戦国時代最大のどんでん返し

雨 杜和(あめ とわ)

第1話


 1560年。


 のちに天下人として名をはせる織田信長、このとき26歳。当時は尾張地方を平定したばかりの地方大名にすぎなかった。

 だが、この年、彼は人生最大の危機に見舞われる。


 駿河の今川義元が三万余の大軍勢を率いて三河に侵入、信長の支配する尾張へと怒涛どとうのごとく侵攻してきたのだ。当時の織田軍、兵をすべてかき集めても4千ほどしかいなかった。

 これ、単純計算すると、一人が七人の相手とケンカして全員が勝たなきゃいけない戦いってことだ。ねぇ、そこの君、七人と喧嘩して勝てる? ボコボコでしょ。

 この圧倒的な軍事力の差。勝てるはずがない。誰もが思った。


 その上、今川義元と織田信長、両者の間には軍事力以上の差があった。

 義元41歳、信長26歳、いわばトップとしての経験値が違う。だから、若い信長はがけっぷちに立たされた。

 ドラクエでいえば、スライム四千匹が大魔王の軍隊三万と戦うようなものだ。

「尾張もおわり」と、親父ギャグも炸裂さくれつって状況だよ。

 そこ! いま、笑えないギャグをって親父を見る反抗的な目で見たっしょ。


 でも、まあ、聞いて。


 父信秀が8年前に亡くなり、家臣団の信長への信頼はまだ薄かった。その好機を見逃さず今川義元は西三河地区へ侵攻、織田の陣地を削り取っていた。

 さあ、これから大軍で一気に滅ぼす。そんな勢いだった。


 当然、織田陣営は怯えた。

 いつか今川はくる。でも、今日じゃなきゃいいと思っていたはずだ。人間ってのは実際の危機になるまで、それが本当に迫っているなんて考えたくないものだ。

 その今川がついに動いた。織田家中は戦慄した!


「多少はこちらの城を落とされても仕方あるまい」

「だわな」

「義元のやつ、どこまで、来た」

沓掛くつかけ城だわ」


 沓掛とは現代のトヨタ自動車で有名な豊田市より西側、名古屋市寄りの地である。


 伝令は続々と届いていた。全てがマイナスなものばかり。

 当時、名古屋から三河方面には備えのために城や砦を建設してあった。いわゆる、専守防衛ってやつ。でも、そのことごとくが攻められた。


「今川軍、大高城への補給を」

「失敗したか」

「いえ、成功しました。丸根まるね城、鷲津わしず砦へと明日には進軍」


 この大高城への補給退路を断つために、織田側は二つの城を配備して警戒していた。そこを突破されてしまったのだ、織田家中の落胆は大きかったであろう。

 一歩一歩、今川は道筋にある城を飲み込んで尾張に軍を進める。ゆっくりと、しかし確実に襲ってくる恐怖を感じる。その恐怖に織田側の武将には今川へ寝返るものもいた。


 このときね、信長は奇妙な一手をうった。


 ニセ手紙を、それも寝返った織田側の家臣の筆跡をまねて書き今川へ渡るようにしたんだ。この手紙には織田側の情報が記してあったが、今川側にしてみれば寝返った武将が情報を知っていることが変だと思うでしょ。信長、そこをついた。


 この策略に引っかかり、二重スパイと疑った今川は織田の裏切りものを処刑してしまった。

 これにより、織田側からの裏切りは減った。こうして裏切っても死。裏切らなくても死ぬしかない家臣たちは、もう死に物狂いで戦うしかないとなる。信長、策士さくしである。


 今川本隊が織田との国境付近まで進んでくると、信長の住む清洲城での会議は紛糾した。


「殿、ここは籠城ろうじょうで」

「いや、殿、うってでなければ、いずれは今川が」


 家臣らの意見は二分した。当然だろう、どちらの策も勝てる見込みはないのだ。

 三万vs四千の戦いがどんなものか、戦国に生きる人々には結果が簡単に見える。

 急先鋒きゅうせんぽうの森可成に対して籠城を主張する者。家中はまとまらない。そんな紛糾する会議のなかで、信長はこう言ったのだ。


「皆、もう屋敷に帰れ、俺は寝る」


 今にも、今川軍が攻め込んで来ようという日、家臣を家に返した。

(やはり、ウツケか……)

 家臣団の心が冷えた。


=つづく=

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