第399話 弓の持ち主

「山葉さん!」

僕は矢で射られた山葉さんを助けに行こうとしたが、弓矢を構えたリビングアーマーがそれを許さなかった。

2体のリビングアーマーは山葉さんにとどめを刺そうと立て続けに矢を放ったのだ。

僕は飛来する矢の飛翔コースを予測して一本目の矢を払い落とし、二本目の矢を下から跳ね上げるように跳ね飛ばした。

その間にもリビングアーマーは次の矢をつがえてさらにこちらを狙っている。

そして別の入り口からは剣を構えたリビングアーマーが接近しつつあった。

僕は弓矢を使うリビングアーマーを倒さなければと思い、隙を見て間合いを詰めようと思うが、次々に放たれる矢を払い落とすだけで精一杯だ。


その時僕の耳に莉咲の泣き声と、時折せき込みながら法文の詠唱をする山葉さんの声が届いた。

背中に矢を受けながらも莉咲をかばい続ける山葉さんの前には、彼女が落とした和紙で作られた式王子が落ちている。

山葉さんは矢傷を負ったが「とりわけ」の儀で式王子を使って状況を覆すことをあきらめてはいない。

僕は飛来した矢を払い落とすと、弓矢を持つリビングアーマーに詰めよろうとしたが、横から繰出された剣が僕の目の前をかすめる。

剣を持ったリビングアーマーが僕の前に到達していたのだ。

「邪魔をするな」

僕は刀を振りかぶって渾身の斬撃を放ち、僕の刀はリビングアーマーの片腕を切断した。

僕はそのまま刺突してリビングアーマーを串刺しにしたが、刀を抜こうとして、自分の攻撃が失敗だったと悟った。

リビングアーマーは動きを止めたものの、僕の刀はプレートアーマーの胸当て材に深く突き刺さって抜けなくなってしまったのだ。

「しまった」

僕はリビングアーマーの残骸から刀を引き抜こうとするが、その間に弓矢を持つリビングアーマー二体は山葉さんを狙って矢を放った。

僕は山葉さんに矢が命中すると思い、目を閉じようとしたが、矢の飛行コース上に三谷さんが飛び出していた。

三谷さんは山葉さんの刀を取り、飛来した矢の一本を見事に払い落としたが、間を置かずに放たれた二本目の矢が彼の二の腕に深々と突き刺さる。

そして矢を受けた痛みのため、三谷さんの動きが鈍ったところに更に放たれた矢が二本立て続けに突き刺さった。

「三谷さん」

僕はやっと引き抜いた刀を手に三谷さんと山葉さんの前に駆け付けようとする。

弓矢は空気抵抗を受けるので、いくら強い弓を使っても銃で撃たれたほどのダメージは受けない。

しかし、先端に着いた金属製の矢尻が体に突き刺さることは間違いなく、それが内臓を傷つければ緩慢な死を招くし、重要な臓器を傷つけなくても、血管を傷つけられたら失血死する恐れがある。

山葉さんは背中に矢を受けており、三谷さんは二の腕の他に背中に二本の矢を受けていた。

早く治療しなければそのダメージは生命に危険を及ぼすレベルに思えた。

僕はさらに飛来した二本の矢を払い落し、リビングアーマーを倒すべく駆け出そうとしたが、不意に周囲がまばゆい閃光に包まれた。

山葉さんが「とりわけ」儀礼の「りかん」の言葉を唱えたのだ。

「とりわけ」儀礼とはいざなぎ流の祭祀を行う前に妖や邪霊の類を祓い清めるための儀式であり、「りかん」は一連の法文の効力を発揮させる言葉だ。

山葉さんが傷つきながら行った「とりわけ」の儀礼は一瞬で周囲の石造りの洞窟を消し去っていた。

その代わりに周辺には乳白色の靄が漂う薄暗い空間が広がり、そこにはいまだに動きを止めていないリビングアーマーが数体蠢いていた。

山葉さんも三谷さんも矢を受けて傷付いており、まともに戦えるのは僕だけだ。

僕は半ば死を覚悟してリビングアーマーの群れに戦いを挑もうとしたが、僕の脇をすり抜けて何かがリビングアーマーの一体に飛んでいくのが見えた。

その物体はヒュウと派手な音を立てて飛翔し、鈍い音と共にリビングアーマーに激突した。

そして、リビングアーマーはバラバラになりながら崩れ落ちていく。

「ヤーママの破魔矢はすごい破壊力じゃん。春香ちゃんもう一本頂戴」

「はいどうぞ」

僕は、背後から聞こえる元気のいい声に思わず振り返った。

そこには、山葉さんを幼くしたような風貌の巫女姿の少女と、振袖を纏った若い女性が立っており、巫女姿の女性は左手に弓を持っている。

傍らにいる振り袖姿の女性は矢筈から一本の矢を取り出し、巫女姿の少女に手渡した。

巫女姿の少女は受け取った矢を弓につがえると、キリキリと引き絞る。

その時僕ははっと気が浮いて前方に目を戻した。

僕の懸念は当たっており、もう一体の弓矢をもつリビングアーマーが矢を放ったところだった。

僕は慌てて飛翔する矢を刀で払い落とす。

その横を再びヒュウという大きな音を放ちながら矢が飛翔していき、リビングアーマーに激突した

鏑矢を受けたリビングアーマーははじけ飛ぶようにバラバラになって四散する。

「ウッチー凄いよ。普段からそんな風にきりっとしたところを見せて欲しいな」

矢を射た少女は飛んでくる矢を払い落とした僕をほめているようだ。

そして、彼女は傍らの振袖の女性から受け取った矢を次々と放ち、リビングアーマーを葬り去っていく。

洞窟が消え去った空間に蠢いていたリビングアーマーはあっという間に大量の鎧の残骸と変わっていた。

「これって若い頃のヤーママなのよね。さすがに今よりきれいだな」

とりあえず身の安全を脅かすものがいなくなったので弓を持った巫女姿の少女は弓の端で山葉さんの背中をつついた。

りかんの言葉を唱えて力尽きていた山葉さんはゆっくりと身じろぎする。

「君は一体誰なんだ」

僕が尋ねると、巫女姿の少女は大きな目を僕に向けて答えた。

「私は莉咲、春香ちゃんが私のパパとママを助けに行こうって言うから彼女の言うとおりにしたの」

僕は彼女が抱えている弓が、この精神世界に入った時に山葉さんが背中に背負っていた弓だと気が付いた。

その弓は漆塗りの綺麗な外観だが、武器としての重厚さを併せ持っている。

そして彼女の顔は山葉さんに瓜二つで、違いと言えば目の前の症状は少しふっくらした可愛らしい雰囲気を残していることだ。

「本当に莉咲なのか?」

僕は再び尋ねたが、彼女は答える代わりに少し崩し過ぎた雰囲気の屈託のない笑顔を浮かべて僕を見るのだった。


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