第365話 闇落ちの陰陽師
孟雄さんは自動殺人機械のような正確な動きで、僕の喉笛を狙って剣鉈で切りつけてくる。
僕は持っていた樫の棒でかろうじて切っ先をかわして間合いを取った。
樫の棒を構えると、リーチが長いため孟雄さんもむやみに攻撃してこないが、隙をついて懐に飛び込まれたら、僕の人生は終焉を迎えるに違いない。
孟雄さんの意識を取り戻すのが一番の方法だが、そのために何をしたらよいか手掛かりすらなかった。
その隙に、孟雄さんは剣鉈を構えて素早く突進し、通常では考えられないほどの速さで僕の間際まで迫る。
僕は樫の棒を横にして彼の突進を止めると力まかせに押し戻し、孟雄さんは勢いを削がれてよろけるように後退した。
その時になって、僕は孟雄さんが着ている白いTシャツに式神がへばりついていることに気が付いた。
白い和紙がTシャツに同化して見分けがつかなかったが、存在に気づけば容易に見える。
あれが孟夫さんを操っているとしたら、引きはがしてしまえば正気に戻せるかもしれないと僕は気づき、式神を引きはがす戦略に切り替えることにした。
そのためには、孟雄さんの俊敏な動きを止めるきっかけが必要だ。
「お義父さんしっかりしてください。ここで僕たちが互いに戦って倒れたら山葉や莉咲に会えなくなってしまいますよ」
僕が必死になって呼びかけると、孟雄さんは微妙に反応を示した。
彼の両目の妖しい光が薄れ、剣鉈を持った手が下に降ろされていく。
僕はその隙を逃さず、樫の棒を構えて孟夫さんに詰め寄った。
孟夫さんは再び両目の青い光を増して、僕が持つ樫の棒をかいくぐって懐に飛び込んでくる。
僕は孟雄さんの剣鉈の斬撃を樫の棒でいなしてから棒の持ち位置を変え、持ち手側の先端を返して孟夫さんのみぞおちを突いた。
孟雄さんは瞬間動きを止め、剣鉈を取り落として体を二つに折る。
僕はその隙を逃さず孟雄さんのTシャツに張り付いている式神をはがしてビリビリと引き裂いた。
式神は孟雄さんの身体に限界を超えるような無理な動きを強いていたようで。彼は酸欠を示す紫色の顔をしてそのまま床に崩れ落ちた。
僕は孟雄さんの具合が気になるものの、ほんの五メートルほど先でこちらを睨む女性に向かって突進するしかなかった。
女性が再び祈祷を始めて、新たな式神を駆使する前に勝負を付けないと次は何が出てくるかわからない。
女性は明らかに油断していた様子で、僕が迫ると祈祷は間に合わないと気づいたのか古風な薙刀を手に取った。
薙刀は長い柄の先に刀状のそりのある刃物が付いた武器だ。
まずいことに僕はその武器がどのように使われるかよく知らない。
一見して振り回して斬撃にも使えるはずだし、リーチの長さを生かして槍のように刺突にも使えるはずだ。
見慣れない武器が相手だと先読みして攻撃をかわすことが不可能だ。
女性は現代的な服装に似合わず薙刀の扱いに熟練した様子で頭上で振り回すと基本形らしい構えに戻す。
僕が踏み込めないでいると、女性は薙刀を頭上に振りかざしてから振り下ろす形で斬りつけ、僕はかろうじて樫の棒で受け止めた。
もはや躊躇している場合ではないので僕は薙刀の柄と自分の樫の棒を交差させながら女性との間合いを詰める。
今度は自分が相手の懐に飛び込んだ方が、勝機を掴めると踏んだのだ。
薙刀と樫の棒で鍔競り合いのように睨み合っていると、女性が何かつぶやいているのが聞こえてくる。
その女性は薙刀で戦いながらいざなぎ流の祭文を唱えていたのだ。
その上、彼女の薙刀の扱いには隙が無く、もういちど間合いを取ったら僕が斬られる可能性も高い。
その時、僕の耳にいざなぎ流の法文を唱える聞きなれた声が響いた。
半ば幻聴ではないかと疑いながら後ろを振りむくと、そこには孟雄さんを助け起こしながら法文を唱える山葉さんの姿があった
「山葉さん」
僕は彼女とアイコンタクトが取れただけで安堵する気持ちが押し寄せたが、彼女の視線は気を付けろと警告するようにわずかに動く。
僕が退治していた女性に向き直るのと、彼女が飛び退って薙刀で切りつけてくるのは同時だった。
