空想世界防衛戦線、異常なし。~サラリーマンがナイトなら、JKだって魔法使い~
Sin Guilty
空想世界防衛戦線、異常なし。 ~サラリーマンがナイトなら、JKだって魔法使い~
西暦2027年12月13日 月曜日。
極東日本。
関西近畿。
大阪府大阪市。
西区
出勤や通学で、人の流れが多くなり始めている時間帯。
市営地下鉄中央線『
2020年10月11日に日本で初めて観測されて以降、この7年の内にすっかり世界が日常としてしまった非日常。
それが今日もまた発生しようとしているのだ。
この世界のあらゆる物理法則を無視した、異世界からの
誰もがその名と姿を知りながら、実際に見たことなど一度もないのが当然
近代兵器の一切が通用しないその化け物たちの侵攻に晒されながら、未だ
時空震から顕れるあらゆる化け物ども。
そのすべてを人の『空想』が生んだ異世界からの侵攻だと
最初に時空震が現れたのが日本であったことも幸いした。
理論も実現方法も皆目わからない、唐突としか言えないゲームめいた防衛手段の構築と実行を、混乱の中でも受け入れられる者が多かったのだ。
こと『空想』において、ある意味この国は突出している。
それは個人の空想力という意味だけではなく、それに慣れ親しんでいるという意味においてもだ。
小学校まで集団登校している子供たちから、月曜の朝の気怠さを缶コーヒーで無理やり追い払っている若手から中堅どころのサラリーマン。
果ては会社では管理職も多いであろう
事と次第によってはすでに引退したおじいちゃん、おばあちゃんであってすら。
ゲームや漫画、小説に深く親しみ、
しかもそれは筋骨隆々のいかにもな戦士に限らず、一見すればなんの変哲もない女子供であっても、特殊な能力や装備があればそれができて当たり前だと認識する。
その絶対数がまさに桁違いなのだ。
であれば
『
街の各所に設えられた緊急用スピーカーや自動操縦で展開されたドローンから、政府による最優先緊急事態放送が開始される。
ここ数年で一気に普及したサードアイ・コネクタ――眼鏡式ディスプレイを備えたウェアラブル・コンピューターを所持している大人たちには
サードアイ・コネクタを持っていない人たちには各々のスマートフォンに向けて時空震発生と、それに伴う行動要請が一斉に配信されている。
それを受けた街行く人々は、多少慌てはするが
この7年でほぼ完璧に整備された各所の
「最近多ない?」
「確かに多い。でもまあ、倒せさえすれば国にとって利益になるしええんちゃう」
「そらそうやけど。でも倒せない国とかもあるやん?」
「まあ都市部やなきゃ、多少の『異世界化』はええ観光名所になったりするやんか」
「せやな」
「俺ももっと慎重にやってりゃ『
「いや慎重やったらいけるゆう話でもないやろ、こればっかりは。やっぱ才能やで」
「それな」
「歳も関係ないしなぁ」
などと会話を交わしつつ、慣れた様子で直近の
世界共通の緊急事態宣言下では会社も学校も即時停止され、最寄りの
地下300メートルの深部に設置された
過去7年の間に発生した何度かの討伐失敗の実績から、異世界化は地下100メートルまでということが判明しているからだ。
『天皇家による京都御所からの『封印領域』展開は
みなもう手慣れたもので、ものの数分で見慣れた朝の通学・通勤風景から、整備された朝の街にほぼ人影がないという、どこか伝奇モノめいた風景が完成する。
道路はもちろん高架上の高速道路を走っている車もすべて即停車し、電車、地下鉄も最寄りの駅ですべての運行を即時凍結。
例外なく誰もがみな、
それに違反することは重罪とされており、この七年でそれをよく理解させられている民衆に、あえてそれに逆らうような馬鹿な真似をする者はもはや存在しないのだ。
だが政府からの最優先緊急事態放送は停止されることなく、今後の予定を知らせ続けている。
それはもちろん、全員が
信号は赤の明滅を静かに繰り返し、道路上の車はエンジンを停止しすべてハザードを点滅させている。
