第458話 #大学に行きたい

誰であれ霊視能力者にあなたの傍に幽霊がいると断言された挙句に、明日来てくれたら浄霊してあげると告げられたら、その日の夜を一人でどう過ごせばよいか途方に暮れるに違いない。

僕は昼間に時間が無かったために夜も更けてからオンデマンド型のオンライン講義を一階の厨房の向かい側にある和室で視聴していたのだが、講義が終わったところで、小西さんの様子を確かめるたえにメールを送ることにした。

自室でオンライン講義を聞かないのは、莉咲の睡眠を邪魔しないためにヘッドホンを付けて講義を視聴していると、呼びかけに反応しない状態の僕が一時間以上部屋の一画を占領していることになり、山葉さんが鬱陶しく感じているのがそれとなくわかるからだ。

彼女が口に出してそんなことを言う訳もないのだが、一緒に生活しているとそれとなく空気を読んで相手の気分がわかるようになるものだ。

僕は山葉さんと出会ったばかりの頃に、彼女が浄霊で取り逃がした霊が自分に取り憑いていることに気づき、一睡もせずに夜を明かした経験があるので、小西さんのことを思い出して気の毒になったのだ。

とはいえ、小西さんに送ったメールの内容は彼を気遣うものではなく、今回SNSで知り合ったと言う女性と知り合うきっかけとなったのが何か尋ねるものだ。

むやみに「大丈夫だ」と言い聞かせるメールが届くよりも、とりあえず実在する人間である僕とメールをやり取りするという行為が、彼を落ち着かせると思ったのだ。

僕が質問のメールを送ってから一分も経たないうちに、小西さんから返信が届いた。

『彼女は大峰玲奈と名乗っていましたが、無論ハンドルネームかもしれません。彼女と知り合ったきっかけは、僕が大学に行けないために、何となく孤独を感じて、ネットで同じ思いを抱いている人を見つけられないかと思って探した時につぶやき型のSNSサイトで見つけたがきっかけでした』

小西さんからのメールを見ていると、居住スペースから階下に降りてきた祥さんが通りかかった。

「ウッチーさんこんな遅くに講義を聞いていたのですか。自分の時間を優先して確保しないと体を壊しちゃいますよ」

彼女は沼さんや木綿さんがアルバイトに来た時にオンライン講義の状況等を見ているので大学のオンライン講義に関しては事情通だ。

気を遣わせるのも申し訳ないので僕は小西さんとメールをやり取りしていることを知らせることにした。

「オンライン講義はもう終わって、小西さんが大丈夫かと思ってメールを送った所なんだ」

「そうなんですね。私もつい冷たくあしらってしまったけど、考えてみたら彼には見えないのに近くに幽霊がいると伝えておいて、明日まではそのまま我慢しなさいというのは、ちょっとかわいそうでしたね」

祥さんは昼間買ってきたアイスバーを業務用冷蔵庫に入れていたらしく、片手にアイスバーをもった格好でつぶやいた。

業務用冷蔵庫に私物を持ち込むのは衛生管理上あまり好ましくないことなのだが、アルバイトの人が使いたい場合もあるので山葉さんは業務用冷蔵庫の中でエリアを限定して許可している。

祥さんは僕の手元にあるラップトップパソコンのディスプレイを覗き込み、小西さんからの返信を眺めた。

「ふーん、彼女の名は大峰麗奈というのですね。小西さんはつぶやき型SNSサイトで検索したと言っていますけど、それはどんな検索の仕方だったのでしょうね」

「どんな検索というと?」

僕は祥さんの質問の意味が分からず尋ねたが、祥さんは肩をすくめて答える。

「私が言っているのは、検索に使ったテキストの内容のことなのです。検索ワードによって引っかかってくる対象は異なってくるわけですし、彼の場合は幽霊付きのサイトがヒットしたわけですから、何か特定の文言に幽霊の強い思いが込められていて、小西さんが偶然それを使ったのではないでしょうか」

僕は祥さんの意図は理解したが、果たしてそんなことが起きるのかと懐疑的な思いはあった。

「それでは、小西さんにその旨を聞いてみようか」

祥さんがアイスバーをかじりながらうなずくのを見て、僕は小西さんに質問するメールを送った。

その内容は、祥さんが言ったとおりに、大峰麗奈さんのサイトがヒットした時に使用した検索ワードを教えて欲しいと言うものだ。

小西さんは正確な文言を調べていたのかしばらくしてから返事のメールが届いた。

『その時検索に使ったのは、「#大学に行きたい」でした』

メールの文面を見た祥さんは、咥えていたアイスバーの棒をごみ箱に捨てると、部屋着のショートパンツのポケットから自分のスマホを取り出した。

そして、問題のつぶやき型SNSサイトの自分のアカウントを開き、音声検索するためにスマホに向かって囁く。

「ハッシュタグ大学に行きたい」

彼女はスマホの液晶に表示された沢山のつぶやきをスクロールしている様子だったがやがて手を止めた。

そして画面をタップすると食い入るように液晶画面を見つめている。

「何か見つかったの?」

僕が尋ねると、祥さんは何度もうなずきながら液晶画面を僕に向けた。

彼女のスマホの液晶は電車などで隣から覗き込まれた場合に見えづらいモードにされているので正面から見る必要があるのだ。

液晶の画面には可愛い女の子のイラストを使ったアイコンが表示されており、そこには「RENA@大学行きたい」というハンドルネームのプロフィールページが表示されていた。

祥さんは、つぶやき投稿をメディア投稿でソートしていたため、そのユーザーが画像等を張り付けた一連の投稿がプロフィールの下に連なっているのだが、その中の一つにはユーザーの自撮り写真を貼ったツイートもあり、祥さんはそれをトップに表示している。

写真に写り込んでいるのはマスクをした十代後半に見える女性だったが、その顔はマスクではっきりと判別できないものの、小西さんの隣に見えていた霊の顔に似ていると思えた。

「ウッチーさんこのサイトのアドレスを小西さんが送ってきたサイトのものと比べてください」

祥さんは僕が見やすいように、そのサイトのURLを表示したので、僕は慌ててウエブ会議システムを使った時に小西さんが送ってきたメールを開き、そこに記載されていたSNSサイトのURLと比較する。

二つのサイトのURLはぴったりと一致していた。

僕は祥さんのスマホを見ながら怪訝な思いでつぶやく。

「どうして祥さんのスマホではサイトの画像が表示されているんだ?さっき見た時には跡形もなく削除されていたのに」

「さあ、私に聞かれても理由はわかりませんよ」

祥さんはぼくのつぶやきが自分に向けられたと思い困った様子で答えている。

どうやら「#大学にいきたい」が鍵となって削除されたはずのサイトが閲覧できるという現象が発生しているみたいだが、その理由は何故だろうと僕は首をひねるばかりだった。

僕はとりあえず祥さんに礼を言おうと思い顔をあげたが、僕は視野の端に祥さんとは別の人影があることに気づいた。


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