女性の斬撃は鋭く僕はかろうじて薙刀の刃を受け止めたが、太い樫の棒が両断されそうな勢いだ。
僕が距離を取って様子を窺うと、女性は僕の隙を探すようにじわじわと横に回り込む。
「あなたはいったい何者なのですか。どうして僕たちに危害を加えようとするのですか」
「お前たちは別役が峰の大夫の末裔であろう。わが命奪っただけでなく弔うこともせずに骸を犬猫のように埋め、魂を封じこめた事を地獄に落ちてから後悔するがよい」
僕には何のことだか理解できないがかなりの怨恨があることは確かなようだ。
孟雄さんが話していた隣の集落の闇落ちしたいざなぎ流陰陽師の話と関連があるのではないかと推測するが実態は定かではない。
その時、僕の背後から何者かが風のように走り、女性にぶつかったのが見えた。
それは、高田の王子だった、山葉さんが式王子の高田の王子を召喚する法文の「りかん」の言葉を唱え、この霊界とも現実世界とも判別できない空間に再び高田の王子が出現したのだ。
彼は僕たちの味方として働いているが、僕の頭には彼が先ほど僕を襲ったことを覚えているか、あるいは今の戦いの相手が先ほど召喚した大夫本人であることを理解しているのかといった疑問が渦巻いている。
しかし、高田の王子の小太刀は僕たちに敵対していた女性に深々と突き刺さっているように見えた。
女性はわずかに身じろぎしたが、次の瞬間には分裂するようにもう一つの人影がそこから離れ、じわじわと後退していく。
女性から分離した霊は、巫女姿で薙刀を構えた姿も堂に入っている。
その傍らで、僕と孟雄さんが追ってきた生身の女性は力尽きたように床に倒れた。
おそらく身体を乗っ取った霊が本人のスタミナが尽き、体内の溶存酸素まで使い切るような無理を強いたに違いなかった。
「高田の王子、何故私の敵に回る。私のために幾多の邪霊を葬ってくれたではないか」
「これは異なことを。私の用向きは神々を警護するために露払いとして狐狸悪霊を掃除することじゃ。そこもとのような霊はおとなしく我が小太刀に罹り消えるがよい」
高田の王子は僕に言ったのと同じようなことを口にして巫女姿の女性の霊に迫る。
高田の王子が、女性の薙刀をかいくぐって小太刀を突き立てようとした時だった。
低いうなり声と共に黒い影が高田の王子にとびかかっていた。
その影は狼のように高田の王子に襲い掛かり強引に首を振って咬みついた高田の王子の胴体を咬みちぎろうとした。
黒い影が首を振るのを辞めた時、高田の王子の姿は消え、獣のような黒い影の口からだらりと和紙の断片が垂れ下がっていた。
「山葉さんの式王子を引き裂いたというのか?」
それは僕が苦し紛れに敵方の女性が放った高田の王子に殺虫スプレーをかけて火を放つという荒業で依り代となっている式王子を燃やしてしまったのと同じ手口に思えた。
黒い影は引き裂いた式王子を床に捨てると、回廊の奥に向かって駆け出していった。
そして、巫女姿の女性の姿はいつの間にか消えている。
「ウッチー大丈夫か?」
山葉さんは意識を取り戻した孟雄さんを床に座らせて僕に駆け寄ってきた。
「山葉さん、熱があるのに無理をしてはいけませんよ」
「熱ならもう下がったよ。お父さんやウッチーが出かけた後、一日寝込んだが夕方には熱は下がった。翌朝になっても二人が戻らないので心配していたらカイとセイラだけが戻ったので、何かあったのに違いないと思い探しに来たのだ
彼女の言葉を聞いて僕はざわりと総毛立つ気分になった。
僕たちが廃屋に踏み込んで女性を追っていた時間は一時間にも満たないはずだが、外界では一昼夜以上の時間が経過していたのだ。
「さっきの獣のような影は、高田の王子を引き裂いてしまいましたよ」
僕が山葉さんに告げると、彼女宇はゆっくりとうなずいた。
「あれが奴の本体のようだな。相手もいざなぎ流の使い手ゆえ、私の手口は知り抜いているということだ」
山葉さんは緊張した表情で回廊の奥を見つめていた。
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