下北沢エクソシストシスターズ

第501話 シスターズ始動!

カフェ青葉の二階で祥はありふれた大学ノートのページをめくっていた。

それは失踪したウッチーこと内村徹の所持品で、彼の妻でカフェ青葉のオーナーである山葉の許可を得て閲覧しているのだ。

「このノートが日記的に使われていたことは確かなようですね。ここには一週間前の日付で『沼ちゃんが霊を祓う閃光を見た気がする。相変わらず手が早すぎるのではないかと心配だ』と書いてあります」

傍らで徹のパソコンを操作していた沼は手を止めて振り返る。

「いやだな、ゴブリンみたいなやつを引き連れたお客さんが居たからこっそり消したつもりだったのに。ウッチーさんは霊関連の出来事には異常に鋭いのですね」

祥は沼の言葉にうなずいただけでさらにページをめくる。

やがてその手が止まり祥は食い入るようにノートに記された文章を読んだ。

「大変ですよ。ウッチーさんは間違いなく妖に連れ去られてしまっています」

「どういうことだ?」

夫の失踪以来口数が減っていた山葉がおもむろにしゃべったので祥は真剣な表情で説明する。

「ここに書いてあるのですけど、ウッチーさんが山葉さんに治療を受けさせたいと思って思い悩んでいる時にアシダカグモの妖が願い事をかなえてやると話しかけてきたので彼はアシダカグモの妖と魂の契約を結んでしまったみたいなのです」

山葉は祥の言葉を聞いて表情を曇らせる。

「なんてことだ。私が探し出して連れ戻さなければ」

山葉が病院に行く予定を取りやめて当てもなく夫を探しはじめそうな気配を感じて祥は表情を険しくした。

「だめです。山葉さんは予定通り入院して手術を受けてください。もとはと言えば山葉さんが人の言うことを聞かないからウッチーさんが思い悩んで妖の口車に乗ってしまったのですよ。ウッチーさんは私達が探しますからあなたは自分の身体を治すことに専念してください」

祥の強い語気に沼は身を固くして山葉の表情を窺うが、山葉の眼には涙が浮かんでいた。

「やっぱり私のせいだ。私が勝手なことばかり言うからウッチーが妖に連れて行かれてしまったのだ」

祥はどうしたものかと途方に暮れたが、先ほどから莉咲を抱えて成り行きを見守っていた裕子が山葉に言う。

「山葉、あなたのことを大事に思ってくれる人たちがこんなにいるのだからまずは自分の身体のことを考えなさい。手術入院を取りやめるなんて言ったら許しませんよ」

山葉は頬に涙を伝わらせながらゆっくりとうなずく。

メイクした後だったら大惨事だが、彼女は手術入院を前提に完全ノーメイクだったらしくハンカチで拭いただけで気を取り直したように祥に言った。

「祥ちゃん、私が退院するまで店のことを頼む。それからウッチーの捜索願を坂田警部に渡しておいたので、問い合わせがあった場合は母と一緒に答えておいてくれ」

祥はオーナーがすっぴんなのに普段と見劣りしないことに微妙にむかついていたが、彼女の真摯な言葉には答えなければと思って言った。

「お店のことも、ウッチーさんの捜索の件も私が責任をもってやらせてもらいます。山葉さんはお母さんの言うように自分の身体を第一に考えてください」

山葉は祥にうなずいて見せ、裕子から莉咲を受け取ってぎゅっと抱きしめてから入院用品が入ったボストンバグを手にして部屋を出た、そろそろ沼が先刻電話で手配したタクシーが来る頃なのだ。

山葉は第二子の妊娠がわかるのと同時に子宮頸癌の発症が確認され、医師には子供をあきらめて治療に専念するように勧告されたのだが、彼女はどうしても子供をあきらめたくないと言い、妊娠を継続したまま癌の提出手術を受けることを選んだのだ。

徹がいれば彼女を自家用車で病院まで送ったうえ、手術の後まで付き添いしたはずだと思うと山葉の寂しさが理解できる。

裕子は莉咲を抱いて見送りのために階下に降り、後には祥と沼が残された。

「祥ちゃんオーナーを泣かすなんて、恐ろしいことをするのね」

沼がラップトップパソコンの画面を見ながらぽつりと言うので、祥は慌てて沼に答える。

「そんな、私が泣かしたわけではないですよ。山葉さんはウッチーさんが行方不明になって以来心労が積み重なっていたみたいだし」

沼はゆっくりと振り返るとにやりと笑った。

「あら、『もとはと言えば山葉さんが人のいうことを聞かないから』のくだりが地味に効いたのは確かじゃないかしら。私達はアルバイトだけど正規スタッフの祥さんがオーナーにそこまで言っちゃって大丈夫なのかな」

祥は実はそのことが気になっていただけに沼に指摘されて心配になった。

「ど、どうしよう。私祖父に一人前にお祓いが出来るようになるまでここで修行がてら働かせてもらえって言われているのに、首になって長野に返されたら叱られる」

沼は祥が慌てる様子を面白そうに見ていたが、落ち着いた口調で彼女に告げた。

「冗談よ、山葉さんはそんなことを気にするほど器の小さな人ではない。それよりも、ウッチーさんを探す方法だけど何か手掛かりはあった?私達下北沢エクソシストシスターズが探さなければ彼はこの世界に戻ってこられないかもしれない。ここは私達に加えて関係者にも助力を頼んで捜索するべきですよ」

「妙なユニット名を付けないでくださいよ。まあ、考え方によっては山葉さんを中心にとした霊能者グループらしくていいかもしれないけど」

祥はとりあえず沼に賛同すると大学ノートのページをめくりながら、自分が調べたことをかいつまんで教えた。

「ウッチーさんは妖を相手に願いを叶えたら自分の魂を相手に自由にさせるという契約を結んだようですが、そのこと自体を夢だと思っていたようですね。彼の覚書はそこで途切れています。他の記載内容からして山葉さんが手術を受ける決心をして、死の運命から逃れたあたりだと思われます。彼は夢だと思ったゆえに妖に対する防備は何もしておらず、そこで妖が債務の履行を迫っていきなり連れ去られたのではないでしょうか」

沼は祥の話を聞きながら肩をすくめる。

「それって、別に妖が山葉さんの運命を変えたのではないかもしれないのに、ウッチーさんはどうして抵抗の形跡も残さずに連れ去られたのかしら」

祥は沼の言葉をかみしめるように考えていたが、やがてぽつりと言った。

「連れ去られたというのは、クモの大群が押し寄せてウッチーさんを運び去った訳ではなくて、彼の心を支配して体ごと乗っ取ってしまったと考えた方がいいでしょう。山葉さんも坂田警部に捜索願を出したみたいですし、警察の支援も受けてウッチーさんの足取りを探すことになりそうですね」

祥は徹の大学ノートを閉じると、彼を見つけ出さなければと決意して立ち上がるのだった。







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