第490話 兄者の実力

 僕は山葉さんを守るようにアシダカグモの前に立ち、もしアシダカグモが攻撃して来たならばどうにかしてその頭胸部に飛び乗ろうと少しづつ間合いを詰める。

 巨大なアシダカグモに気づいた未来さんと隼人さんは無言のうちにクラリンを守るように身を寄せ合っていた。

 巨大アシダカグモも僕にニ本の脚を振り上げて威嚇するが、山葉さんは僕に駆け寄ると、日本刀を手渡した。

「私の先祖が現れて、これを使えと言って渡してくれたのだ。どうせならご先祖様本人が戦ってくれたらよいのに」

 山葉さんは昆虫好きだが、クモやゴキブリなどの不快害虫系は苦手だ。

 山葉さんの守護霊が現れて現実世界では持ち込んでいないはずの日本刀が僕の手にあると言うことは、僕たちは既に妖や霊が支配する時空に誘い込まれていると思われた。

 山葉さんは悦子さんに向き直ると、張りのある声で彼女に話しかける

「私は話を聞かせて欲しいと言ったのだ。アシダカグモの妖をけしかけるような真似をするならば、自衛のために式王子を召喚してそのクモを消してしまうがよいのだな?」

 山葉さんは意外と強気に悦子さんに問いかけるが、悦子さんも負けていなかった。

「笑止千万、人を騙して押しかけておいて盗人猛々しいとはこのことだ。私の使い魔のクモたちを消せるものならやってみるがいい」

 彼女の言葉と共に、僕たちの背後の巨大アシダカグモ以外にも周囲の薄暗い空間に沢山の光る目が浮かぶのが見えた。

 僕たちは巨大アシダカグモの大群に取り囲まれている状態だった。

 僕は日本刀を鞘から抜くと頭上に振りかざして一番近くにいる巨大アシダカグモと対峙し、僕の後ろからは山葉さんが高田の王子の法文を詠唱する声が響く。

 彼女が最強の式王子である高田の王子を召喚するまで、僕が盾となってアシダカグモの大群を防がねばならない状況だ。

 アシダカグモの頭部には二列になった八つの目が光りその下には大きな触覚と清涼飲料水のホームサイズペットボトルに匹敵する大きさの牙がそれぞれ二本並んでおり、押さえ込まれて咬まれたら無事ではすみそうにない。

 アシダカグモが僕の頭よりもはるかに高い位置から脚を振り下ろした時、僕は振りかざした日本刀に力を込めて斬りつけた。

 刀身の長い山葉さんの日本刀の刃がアシダカグモの分厚いキチン質を切り裂いて太い脚を切断すると、切断面からは透き通った緑色の液体がしたたり落ちる。

 そして、巨大アシダカグモの動きが鈍った瞬間に僕は跳躍してアシダカグモの頭胸部に飛び乗っていた。

 頭胸部とはクモの八本の脚の付け根にあり目や口がある頭と一体になった部分で、硬いキチン質に覆われている。

 僕は先日、山葉さんが召喚した高田の王子が巨大アシダカグモの妖の頭胸部の中央に太刀を突き立て、一撃で倒すのを見ていたのでそれに倣おうとしたのだ。

 刀を持ち換えて巨大アシダカグモの頭胸部の中心辺りに日本刀を突き立てようとした時、僕の目の前に悦子さんが現れた。

 彼女は僕を追って、アシダカグモの妖の頭胸部に飛び乗ったのだ。

「そんなことはさせない!」

 悦子さんは僕の顔面に正拳突きを繰り出し、僕はアシダカグモの硬いキチン質の外骨格を貫くために日本刀を逆手に持ち直していたので構えなおす暇がなく、彼女の拳をもろに顔面に受ける羽目になった。

 僕は中学生女子に殴り倒される形になり、アシダカグモの上から転げ落ちると為す術もなく地面に転がる。

 悦子さんが僕を追撃しようとした時、別の影がアシダカグモの上に飛び乗り悦子さんと激突していた。

「やめろ、それ以上手を出さないでくれ。どうして君は話を聞いてくれないんだ」

 隼人さんが巨大アシダカグモの上に飛び乗り、悦子さんの両腕を掴んで動きを止めていた。

「私はクモのことを多言するなと言ったのよ。話を聞いてくれなかったのはあなたでしょ」

 悦子さんは隼人さんの手を振り払うと強烈な蹴りを放ったが、隼人さんはのけぞってかわした勢いでバック転し、隙のない構えで悦子さんと対峙する。

 同時に、僕たちを取り囲んでいた巨大アシダカグモは前足を振り上げて威嚇しながら僕たちを包囲し次第に接近してくる。

 僕は先ほど正拳付き受けて流れた鼻血を掌で拭うと再び日本刀を構え、手近なアシダカグモに斬りつけてその脚の一本を切断した。

 脚一本を途中からを失ったアシダカグモは勢いを失って後退するが他のアシダカグモが

 違う方向から進み出る。

 僕が再び攻撃に移ろうとすると、目の前を誰かが横切り両手でアシダカグモの脚を掴み、アシダカグモの巨体を振り回して投げ飛ばしていた。

 投げ飛ばされたアシダカグモは他のクモに上に落ち、薄暗い空間の彼方へと走り去っていく。

 アシダカグモを放り投げた人影は千切れたアシダカグモの脚を放り出すと、振り返って僕に微笑して見せる。

 巨大アシダカグモを投げたのは未来さんだったのだ。

「この大きさなら食べ応えがありそうだけどちょっと数が多すぎるみたいですね」

 彼女は怖いセリフを残すと別の巨大アシダカグモに挑み、足を掴んで投げ飛ばす離れ業を演じる。

 その間、悦子さんは次々と突きや蹴りを繰り出して隼人さんを攻撃するが隼人さんは彼女の攻撃を見切ってきわどいところで躱しながら、逆に彼女を追い詰めているようにさえ見えた。

「あなた達は一体何者なの?」

 悦子さんは肩で息をしているが、隼人さんはさほど疲れた様子も見せていない。

「僕と妹は九尾のキツネの末裔だ。そしてこの人たちは古き流れをくむ陰陽師で決して邪な者ではない」

 悦子さんは隼人さんの言葉を聞くと、それまで矢継ぎ早に繰り出していた攻撃の手を止めて、改めて僕たちを見つめていることが見て取れた。

 しかし、悦子さんが口を開こうとした時、山葉さんが式王子の高田の王子の法文を締めくくる「りかん」の言葉を唱えていた。

 そして、山葉さんの前に平安朝の貴族然とした水干姿の青年が忽然と現れ、腰の太刀を抜いて目にも止まらぬ速さでそれを振るい始めた。

 高田の王子が通った跡には切断された巨大アシダカグモの脚が無数に転がり、とどめを刺されて足を縮めたアシダカグモが砂のようにさらさらと崩れて端から消えていく。

「止めて、その子たちを消さないで」

 悦子さんの悲鳴のような声が薄暗い空間に響き、高田の王子は太刀を振るう手を止めるとゆっくりと振り返った。









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