通勤時のビジネス街とは思えないくらいに閑散としているとはいえ、人っ子一人いなくなっているというわけではない。
というよりも意外と人影は多い。
7年前から今日まで『
世界防衛戦線を担う、この世界を護る戦士たち。
その強者たちの年齢はばらばら。
まだランドセルを背負っている子供から、杖をついている老人までと幅広い。
各々の余計な荷物を地面に降ろし、身軽な状況になって全員が『封印領域』の展開を待っている。
現役の
いまなお
『封印領域展開より目標撃破までの間、『世界防衛特例法』が適用されます。よって
続いている最優先緊急事態放送が、地上に残っている彼ら、彼女らが強者である理由とその使用許可、制限解除を告げている。
人の空想より生まれたと断定された『敵』を倒し得る、今のところ人類唯一の手段。
『
各国政府によって展開される『封印領域』の中でのみ顕現可能な、自分だけの「俺が考えた最強武器」がそう呼称され、それのみが敵にダメージを与えることができる。
『
敵を倒し生き残れたという事実が己の空想の強さを証明し、より強力な
『当該領域のS級
そしてその二つと同じものが存在しない
これは最初の時空震から7年が経過する間に、生き残った
実際は政府の特殊機関『
けして多くが生き残っているわけではない
そのために、その
敵の本体である
そうすることによって
過去の記録からすれば時空震の等級と同等の
今回の場合はA級の時空震に対してS級1、A級5の戦力を開始時から準備できる状態なので、避難する一般人たちも落ち着いていたのだ。
ちなみにいまさら放送など無くてもA級以上の
病欠や出張などが運悪く重なってでもいない限り、この地区にそれだけの強者がいることは周知されているのだ。
もっともこの春から新戦力としてこの地区に現れた二人、その一方のS級についてはその存在はともかく、正体は未知のままではあるのだが。
『近隣からの応援現着は
とはいえ時空震発生時に
7年前であればまだしも、現在では
だが一部の地域では望めば『防衛隊』入りも可能なA級以上の
彼ら、彼女らにとってはその方がより己の空想を強くすることが可能であるがゆえに。
力の源泉が個々人の『空想』である以上、それを強大化する手段が画一的でないこともまた真理ではある。
空想の強さとはつまるところ、想いの強さに他ならないのだから。
いかにもな組織に属し、その力を認められることこそが効果的な者もいれば、それだけの力を持ちながら
すくなくとも今回の初動戦力の核である6名については後者なのだ。
『封印領域の展開を開始します。これ以降、顕現推定時刻
それを中心として正確な東西南北に巨大な御柱も顕現し、直径1㎞の球形をした封印領域が展開される。
これで梵字が流れるような境界面の内側では、
それとともにこれ以降は結界内では建物が壊れようが地面が抉られようが、結界を解かれた際には元の状態に戻るのだ。
回数が限定されているとはいえ撃破――殺された
現在地上に残る戦士たちが、次々と己の
小学校高学年の男の子が各種『超能力』を使用可能にするアイ・バイザーを。
朝の散歩中だった腰の曲がった老婆が、あらゆるものを切断してのける硬糸を操るオープンフィンガー・グローブを。
通勤途中であっただろう若手会社員が、残弾無限の二丁拳銃を。
その他にもありとあらゆる、その人にとっての最強武器が次々と具現化され、その
これもまた封印領域が
B級以下の
敵の
封印領域内の上空、
これがその空間から
一方、6名のA級以上の
その6名のうちの一人。
株式会社
49歳。
吊るしやパターン・オーダーではなく、フル・オーダーでぴしりと仕立てられたグレーのスーツ。
純白のイタリアンカラーのカッターシャツに濃紺のネクタイを締め、スーツよりも濃いグレーのトレンチ・コートを羽織った出で立ち。
白髪の混ざり始めた髪をオールバックに撫で付け、銀縁の眼鏡をかけた精悍な顔つきは引き締まったその躯と相まって、一部上場企業の管理職
だが具現化された己の
