第402話 アルフォンソ司教

アルフォンソ司祭は爽やかな笑顔を浮かべて僕を見ると、明るい声で言った。

「どうやら君は時間稼ぎをしているようだ。先ほどミチコが引き裂いた紙細工を張り合わせただけで私にけしかけるなど笑止だが、その怪しげな呪術が効果を表す前にあなた方を地獄に送って差し上げよう」

アルフォンソ司祭は素早く踏み込んでフェンシングスタイルの突きを繰り出そうとするが、僕も渾身の一撃を上段から振り下ろした。

タイミングとしては相打ちとなっても不思議はなかったが、アルフォンソ司祭はサイドステップで僕の斬撃を回避し、素早い動きで側面から切りつける

僕とアルフォンソ司祭は早い動きで剣と刀を交えて戦った。

「ちょっと、動きが早すぎてねらえないでしょ」

弓矢を構えている莉咲の声が聞こえても、僕はそれに応じる余裕がなかった。

一瞬でも隙を見せれば、彼の細身の剣で串刺しにされると思い、僕は防戦一方で上段に構え直すことすらできない。

アルフォンソ司祭が鋭い突きを放ち、僕は彼の剣を刀で払いのけたが、アルフォンソ司祭は素早く切っ先を返して僕の前腕を刺し貫いていた。

ぼくは刀を取り落とすのをかろうじて堪えて、彼と対峙し続けるが劣勢に追い込まれたのは明らかだ。

アルフォンソ司祭が冷ややかな笑いを浮かべ、僕にとどめを刺そうと剣を振りかざしたが、彼の目をくらますように周辺を白い光が満たした。

山葉さんが「とりわけ」の儀式の「りかん」の言葉を唱えたのだ。

白い光が薄れていくと、僕の前に水干姿の青年が立っているのが見えた。

僕に背を向けているが服装からして高田の王子に間違いなさそうだ、そして彼は刀を構えてアルフォンソ司祭と対峙している。

「高田の王子なのですか?」

僕が呼び掛けると、彼は振り返らずに答えた。

「いかにも、私はその名で呼ばれている。此度は山葉殿に再戦の機会を頂いたことを感謝いたそう」

高田の王子は先ほどもアルフォンソ司祭と対決したことを憶えている様子でじりじりと間合いを詰めている。

やがて、アルフォンソ司祭と高田の王子は激突した。

目にも止まらない速さで激突した両者は、目まぐるしく刃を交えるがいずれも相手の動きを見切っており、その決着はつかない。

アルフォンソ司祭と高田の王子が一旦距離を取ってにらみ合った時、ヒョウと派手な音を立てて矢が飛翔した。

莉咲が未来の山葉さんが作った破魔矢を放ったのだ。

しかし、アルフォンソ司祭は目指して飛翔してきた矢を右手で軽々と受け止め、矢は青い炎を上げて燃え上がる。

彼にとっては、莉咲の矢もさほどの脅威でない様子だったが、高田の王子はアルフォンソ司祭に生じた一瞬のスキを見逃さなかった。

素早く切りつけた高田の王子の太刀は、アルフォンソ司祭の左腕を捉えて血しぶきが上がり、アルフォンソ司祭が剣を持つ左手は力なく垂れ下がる。

僕は、それを見て自分の刀を腰だめに構えて突進していた。

一人の相手に一斉に襲いかかるのは卑怯かもしれないがそんなことを考えている余裕は無かった。

僕の刀はアルフォンソ司祭の腹のあたりを刺し貫いて背中まで貫通したが、同時に僕の全身を青い炎が包んだ。

「ウッチー」

山葉さんが僕を呼ぶ声がかすかに聞こえたが、僕は火炎に焼かれる熱さと痛みから逃れたい思いしかない。

「その身を焼かれたくなければ早くその剣を離すがいい」

アルフォンソ司祭は金色に変化した目で僕を睨み、自分を刺し貫いた刀から逃れようともがくが、僕は身を焼かれる痛みに気も狂いそうになりながらも刀を握る手を緩めなかった

「いやだ、絶対に離さない」

ここで手を離せば、折角の好機が失われるのだ。

矢を受けた三谷さんや山葉さんが必死でつかんだ好機なのに、それを逃がせばもう僕たちには再び反撃の機会を掴む余力はない。

その時高田の王子が突進し、その刀がアルフォンソ司祭の身体を貫いていた。

僕を包んでいた炎は瞬時に消え失せ、僕の感じていた傷みも消えた。

今の炎は幻覚だったのだろうかと思いながら、僕は刀を持つ手を離さずに、アルフォンソ司祭の様子を窺った。

高田の王子に刺されたアルフォンソ司祭は信じられないというように目を見張っていたが、彼の身体は足元から砂のようにサラサラと崩れ始めていた。

「そんな、私がこんな辺境の地で異教徒の手に掛かって消されてしまうなんて。主よ何故私にこんな仕打ちをなさるのですか」


彼の問いに答える者は無く、アルフォンソ司祭はその体に二本の刀が刺さったまま倒れた。

山葉さんはよろめきながら歩み寄ると、冷ややかな口調でアルフォンソ司祭に告げる。

「私があなたにとってのボタン職人だ。その煩悩と共に跡形もなく溶かして新しい世界に送ってあげよう」

山葉さんは比喩的に自分がいざなぎ流の祈祷によって彼の魂を送り出すと告げたつもりのようだが、それは彼にとっては最も忌むべき結末と聞こえたようだ。

「私は聖職者として若き日から町の人々に尽くしてきた。その努力は人々に認められやがて私は街の司祭となったのだ。しかし、晩年を迎えて私の心には魔が忍び寄った。司祭の地位に飽き足らずに枢機卿になりたいと思うようになってしまったのだ。私はライバルの司祭を蹴落とすために手段を択ばず裏工作し、その過程で私を慕っていた人々も去っていった。結局私は枢機卿になることもできず、失意の中一人ぼっちでその一生を閉じたのだ」

アルフォンソ司祭は足先からサラサラと砂のように崩壊し、既に下半身は消え去ろうとしていたが、独白を辞めなかった。

「私利私欲のためにライバルを謀殺までした私は地獄に落ちると思っていたのにそれさえも許されず亡霊として彷徨っていた時、私に助力を求める少女が現れた。その少女は優れた能力を持ち信仰も厚かった。その少女を使って主のために尽くそうとしたのに何故このような目に遭わされるのですか」

アルフォンソ司祭は僕たちの姿は眼中になく彼の神に訴えているのだった

僕の横にはいつのまにか莉咲と春香さんが来て、砂のように崩壊しながら消えて行こうとしているアルフォンソ司祭を眺めていたが、莉咲はゆっくりと彼に語り掛けた。

「ねえ、あなたが現世で彷徨っていたのは、神様が拒絶したのではなくてあなたが成功を収めたいと願った執着心の結果なのよ。」

「きっとそうだ。私の言葉が足りなかったようだが、あなたの神のために奉仕したいという気持ちはいつしか、成功して認められたいという私欲に変化していたのだ。初心に帰ってやり直せばきっとうまくいくよ」

山葉さんもいつになく饒舌に彼に説明する。

「それは本当なのか」

消えて行こうとしていたアルフォンソ司祭は眼だけを動かして山葉さんを見てから尋ねた。

「あなたにとっては異教になるのだろうが、少しの間私の祈祷に身をゆだねてくれ」

山葉さんの背中の傷から白衣に滲んだ血の染みは広がっていたが、彼女はアルフォンソ司祭に微笑みかけた。


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