
「なにか?」
「あれ、失礼ですが。あなたはミレラ・エンバード様でしょうか?」
「そうだけど……」
「まさかこんなところでお会いできるなんて、人生何が起こるかわかりませんね! 握手させていただいても?」
「え、えぇ。べつに」
「ありがとうございます!」
話しかけてきた女性はミレラへと駆け寄り、両手でミレラの右手を掴み、握手を交わす。ミレラ本人は少し引き気味にその女性のことを見つめていた。
俺も改めてその女性のことを凝視する。
背中まで伸びるまっすぐな黒髪に、整った顔立ち。身長は俺と同じくらいでミレラよりも少し高め。丁寧な言葉遣いに、気品のある佇まい。これだけならば、誰が見てもこの人のことを不思議がったり、避ける人はまずいないだろう。
しかし、ある一点だけがこの場において異質な雰囲気を漂わせていた。
「あの、あなたは一体誰なんですか? それと、なんでメイド服……?」
ミレラが右手をいまだに掴まれながら、俺も感じていた疑問をその女性に聞いてくれる。
女性の方も、気が済んだのかミレラから手を離して、ミレラの質問に答えた。
「失礼しました。私はリーナ・フィナロという者です。私がメイド服を着ている理由につきましては、ある方のお世話がかりをさせていただいているからです」
「どうしてお世話がかりがダンジョンなんかに?」
「お嬢様がこのダンジョンに入られたので、それを追って私もここにいるということです」
「世話のかかる主人ね」
「いえ、それも可愛らしいところでありますから。ところで……」
フィナロさんが俺の方に視線を向けてくる。
「お隣の方は、どなたでしょうか?」
「俺はレイス・オーウェンって言います。今はミレラと一緒に行動してる者です」
「あら、下の名前で呼び捨てだなんて。素敵なご関係なんですね」
「そんなんじゃないから」
「あら、そうでしたか。それは失礼しました」
どこかガーネットさんに似ている部分があるが、決定的に似ていない部分がある。それはミレラに対する態度である。
フィナロさんはガーネットさんとは違い、今の軽い冗談のようなことでも、深く頭を下げて、ミレラに対して謝罪する。
その反応に一瞬驚くミレラであったが、相手の立場と自分の立場を理解したのかすぐに先ほどまでの態度に戻る。
「頭を上げて。気にしてないから」
「ありがとうございます」
ミレラの許しを得られて、フィナロさんも下げていた頭をあげる。
「少し、話が逸れてしまったのですが。少しお聞きしたいことがありまして……」
「あなたのご主人の居場所?」
「えぇ、おっしゃる通りでございます」
フィナロさんは先ほどお嬢様がダンジョンに入って、それを追ってきたと言った。しかし、そのお嬢様らしき人物の姿がなかった。だから、今のフィナロさんが聞きたいことはそのお嬢様の居場所しかなかった。
ミレラもフィナロさんの言葉を聞かずして、彼女の言いたいことを予測したのだった。
「どんな感じの子なの?」
「身長は百五十くらいで、白い服装をしている女の子です」
「白い服の女の子ねぇ……」
「すみません。その子の髪型って?」
「肩にかかる手前の長さ。と言った具合でしょうか」
フィナロさんのその言葉で俺の頭の中に一つの映像が思い浮かぶ。それは、つい先ほどの出来事であった。
「その子なら、多分ですけどさっき一階層で見ましたよ」
「本当ですか!?」
フィナロさんは俺の両肩を力強く握りしめ、前後に揺さぶってくる。フィナロさんはたまに周りのことが見えなくなるようなタイプの人らしいことがわかった。
「あ、はい。その子とゲートの前でぶつかってしまったので……」
「えっ……?」
俺のことを前後に揺さぶっていた動きが突然ピタリと止む。そして、今までのフィナロさんの雰囲気とは打って変わり、静けさが辺りには漂った。
また、揺さ振ることをやめたにも関わらず、なぜか俺の肩を掴むフィナロさんの握力が強くなっていく。そのあまりの強さに少し痛みを感じ始めてきてしまうほどだった。
「それで、そのあとは?」
フィナロさんの平坦で感情のない声がこだまする。あまりの急変に俺も怯えながら答える。
「そのままダンジョンの出口の方へと走って行きましたよ……」
「わかりました」
フィナロさんは俺から手を離し、俺たちの横を通ってゲートの方へと向かう。
「おそらく、オーウェン様がぶつかったのがお嬢様だと思います。私はお嬢様のことが気になるので、この辺りで失礼します。それでは──」
フィナロさんはその言葉を残したと思うと、一瞬にして姿を消した。そのあまりの出来事に俺とミレラはしばし驚いていた。
「もういないよ……」
「おそらく、奇跡の力でしょうね。でないと、あの速さはどう考えても考えられない。目の前から消えるなんて……」
姿を消してしまったフィナロさんのいた場所を俺たちはただ見ていた。
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