第439話 天文部の花形活動

「それじゃあ、私が一度自分のマンションに帰って、隕石を持って来てあげようか」

私が妥当と思われる方法を考えると、零君は即座に否定した。

「ゆかりさんにそんな手間を取らせたら申し訳ないですよ。もし構わなかったら僕が仕事終わった後でゆかりさんのマンションに寄らしてもらうのはどうですか」

私は彼が私の部屋に来ると言ったことに動揺して、もう少しでドンペリニヨンが入ったフルートグラスを横にして中身をぶちまけそうだったが、すんでの所で気がついて立て直した。

「どうしたんですかゆかりさん」

零君は不思議そうな顔で私を見つめており、私はその場を取り繕う必要を感じた。

「な、何でもない。ちょっと手が滑りそうになったの」

「そうですか。でもうれしいな。僕は高校の頃に天文部に所属して夜な夜な星を見ていたのですよ。天文部で最も派手な活動って何だと思いますか」

彼は普段とは少し違う雰囲気で嬉々としてしゃべっており、そんなところが私にはすごく新鮮に感じられる。

「さあ、わかんない。天文部で望遠鏡を見る以外に派手な活動とかあるの?」

私が考えても思い至らないことはいくらでもあるはずで、私は早々にギブアップしてネタ晴らしをせがむ。

「同じ望遠鏡を使っても相手によって活動内容は違うのですよ。最も華々しいのはコメットハンターと言って、未報告の彗星や小惑星の類を発見することなのです。でもそれは成果が上がれば派手だけどそこに至るまでは毎夜、黄道面を地道に探索して見慣れない星を探すという気が遠くなるような作業の上での話なのです。だから、小さめの小惑星が大気圏に突入して燃え残った隕石というのは僕にとってはすごく意味のあるものなのです」

私は、彼が自分のことをこれほど長く話すのを初めて聞いたことに気が付き、いたく感動した。

いつもの彼は聞き役に徹してお客の話を引き出して場を盛り上げてくれるプロのホストなのだ。

「それじゃあ、このお店が引けるすこし前に先に出て部屋で待っているようにしようか」

「そうしましょう。ゆかりさんのマンションの場所を教えてくれますか」

彼を相手に、当然のように待ち合わせの約束が出来ることを嘘のように感じながらも、私は

彼のLIMEに自分の住所を送り、彼が確認する姿を見つめていた。

春先の非常事態宣言が解除されたとはいえ、梅雨時で天気が悪いことも手伝いカウントゼロを訪れる客は少なく、私と零君は隕石の話をネタに妙に盛り上がり、時間はあっという間に過ぎて行った。

彼との打ち合わせ通りに、先に店を出た私は足早に自分のマンションを目指した。

自分のマンションに着いた私は大慌てで部屋の掃除に取り掛かった。

それほど散らかしているわけでも無いが、家に彼が来るとなればそれなりに体裁を整えたいからだ。

どうにか、部屋の体裁を整えた頃には30分ほどが過ぎており、落ち着かない私は玄関を出て、自分の部屋がある3階の通路から眼下に見える道路を覗いた。

彼が来る姿を見ようとしたのかは自分でも定かではないが、浮ついた雰囲気の私に隣室に住む男性がちょっと冷たい視線を投げて通り過ぎたので、私は少し落ち着こうとした。

ちょっと深呼吸してから部屋に戻って彼を待とうと思い、大きく息を吸い込んだ時に私の首に何かが食い込んだ。

背後から首を絞められていると気が付いて私は首にきつく食い込んだ紐を外そうともがいたがそれは首に堅く食い込んでいき、私の視界は暗くなっていく。

もしかしたら彼が隕石を強奪しようとして密かに忍び寄って私の首を絞めているのだろうか?しかし、私は彼にそれをあげると明言していたのだ。

自分がなぜそんな目に遭わされるのかもわからないうちに、私の意識は途切れた。


「ウッチーさん大丈夫ですか」

沼さんの声に僕は自分の記憶と見当識を取り戻したが、今し方首を絞められて意識が途切れるまでを追体験したのは記憶に新しい。

僕は自分自身が窒息しかけていたように大きくあえいで息をして空気をむさぼった。

「私の声が聞こえますか」

沼さんが続けて呼びかけるのにどうにか視線を向けると、彼女は安堵した表情で言った。

「急に意識が飛んだみたいに目を開けたまま固まった感じだったのでびっくりしましたよ。サイコメトラー能力を発揮して誰かの記憶を追体験していたのですね」

僕はもう一度大きく息を突き、新鮮な空気が自分の肺に満たされるのを感じてどうにか落ち着きを取り戻した。

「おそらく、この小石に取り憑いていた女性が死ぬ直前の記憶だと思う。彼女はこの隕石をホストクラブのホストにプレゼントしようとしていたが、問題の男性が到着するのを持っている時に何者かに首を絞められたんだ」

沼さんに説明しながら、僕は自分の説明に齟齬があるような気がしてならない。

小石に憑いていた女性の幽霊は胸を刃物で刺された状況が見て取れ、明らかに胸を刺されたのが致命傷だと思われたからだ。

「ウッチーさんもうすぐミニヨン二号館に到着しますよ」

小西さんが僕に告げるのと同時に、黒崎氏が運転するミニバンのカーナビゲーションが目的地近くだと告げるのが聞こえる。

「その先の袋小路になった路地の突き当りにミニヨン二号館があるんだ」

僕が告げると、黒崎氏は慎重な運転で路地にミニバンを乗り入れていき、突き当りでミニバンを止めた。

他の車の邪魔をする心配もないので、僕たちはそこにミニバンを置いてミニヨン二号館に向かうことになった。

僕たちが到着したのを物音で察知したのか、鳴山さんは森田さんを伴って建物の外まで迎えに出ていた。

「内村さん、奥さんの意識が戻らないなんて、うちの事案に関わったばかりに申し訳ない話です」

鳴山さんが僕に挨拶する横で、森田さんはマンションの所在地と宇賀ゆかりという名前を記した紙を僕に手渡す。

「あのプラスチックの小物入れの所有者とその人が住んでいた部屋の所在地です」

「そうだ、確かにゆかりさんと呼ばれていたと思う」

僕がつぶやいたのを聞いて、鳴山さんは表情を鋭くした。

「あの幽霊と接触されたのですか」

僕は首を振りながら事情を説明する。

「幽霊そのものではなくて、あの小石に染み付いていた彼女の記憶を読み取ったのです。あの人はキャバクラにお勤めの人だったのです」

鳴山さんは驚いた表情で僕の顔を見つめていたが、ミニヨン二号館の建物を指さしながら僕に言った。

「内村さん、とりあえずうちの建物の中で詳しい話を聞かせてください。キャバ嬢だったら同業に近いので僕の知人関係で情報が集まるかもしれませんから」

僕は、鳴山さんの情報網に頼るしかないと思いながら彼の後ろに続いて歩いた。




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