「ホント好きだね、祝田次長はいい年こいて」
「これはこれは島田部長――しかしそれはオマエも同じだろうが」
抜刀し剣先を下に構える祝田次長に声をかけたのは、答えた声のとおり島田という部長職につく会社員である。
現実は小説よりも奇なりというが、二人は中学、高校と同級生であり、大学で進路が分かれた後、偶然に二人とも阿波座に本社を構える会社に就職し、再開したという経緯がある。
つまりはお互いが一番「厨二」だった頃を、お互いに知っている仲だということである。
それゆえに、祝田次長の後半の言葉が、友人に対する気やすいものに変じているのだ。
株式会社
49歳。
その言葉とは裏腹に、祝田次長とそう変わらない「悪い顔」をして己が
こちらも引き締まった痩躯に上品な紺のスーツを着込み、ロングヘリテージトレンチをきちんとボタンを留め、ベルトも締めて着込んでいる。
割と寒がりであるらしい。
こちらも50前後の部長職としてみれば厳つい
「いや俺は宗次郎と違っていやいやだよ。まあ臨時収入は助かるけどね」
「天下の
「私立の芸大とかに行かれるとびっくりするほど金が掛かるんだよ、これが……」
「まあそれはわかるが」
そのわりには会話の内容は年齢相応の「お父さん」としてのものである。
彼ら二人にとってはそっちが軸足なので当然の事ではあるが、一方は抜刀された日本刀、もう一方は肩に
「世界を護る戦闘の前に、世知辛い話はやめてもらっていいですかね?」
それに突っ込んだのは三人目のA
株式会社フェイマス、宣伝課チーフ、
32歳。
会社員ではあれど所属部署が宣伝課という特性上、ラフにならない程度のカジュアルな服装が認められており、スーツではない。
だがなぜかそっちの方が、長大な
その服装のせいもあって、年齢も20代前半でも通りそうな優男である。
「保田君にはわからんよ、このお気楽独身貴族め」
「自ら進んで家庭という檻に入った人にいわれたくはありませんね」
ため息交じりの祝田次長の言葉に、皮肉でもなんでもなく「家庭」というものに憧れを持たない保田チーフが答える。
こればかりはどれだけ話しても平行線であるということはお互いにもう充分理解できている。
まだ今よりも自分たちが7歳も若かったころから、この地で戦線を維持してきた三人はそれなりにお互いの気心が知れているのだ。
そもそも祝田と島田が話していた収入的な問題など、ただの戯言である。
それぞれが務めている企業でその役職であれば、子供の一人や二人を私立へ通わせるくらいはどうとでもなる。
それ以上に
彼らが身につけているスーツや時計、その他のものすべてが超が付く一級品であり、7年前は年相応にやれた身体であったものが引き締まっているのも、その経済力で一流のジムに通っているからこそ維持できているのだ。
「いやホント勘弁してくださいよ、まだ私なんかは結婚に夢を見たいんですから。それに松宮さんもいるんですし」
「おっと」
「これは失礼を」
古参三人の聞くに堪えないとまでは言わぬまでも、けしてみっとものいいものではない会話を中断させたのは若手の
26歳。
若手会社員らしいオーソドックスな紺のスーツに、同じく定番のネイビー・カラーのステンコートを羽織っている。
新卒社員として阿波座の支社に配属されてから、たった一年で急にA
その年齢もあってかなり強く『
それでもこの数年で古参三人ともかなり仲良くなっており、実践での連携は『防衛隊』にも後れを取らない完成度だと評価されている。
今年の春までは関西圏の『三騎士+侍カルテット』として名を知られていたのである。
それが一年も経たないうちに関西の在野有名
「あの、いえ、お気になさらず……」
学生としての暮らしではあまり会話する機会もない、会社員モードの大人たちに謝られて恐縮している女子高生。
大阪市立西高等学校、一年A組、
16歳
この春に高校へ入学した際にはB級だったのだが、最初の実戦で憧れの『三騎士+侍カルテット』が敵の
己が空想を強化するのは、なによりも憧れであるのかもしれない。
