第489話 八つの光る目
その後、僕たちはWRX-STIで船橋に向かった。
山葉さんは白衣に緋袴の巫女スタイルのため、僕がステアリングを握り、後部座席のチャイルドシートを外してクラリンを真ん中にして左右に未来さんと隼人さんが乗り込んでいる。
雅俊は顛末を見届けたいと言うので黒崎氏がミニバンを運転して美咲嬢とツーコさんと共に僕たちの後ろを追尾している。
僕は環状七号線に出てから北上し首都高速に乗るが、山葉さんは僕が意図したのとは別のルートを走るように指示した。
「大井ジャンクションから湾岸線に出よう」
「それって遠回りになりませんか?それに今日はいきなり巫女装束ですけど外に出た時暑いでしょう」
僕が尋ねると、山葉さんは涼しい表情で答える。
「都心を通ると渋滞していそうだし、私は湾岸線が好きなのだ。巫女装束は私の名刺の代わりだと思ってくれ」
彼女は山崎家に乗り込んだらその場で妖との対決になると予想しているようでそれが僕の気になるところだが、ルート設定が気になる人が後続車にいたようで、品川のトンネルを走っている時にクラリンが遠慮がちに言う。
「ウッチー、雅俊が何で都心を通らへんのやってメール送ってきてるで」
「山葉さんが湾岸線好きなんだって言っといてよ」
僕が適当に受け流していると、後部座席で未来さんが小声で話しているのが聞こえる。
「兄者は東京ネズミーランドに行ったか?あそこはいいぞ」
「僕は、あまり遊びに行ったことは無いです。お父さんとお母さんが厳しいのです」
隼人さんが相変わらず気弱そうな雰囲気で話すが、彼の気弱そうな雰囲気は引き取られた家の教育方針とかが影響しているように思える。
大井ジャンクションから船橋までは三十分もかからないはずで、僕は浦安界隈に来たところで隼人さんに尋ねた。
「山崎さんの家はどのあたりにあるかわかるかな」
「あ」
隼人さんが一声上げて黙ってしまったので僕はミラーで様子を窺ったが、どうやら彼は山崎さんの住所を知らず、メールで問い合わせているようだ。
最近は個人情報の管理が厳しいので、生徒の名簿などが出回ることはなく生徒同士でも互いに教え合わないと住所はわからない。
公立中学校ならば、校区が狭く付き合いも長くなるので自ずと知っているはずだが、私立の学校は校区が広くなるので同級生の住所を知らないケースも自ずと多いはずだ。
「隼人君、私がカーナビゲーションを設定するから住所を読み上げてくれ」
隼人さんのスマホに返事が届いたのを見計らって山葉さんが指示し、隼人さんがメールで送られてきた住所を読み上げた。
山葉さんがナカーナビゲーションを設定して表示された目的地は意外と海岸から離れた場所だった。
船橋市と聞いて住宅密集地を想像していたが、現地に行ってみると周囲に森も見える郊外の風景でカーナビゲーションが案内を終了した辺りには住宅はまばらだ、めぼしい家の前を通るうちに山崎と表札が出た家は容易に発見することが出来た。
その家は広い庭がある日本建築で邸宅と言ってもよい規模だったが、その庭は荒れた雰囲気が漂っていた。
周辺の道路は路側帯も広いので僕たちは道端に車を止め、隼人さんを先頭にして山崎家に向かう。
車を降りるときにクラリンのスマホの着信音が聞こえ、スマホの表示を確認したクラリンは僕たちに告げた。
「雅俊たちはミニバンから様子を見ているそうです」
「そうだな、全員で押しかけたら何事かと思われてしまう」
山葉さんがつぶやくが、宿題のプリントを借りに来たはずの隼人さんが大人を含む五人で押しかける時点で、悦子さんの疑念を引き起こすには十分なはずだ。
隼人さんが家の門口にあるインターホンで来意を告げると、インターホンからは女性の声で答えがあった。
「プリントはコピーしてあるから玄関まで来て」
そっけない雰囲気の声だが、隼人さんのために自宅でプリントをコピーしてくれたようだが、親切なのかあるいは貸し出してしまうと返しに来た時に再び応対しなければならないのでコピーをとったのかは定かでない。
隼人さんは門扉を開けて庭の奥にある家の玄関に向かった。
かつては日本庭園として整備されていたと思える庭は至る所に草丈の高い雑草が生い茂り、雑草の隙間からよどんだ水をたたえた池が覗いていた。
築山の雑草の間に見える松の木などの植木がかつての名残をとどめている。
僕は人が住んでいる家なのになぜここまで荒れているのだろうと考えながら雑草の茂みを見ていたが、雑草の茂みの陰に数個の光る眼が覗いていることに気が付く。
その目は二つではなく、たくさんの目の並び方には既視感があった。
僕がその正体を見定めようと草むらを覗き込むと、光る眼は不意に消え、草むらを揺らす音が響いた。
その音で同行していた人々も何かが草むらにいたことに気づき一様に足を止める。
「草の中に何かいるみたいですよ」
未来さんが緊張した声色で指摘し、山葉さんも物音が遠ざかって行った方向を怪訝そうな表情で眺めている。
「ぼくは、草むらの下に数個の目ガ光っているのを見ましたよ」
山葉さんは草むらを見つめたままで僕に聞く。
「その目が何個あったか覚えているか」
「四個の目が二列並んでいたと思います」
僕が先ほど見た一瞬の記憶を思い起こしながら答えると、山葉さんは表情を引き締めた。
「目が八個あるのはクモの特徴だ。おそらく問題のアシダカグモの妖ではないだろうか」
僕は依然退治したアシダカクモの妖を思い出した。
アシダカグモの目の下には、二つの目の感覚と同じくらいの太さの牙が二本並んでいる。
先ほど見た目が足高クモの妖だとすればその牙の太さは僕の太ももほどもあり長さも四十センチメートルはあることになる。
僕はふいに武器の類を何も持っていないことを不安に感じ始めていた。
それでも、隼人さんは家の玄関まで進み、玄関のインターホンを押した。
インターホンからは先ほどの女性の声が告げる。
「どうぞ、鍵は開いています」
引き戸タイプの玄関の戸を開けると、広い玄関のたたきから一段上がった廊下に隼人さん達と同年代の少女がA四サイズの紙を持って立っていた。
着ているのはスエット系の部屋着で普通の中学生に見えるが、隼人さんに続いて顔をのぞかせた僕たちを見て表情を険しくする。
「その人達は誰なの?」
「山崎さんごめん、この人に頼まれて連れて来たんだ」
隼人さんが答えるのにかぶさるように山葉さんが告げる。
「私が頼んだ者だ。最近アシダカグモの妖が絡む事件が増えているので少し話を聞かせてもらおうと思ったのだ」
山葉さんはストレートに来意を告げたが、悦子さんは隼人さんを睨む。
「私をだましたのね。クモのことを口外したら殺すと言ったはずよ」
悦子さんの目は金色に光り、彼女の背後に見えていた日本家屋の内部の情景は暗転して闇に溶けて行った。
僕は背後を振り返ったが、そこに夏の午後の日差しは無く薄暗い空間が広がっており、僕たちの退路を断つように巨大なアシダカグモが前足を振り上げて威嚇していた。
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