第441話 二人の姿
「何故、ナキさんがゆかりさんのことを知っているんですか。彼女はホストクラブに来るのは初めてだと言っていたからナキさんと接点はないはずなのに」
零さんがつぶやくように言葉を紡ぎ出すのを見ながら、鳴山さんはゆっくりと零さんに告げる。
「詳しいことは知らないが、もしもその人を殺したのなら俺に正直に言ってくれ。罪そのものはどうにもならないが、償いが出来るように手を尽くす」
僕は鳴山さんがストレートに零さんに尋ねたことに驚いたが、零さんも驚いた表情で鳴山さんに問い返した。
「ちょっと待って下さい、ナキさん。その口ぶりだと、ゆかりさんは殺されたということなのですか」
鳴山さんは零さんの顔をじっと見つめてから答えた。
「おそらく彼女はこの世にはいないが、公式には行方不明とされている。おまえ本当に殺していないんだな」
零さんは鳴山さんに何度もうなずきながら答えた。
「殺してなんかいませんよ。俺は去年の春先に俺の店のお客さんだった彼女と、店が終わった後で彼女の部屋で会う約束をしていたのですが、教えられたマンションの部屋を訪ねても何の応答も無くて騙されたのかなと思っていたのです。彼女とはそれ以来あっていません」
鳴山さんは僕に振り返ると言った。
「内村さん、例の物をこいつに見せてやってください」
なき山さんが言うのは隕石のことだと察して、僕はシャツの胸ポケットにしまっていた隕石を取り出すと、掌に載せて零さんの前に差し出した。
「何ですかこの石は」
「おそらくそれが、ゆかりさんがお前に渡そうとしていた隕石だ」
なき山さんが告げると、零さんは僕の掌から隕石をつまみ上げてしげしげと眺めた。
「比重が大きくて鉄成分を多く含んでいそうだ。隕石だと言われたらそう思えますね」
零さんは天文マニアらしく隕石を検分していたが、やおら鳴山さんに向き直った。
「隕石の話は俺と彼女しか知らないはずだ。何故ナキさんが知っているんですか。もしかしてナキさんが彼女を殺したのではありませんよね」
鳴山さんはゆっくりと首を振ると、零さんに僕を示して見せた。
「この方は内村さんと言ってすごい霊能力者なんだ。ゆかりさんが死んでいるかもしれないと言っていたのは、この建物の中に女性の幽霊が出たことが発端で、この先生の奥さんに祈祷をたのんだのだが、ちょっとしたトラブルで奥さんとその助手の女性の魂が、ゆかりさんの死体がある場所に飛ばされてしまったらしいんだ。その二人を助けるには是が非でもゆかりさんの死体がある場所を探し出さないといけない」
零さんは隕石を僕に戻すと、鳴山さんに尋ねた。
「本当にゆかりさんは死んでいるのですか?俺はマンションを訪ねてすっぽかされただけなので死体の場所と言われても何のことだかわからないですよ」
鳴山さんは零さんの言葉を聞いてため息をついた。
「そう言うなら、俺もお前の言葉を信じたいのだが、零が関与していないのなら内村さんの奥さんを助けるための手掛かりが途絶えてしまう。どうだろう、零も一緒にゆかりさんが住んでいたマンションまで行ってくれないか」
「鳴山さんに頼まれたらそれくらいのことは付き合いますよ」
鳴山さんは僕に振り替えると真剣な顔で言う。
「すいません内村さん、零はゆかりさんの失踪とかかわりがないと言っているので最後の手掛かりとしてゆかりさんが住んでいたマンションに行ってみようと思うのですが」
僕は鳴山さんと零さんの会話の流れをから次第に暗い気分になりつつあったが、鳴山はそれとなく察してフォローしてくれたようだ。
「ウッチーさん、これまでに聞いた話だとゆかりさんが殺害された場所は彼女のマンションの通路だったわけですから、ゆかりさんの霊がそこに居る可能性もありますよ」
沼さんも賛成するので、僕の気分は少し上向いた。
「私達はミニバンで来たので、あと2、3人は乗れますよ乗り合わせて現場まで行きますか?」
黒崎氏が提案すると、鳴山さんが嬉しそうに答える。
「そうして下さい。うちは足代わりに使えるのは配送用のトラックしかないですから」
結局、僕たちは黒崎氏が運転するミニバンに鳴山さんと零さんを乗せて、ゆかりさんが住んでいたマンションに向かった。
ミニバンの助手席に乗った小西さんは鳴山さんが告げる所在地をてきぱきとナビに設定し、黒崎氏はそれを見て感心する。
「今日初めて見た機械をよくそんなに使いこなせますね」
「ソフトウエアのメニュー画面はパッと見たら大体使えるように作られているものなのですよ」
小西さんは淡々とした調子で答え、黒崎氏はミニバンは目的地に向けて走らせた。
「梅が丘というと割と僕たちの店の近くですよね」
小西さんがナビ画面を見ながらつぶやくとミニバンの三列目座席から沼さんの声が響く。
「下北沢から小田急線に乗って二駅目よ」
沼さんはその方向から電車でアルバイトに出かけてくるので馴染みのある地名のようだ。
黒崎氏はマンションのエントランスのスペースに無理やりミニバンを止め、僕たちはぞろぞろと賃貸マンションの共用通路に入った。
最近の賃貸マンションでは、玄関に電子式のロックを設けて、外部の人間が共用通路に立ち入れない構造にした建物も多いが、そのマンションは自由に出入り可能だった。
「この建物の6階にゆかりさんの部屋があったのですよね」
零さんが尋ねると、鳴山さんが無言でうなずき、僕たちは6階にエレベーターで向かう。
共用通路の周辺は僕には見覚えのある情景が広がっていた。
隕石に残っていたゆかりさんの記憶を読み取った時の情景と一致していたからだ。
ゆかりさんが零さんの到着を持って階下の道路を覗いた通路のフェンスはその時と変わらず存在し、僕はそこから下の景色を見ながら思わずため息をついた。
そして、彼女の最後を思いながら振り返った時、僕の目には意外な人たちの姿が映った。
そこに見えたのは山葉さんと祥さんが並んで立っている姿だったのだ。
山葉さんは僕を認識している様子で口を開きかけたが、その姿は急激に薄くなり見えなくなった。
「沼さん、今ここに山葉さんと祥さんの姿が見えたのだけど」
僕が沼さんに尋ねると、沼さんは緊張した表情で答える。
「ええ、私にもちらっとですが見えました」
僕は、勢いづいて鳴山さんに尋ねた。
「鳴山さん、昏睡中の二人の姿がこのドアの前に見えたのですが、ここがゆかりさんの部屋だったのですか」
僕はそうだという鳴山さんの答えを期待していたわけだが、鳴山さんの答えは違っていた。
「いいえ、ゆかりさんの部屋はもう一つエレベーターホール寄りの部屋なのですが」
僕は腑に落ちない思いで鳴山さんが示す隣の部屋のドアを眺めたが、そこには何も妖しい気配は見受けられなかった。
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