第438話 星のかけら

黒崎氏が運転するミニバンは、大きな車体をものともせずに川崎市を目指して疾走する。

僕は沼さんと並んでミニバンの二列目シートに座り、小西さんが運転する黒崎氏の隣でカーナビゲーションを設定していた。

「ウッチーさん目的地設定はミニヨン二号館の電話番号を入れましたけどそれでたどり着けますか」

小西さんは行き先設定した画面を見ながら尋ね、僕は先日出かけた時の記憶を思い返す。

「近くまでは行けるはずだ。目的地が近くなったら僕が案内するよ」

僕たちは意識を失った山葉さんと祥さんの魂を連れ戻すべく唯一の手掛かりと思えるミニオン二号館に向かっているのだが、それが空振りだったらどうしようかと思うと僕の掌には汗が浮かんでいる。

汗を意識したことで、僕は山葉さんが小物入れから取り出した小石を握っていることに気が付いた。

掌を開くと、汗が付着した小石は黒光りして見える。

「その石に霊がくっついていたのですね。なんだか石というより鉄の塊みたいですね」

沼さんは僕が掌に載せた石を見てつぶやくが、僕は石の形状などほとんど目に入っていない。

この小石についていた女性の霊が、結界にはじかれたときにその霊と一緒に山葉さんと祥さんの魂がどこともしれに場所に飛ばされてしまったのだから、僕は冷静でいられなかった。

「その石に持ち主の思念が残っていたらウッチーさんのサイコメトラー能力で細かい情報を読み取れるかもしれませんね」

沼さんは何気なく口にした様子だが、僕は何故気が付かなかったのだろうかと自分の迂闊さを悔やんだ。

「そうだ。霊が憑いていたくらいだからその記憶も強く染みついているはずだ。読み取ればきっと手掛かりが得られるに違いない」

僕は改めて、石を掌に握りしめると掌の中に重量感を伴って治まっている小さな塊に意識を集中した。

最初何も起きないかのように思われたが、やがて僕の意識に何者かの記憶が浸透するのが感じられ、僕はその記憶を追体験し始めていた。

今回の記憶の主はその雰囲気から女性なのだろうかと思った時、僕は記憶の奔流に巻き込まれていった。

やがて、目の焦点が合うとほの暗い照明の中で、零君がシャンペンを抜こうとしているのが見える。

店の名前は彼の名にちなんだ「カウントゼロ」。

彼が言うには零伯爵がおもてなしをするという意味合いとカウントダウンをもじった店名なのだが、それはさして話題に上ることはなく捻りすぎだと思われる。

以前ならシャンパンを入れたら、居合わせたホスト達が派手なコールで盛り上げてくれたものだが、今やコロナウイルス感染症への対策でお店の中ではお通夜のように静かにしている必要があった。

防音効果の高い店の中で何をしようが構わなそうなものだが、声高に話すと飛沫が飛び、誰かが感染していたらたちどころにウイルス感染が蔓延するからだと零君が教えてくれた。

それでも、ドンペリニヨンのコルクをいい音と共に天井まで飛ばした零君は輝くような笑顔で私を見つめた。

彼は無粋なマスクではなく透明なフェイスシールドを使っているので、その表情を見ることが出来る。

「ドンペリありがとうございますゆかりさん。盛り上がらなくて申し訳ないですね」

トップとして店を切り盛りするだけでなく、自らもホストとして抜群の人気を誇る彼は相当に頭も切れるタイプだが、私たちお客の前では無邪気な表情を見せる。

ホストクラブに遊びに来ていると言っても、私はよんどころなき身の上のマダムという訳ではなく、ご同様のサービス業であるキャバクラで働いているキャバ嬢だ。

私自身はホストクラブなどに足を運ぶのはもったいないと思っていたのだが、親友の良枝に誘われてホストクラブに足を運んだのがいけなかった。

普段、くたびれたおじさん達の話を聞いて、彼らが気分良く過ごせるように気を砕くのと比べ、ホストクラブでホストにもてなされるのは天国のようだった。

似たような業界故に裏事情もわかるのだが、それなりの料金を払ってサービスの提供を受けることは悪いことではないはずだ。

そして、私は何時しか零君に心を惹かれるようになっていったのだ。

もっとも、頻繁にホストクラブに入り浸っていては私の懐も干上がってしまうし、ことにコロナウイルスの感染症なるものが流行って、自分のお店が満足に営業できない状態となればなおさら無駄使いをするわけにはいかない。

そんな中私は彼に密かな趣味があることを知った。

派手な騒ぎをしなくなった店内で、会話をする機会が増えたわけだが彼が自分の話をしているときに星の観察が好きだと話したのだ。

あまつさえ、探査機のはやぶさの話をしてくれた時の彼の嬉しそうな表情は忘れられない。

はやぶさには二代目のはやぶさ2も存在しており、小惑星の資料を封じこめたカプセルがもうすぐ地球に帰還するのだと彼は楽しそうに語っていた。

その時、私は彼の歓心を買うために、星のかけらをプレゼントすることを思いついたのだった。

星のかけらと言っても外見はただの石ころだ。

私の実家は千葉にあるのだが、首都圏一体で観察され、SNS等で騒がれたた大きな火球が見えた翌朝に私の母は実家の屋根の上にルベランダで小さな石を拾い、それが落下した隕石だと主張していた

私はそれをもらい受けて零君にプレゼントすることにしたのだ。

実家に帰り、母に頼んだところ、天文学に興味の薄い母は心よく私にその石をくれたので、今私の部屋にはその「隕石」があり、小物入れの引き出しに鎮座している

「どうしたんですかゆかりさん。何かいいことでもあったのかな」

私が隕石のことを考えてにやけてでもいたのか、その様子に気が付いた霊君が控えめに私に尋ね、私は隕石の存在を彼に告げることにした。

「実は、少し前に火球騒ぎがあった時に私の母が隕石を拾ったらしいの。生憎、私も母も宇宙とかあまり興味なかったからそのまま家に置いてあったのだけど。零君がそういうの好きだと聞いたから、実家から私の部屋まで持って来ているの

私の話を聞いて、彼の眼の色が変わったのがわかった。

「本当に隕石なの?それどんな感じの石でした?」

私は彼の勢いに少し気圧されながら答える。

「そうね。色は黒っぽくてずっしりと重い感じがするの」

「すごい、それ本物の隕石かもしれませんよ。見てみたいな」

彼は私が思っていた以上に隕石ネタに食いついたのだった。

「そんなに好きなら、その隕石零君にあげてもいいわよ」

「え?本当に?」

彼は素の顔で私に迫り、私は目論見が当たったことを知ってほくそ笑んだのだった。


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