第398話 リビングアーマーの襲撃
山葉さんが「とりわけ」の法文を唱え、神楽を舞い始めて間もなく、僕は洞窟の暗闇からゆらりと人影が現れたのを目にした。
洞窟の奥から現れたその人影は片手に剣を持ち、ゆっくりと僕たちとの距離を詰める。
「山葉さんに法文を唱えさせないつもりなのか?」
僕は腰に差していた大刀を抜くと、上段に構えて人影と対峙する。
刀に宿る山葉さんの祖先の霊の影響で、僕は刀を持つと上段に構えることが癖になっていた。
ゆっくりと歩み寄る人影が数メートルの距離まで至ると詳細が見えるようになり、僕はその姿に鳥肌が立つのを憶える。
その人型は全身を金属で覆うプレートアーマーを身に着けた中世の騎士の姿をしており、その手にはとてつもなく大きな剣が握られていたのだ。
僕はゆっくりと息を吐きながら自らも一歩前に出て騎士との距離を詰めた。
刃物を持った相手と対峙するとき、人は相手の動きに気を配るとともにその動きに恐れを感じる面がある。
日本刀、それも刀身の長い大刀を上段に構えたら相手は少なからず威圧されるはずなのだが、プレートアーマーの騎士はペースを落とすことなく僕たちに接近を続ける。
僕は接近する騎士のプレートアーマーに日本刀で攻撃して効果があるか判断が付かず、刀を上段に構えたまま逡巡していた。
その時僕の頭の中に聞き覚えのある「声」が響いた。
「上段に構える者は一撃で敵を両断する気迫を持て。薄っぺらな鎧にはじかれると思う者にその刀を持つ資格はない」
「声」は僕の弱腰を厳しく糾弾しているのだが、その声はどこか優しい。
声の主を探すと、壁際に寄り掛かった戦装束の武士の姿が見えた。
その武士は綴り紐が擦り切れかけた粗末な黒い鎧をまとい、兜の代わりに金属片を縫い付けた鉢巻をしている。
それは、山葉さんの持つ刀に宿る彼女の祖先の霊だった。
その霊は口を開きかけた僕に目配せして、プレートアーマーの騎士を顎で示す。
余計なことを話す前に戦えと言っているようだ。
僕は腰が引けていた自分を自覚しつつ、プレートアーマーの騎士と対峙した。
僕の刀には、後ろにいる山葉さんや莉咲の命もかかっているのだと思い、改めて力を込めて刀を握り構えなおす。
そして、間近に迫った騎士が剣を両手に持ってゆっくりと振り上げようとした時に、全身の力を込めて刀を振り下ろした。
僕の刀は騎士が持つ剣を弾き、鎧の肘の連結部から刃先が入り、騎士の片腕をやすやすと両断していた。
片腕と剣が床に落ちて大きな音を立てた時に僕は刀を構えなおして横に薙いだ。
刀は騎士の首をすんなりと切断し、プレートアーマーの頭部が回転しながらはじけ飛ぶ。
「そうだ。そなたは優しいが家族を守るためならば、鬼のように猛々しく戦える。今の意気を忘れるでないぞ」
僕は山葉さんの祖先の霊に話しかけようと振り返えったが、彼の姿は既になかった。
その時三谷さんの緊迫した声が響いた。
「内村さん後ろからも何か来る」
僕が振り返った時、山葉さんが三谷さんを押しのけるようにして後方からくる人型と対峙していた。
当然ながら彼女のいざなぎ流の神楽は中断している。
そして、闇の彼方にいる人型から何かが放たれ、風を切る音と共に飛来するのが感じられた。
山葉さんは刀を抜きざまに振り上げて飛来した矢を払い落とす。
「山葉さんこっちの曲がり角を超えて、弓矢をかわしましょう」
「わかった」
僕たちは、かつて経験したことがない苛烈な攻撃にさらされおり、迫ってくる弓矢の射手から身を隠して体勢を立て直す必要があった。
洞窟の曲がり角までに僕は自分が斬った騎士を踏み越えたが、首や腕の切断面から鮮血が噴出する様子はなく、そこにあるのは首と腕の部分を切断された空っぽの鎧だった
「中身がない?」
「いわゆるリビングアーマーというやつだな。まるでファンタジーの主人公になったようだ」
山葉さんは息を弾ませながら僕に続き、三谷さんもその後ろを走る。
僕たちは沼さんのマンションを訪ねたはずが、ファンタジー世界のダンジョンさながらの危険な洞窟に閉じ込められてしまったのだ。
僕が洞窟の曲がり角と思った場所を曲がると、そこは小部屋の入り口だったことが判明した。
住宅なら6畳間程度の広さの小部屋が広がり、その壁には、ほのかに明るい灯し火まで備えられていた。
しかしその光源は炎ではなく得体のしれない蛍光の塊だ。
弓矢の攻撃がしのげるようになったので山葉さんは再びいざなぎ流の神楽を始めた。
彼女は式王子を使って、襲ってくるリビングアーマーのみならず洞窟そのものを根こそぎ消し去ろうとしているのだ。
「内村さん。剣を持った鎧が来ます」
三谷さんが奥に告げるまでもなく、存在感のあるプレートアーマーが巨大な剣を構えて僕たちに迫っていた。
僕は再び刀を抜いて上段に構えるが、リビングアーマーも大きな券を振りかざして攻撃してきた。
僕は一歩下がってリビングアーマーの剣の軌跡をぎりぎりで交わした。
そして、剣を振り下ろして体勢を崩したリビングアーマーに渾身の斬撃を加える。
僕の刀はリビングアーマーの首の左の付け根から鎧に食い込み、右わきのあたりまで鎧を切断した。
達人が刀を振るえば自動車のボディーに数十センチも切り込むことが出来ると聞いたことが有る。
日本刀は鍛えられた硬質の鋼と、軟らかい鉄をサンドイッチにした構造を持っており、使い方を誤らなければその切れ味は金属製品さえも寸断できるのだ。
「ウッチー後ろから新手だ」
山葉さんの声に振り替えると、小部屋の反対側に新たな開口部が出来ており、そこには2体のリビングアーマーが弓矢を構えている。
僕はそちらに向かおうとしたが、自分の正面からもリビングアーマーが弓矢を構えているのが見えた。
「すぐに行くから少しの間持ちこたえていて」
僕は祈るようにつぶやくと正自分の正面のリビングアーマーに立ち向かった。
リビングアーマーが放った矢が飛来するのをタイミングを計って刀で払い落とす。
矢は軸方向に長さがあるため、飛来するのを視認出来たら払い落とすことは可能だ。
次の矢をつがえようとするリビングアーマーに突進して横に刀を振るとリビングアーマーの首は宙に舞った。
別方向からの敵に向き直ると、2体のリビングアーマーが矢を放ってくるのを山葉さんが果敢に防戦していた。
自分に向けられた矢を払い落とし、三谷さんに飛来する矢もはじいた時山葉さんは少々無理な体制をとったようだ。
次の矢が自分に向かって飛来した時、山葉さんは刀を構えなおす余裕がなかった。
彼女は胸元にセットされた莉咲に矢が当たらないように抱え込んで庇い、その背中に矢が突き刺さっていた。
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