サイド・テールにまとめられた髪と、紺のブレザーにチェックのスカートといういかにも女子高生らしい美少女が、それこそ日本人であればだれもが想像できるいかにもな『
中には「せめて小学校低学年ならなあ……高校生はないわ」という魔法少女ガチ勢も多数存在しはするのだが。
だが凜の名が全国区どころか世界へ広がって以降、その姿に憧れた少女たちの
幼い少女たちにとって、敵と戦う恐怖を凌駕するくらい、凜の戦う姿は憧れを強くするものであるらしい。
半年もたたぬうちに
だがその主たる要因は凜ではない。
「馬鹿を言っているうちに始まるぞ」
「ところで肝心の我らが最強戦力殿は?」
島田部長がかけた言葉に対して、保田チーフが最も重要な確認を行う。
祝田次長が顎を上げて視線でその位置を指し示す先には、全身が漆黒の焔に覆われた人型がすでに空中に浮かび、制止している。
「準備万端ですねえ」
「心強いよ」
彼、ないしは彼女こそが凜に続いてこの地に急に顕れたS級
その正体の一切は不明のままであり、日本政府もそれを是としている例外存在。
もっとも世界でもたった9人しかいないS
なによりもS
『封印領域』が展開されると同時に、全身をおそらくは自身の
前線で戦う
それはノータイムで撃たれるモノであっても
元この地の
今までは4人で削りきるか、『防衛隊』到着まで凌ぎきるかしかなかった戦闘が、たかだか数発の『大魔法』を撃つだけの時間を稼げばよくなったのだからさもありなんである。
敵顕現時の多重追尾魔法で、先行して顕れる
そこへ戦闘半ばで凜の最大魔法である、『封印領域』内の全
「でも、急にあんな強い人が現れたりするものなのでしょうか? それに私たちと違って、正体もわからないですし……」
「心配はいらないと思うよ。この力は各々の「空想」が源泉だからね。ある切っ掛け一つで、圧倒的に強くなることはあり得るさ」
「なにか……知っておられるんですか?」
「いや?」
いわば同期ともいえる『黒焔』――通り名としてそう呼ばれている――を見上げて不安そうに言う凜に、細剣使いの小川が気楽そうに答える。
強さこそ違えど自分にも、それこそ凜にも同じことが起こっているので納得もしやすいのであろう。
この春、凜の躍進の直後に急に現れたとなれば、なんとなく想像もつくというものである。
小川とて配属された先で得たある出逢いから、A級となるほどの力を得たのだから。
特定の誰かを護りたいという想いは、時に凄まじい力を生むのだ。
それが報われるか否かに関わらず。
「S級ともなれば政府の支援も万全でしょうし、正体を探るのも悪手ですよ。まあ一つ言えるのは彼も我々と同じで、彼もこの地に在ることがS級である条件なのでしょう」
祝田がまとめている間に、もはやこの地での戦闘での合図となっている『黒焔』による、まるで花火のような多重追尾魔法が上空に向かって放たれる。
時空震からの敵顕現時間となったのだ。
『黒焔』の多重追尾魔法から逃れ得た
小学生が超能力で捻り潰し、老婆が鋼糸で微塵に刻む。
『空想』同士のぶつかり合いが、阿波座周辺
「では我々も行きますか」
己が「空想」の力によって、飛ぶことすらできない者がA級になることなどできはしない。
だからこそそう言って、彼らも『黒焔』と同じく当然のように空へと飛ぶ。
『封印領域』内に張られた結界の中に現れつつある、今回の敵
今回の敵は西洋系竜型:竜王級。
空想世界防衛戦線、異状なし。
今日この時は、まだ。
大阪市立西高等学校、一年A組、
16歳。
全世界最強の魔法使いである、『黒焔』の中のヒト。
彼とその仲間たちの『物語』がはじまってからはそうではなくなる。
『非日常の日常』となった日々は、終わりを迎える。
空想世界防衛戦線、異常なし。~サラリーマンがナイトなら、JKだって魔法使い~ Sin Guilty @SinGuilty
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます