オークションの裏側

第414話 和室とウェブ会議の関係

カフェ青葉のバックヤードにある和室はいざなぎの間と呼ばれている。

そもそもは従業員の休憩室であったらしいのだが、山葉さんがカフェのお客さんから依頼受けた際にいざなぎ流の祈祷を行うのにちょうどいいため、その名がついていたのだ。

かつては、山葉さんが祈祷を行ったり、和紙を切って式神や式王子を作るとき以外はあまり使われていなかったのだが、最近は別の用途が急浮上していた。

「ウッチーさん、この部屋でWeb会議システムを使おうと思ってもwifiの容量が足りないみたいで、動画が途切れたりするんですよ。Wifi端末を増設できないのですか」

「私もこの間大事なところで会議室から落ちてログインしなおしたくらいですよ」

午前中でアルバイトを終えた木綿さんと、木綿さんと交代するために出勤した沼さんが口々に言うので、僕は新たにwifiのアダプター購入もやむなしかと考える。

最近のいざなぎの間は、アルバイトに来ている大学関係者が勤務が終わってからオンライン講義を受ける場所として使われているのだ。

お店で使っているインターネットの回線は十分な容量があり、Wifiで建物内のどこでもネットに接続できる環境にしてあるのだが、動画まで使うとなると電波の状態が悪い場所では障害が出る可能性が出てきたのだ。

そもそも自分が使っていても同様な症状が出ているので彼女たちの言い分は間違いないと思えた。

僕たちが通う大学および大学院はいまだにキャンパスでは授業をしておらず、ほとんどの講義はオンデマンドタイプのオンライン講義で行われていた。

講義の内容によっては、ディスカッションの必要があったり、講師と学生の間でやり取りが必要な場合もあるため、その場合はweb会議システムを使って面談するのだが、回線容量が少ないと、彼女たちが言うようにスムーズに使えないケースが出てくる。

「わかった、回線容量を増やすことは考えておくから、当面はLANケーブルでつないで乗り切ってくれ」

「えー、ネットのアダプターを置いてあるのは厨房だから引っ張ってくるのが大変ですよ」

「そうですよ。それに料理を運ぶ時に邪魔になったりしたら祥っちゃんに無茶苦茶文句を言われるのは目に見えてますからね」

祥さんは年齢的には木綿さんや沼さんより年下だが、カフェの正規職員としてフロア業務を取り仕切っているためアルバイトの彼女たちに対しては態度が大きいでのだ。

「それでは、天井経由で移動の動線の邪魔をしないように僕が配線しておくからそれならどうかな」

「それならいいです。ウッチーさんはケーブル買うときに経費をケチって細いケーブルとか買わないように気を付けてくださいね」

LANケーブルの規格は100BASE-TXが主流で、安くて細いケーブルなど探そうにも存在しないのだが、彼女たちは往々にして余計なことまで言いがちだ。

結局、僕は駅前までLANケーブルや、壁に泊めるフックの類を買いに行く羽目になり、ネット用の光回線がつながるアダプターから天井を這わせてLANケーブルを引くために小一時間を要してしまった。

そのおかげで自分のオンライン授業に危うく遅れるところだったが、どうにか間に合い、栗田准教授のゼミに参加することが出来た。

ゼミメンバーがリアルタイムで接続していると言っても、回線容量とアプリケーションのキャパシティーの関係で同時に発言できるのは4名まで、発言予約ボタンを押したメンバーから栗田准教授が発言者を選ぶことで会議は進められる。

僕は、聞き役に徹してゼミの時間を過ごしたが、ゼミの時間が終了し、メンバーが「会議室」から退場していく時に栗田准教授が僕の名を呼んだ。

「内村君ちょっと話が有るのだけど、プライベートモードに切り替えてくれるかな」

僕は悪い予感がしたものの、栗田准教授の言うことに逆らうわけにはいかない。

一対一の通話に切り替えたところで栗田准教授は僕に大学院のカリキュラムとは違うたぐいの話を持ち掛けた。

「実はちょっと訳有りの品物を仕入れた同僚がいるのです。本人はそうは思っていないのですがもしかしたら霊障の類が起きているのかもしれない」

栗田准教授の霊感はあまり強くないので、彼の話はあくまで憶測に基づいたものだと思えるが、これまでの経験から栗田准教授が何かあると思ったケースは相応の問題が生じている場合が多い。

「それを僕たちに確かめて、必要ならば浄霊でもしろと言う話ですか」

目上の人を相手に話が先走り過ぎている気がしたが、栗田准教授はそう言ったことは気にしない人だ。

「そのとおりです。問題の品物の画像を送りますから、奥様とご相談の上お引き受け願えないかな」

栗田准教授は気やすい雰囲気で画像を送付してくるので、僕は問題の画像をダウンロードしてからカメラの向こうの栗田准教授に答えた。

「わかりました。後ほどお返事します」

おそらくその類の話を持っていけば、山葉さんは二つ返事で引き受けるに違いないが、何はともあれ相談はしなければなない。

栗田准教授に挨拶してからからweb会議室を退場し、パソコンを片付けていると、天井からぶら下がったLANケーブルは結構目障りだった。

「やっぱり、Wifiの中継器を買った方がいいかな」

僕は邪魔にならないように頭上程度の高さでケーブルを束ねながら独り言をつぶやく。

現在使っている回線を考えると、回線容量は足りているはずなので電波が良く届くように中継器を買う選択肢が有効なはずだった。

僕はタブレットパソコンにダウンロードした栗田准教授の画像を山葉さんに見せるために、二階の住居部分まで階段を上る。

居室のドアを開けると、僕が来るのを待ち構えていたように廊下を這い這いしてきた態勢の莉咲が満面の笑顔で出迎えた。

「莉咲ちゃん、パパのことをお出迎えしてくれたんでちゅね」

僕は赤ちゃん言葉で莉咲に話しかけながら、タブレットパソコンを下駄箱の上に放り出して彼女を抱き上げようとするが、部屋の奥から山葉さんの声が響いた。

「ウッチー。莉咲ちゃんに触る前にちゃんと手を洗いなさい。外から部屋に入る時のお約束でしょ」

僕は幾分シュンとなりながら手洗いに行き、石鹸で手を良く洗ってから莉咲の抱っこを再開した。

「そうだ、栗田准教授が山葉さんに頼みたいことが有るというのだけど」

僕が遠慮がちな雰囲気で栗田准教授の用向きを告げると、間髪を入れずに山葉さんが答える。

「ほう、栗田准教授の頼み事とは面白そうだな」

僕の予想通り、山葉さんは足早に部屋の奥から姿を現した。

「栗田准教授の同僚が訳ありの品物を入手したと言うのです。とりあえずその品物の画像を見てみましょう」

僕が放り出したままのタブレットパソコンを目で示すと山葉さんはタブレットをスリープモードから立ち上げた。




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