第330話 たどり着いた人物像
山葉さんが地図アプリで探した段ボールハウスらしき青い点は河原に生えている丈の高い草むらの中に埋もれるように点在している。
しかし、衛星写真でよく見ると河川敷の道路からそこに到達する、踏み分け道も判別できた。
「この辺にブルーシートのスポットが集中しているように見える。聞き込みに行くならここが良いのではないかな」
山葉さんが指し示す場所は、僕たちがいる場所の近くだが、多摩川の対岸のようだ。
「そこに行くには向こうに見えている橋を渡って対岸まで行く必要がありますね。車で移動しますか」
僕が尋ねると山葉さんは僕が示した橋を見ながら言う。
「そこに行けば用事が片付くと確定しているわけでもない。歩きながら情報の収集を心がけよう」
山葉さんは生真面目なセリフを吐いて歩き始めたが、初夏を思わせる日差しの下で、河川敷を吹く風は草いきれを運んでくる。
「歩いて行く方が、散歩気分で気持ちよさそうだからではないですよね」
僕が尋ねると彼女は一瞬足を止めたが、何食わぬ顔で再び歩き始めた。
「そんなつもりではないよ、歩行者の視点の方がより、ホームレスの行動を掴めると思ったからだ」
小西さんが何か言おうとしたのを僕は手で制して山葉さんの後を追った。
初夏の昼下がりに、河川敷で散歩を楽しむことが、不要不急の外出をしていると後ろ指をさされるような現在の状況が異常なのであり、その上、彼女の言い分は正しい。
徒歩で移動する対象の手掛かりを探すには彼女が言うように、歩いてみるのが一番なはずだった。
爽やかな風が吹き抜ける橋梁の上を歩き、堤防を経由して僕たちは二子玉川側の河川敷に降り立った。
市街地に近いエリアは、スポーツ用のグラウンドが作られ公園のように整備されているが、河床に近い辺りには人が立ち入らない丈の高い草や灌木が茂るエリアもある。
僕たちは地図アプリの衛星写真を頼りに、ブルーシートで屋根がけした段ボールの住居が密集していると思われる場所に向かう。
普通の人が往来する通路から外れると段ボール箱とブルーシートで作られた粗末な住居が目に付き始めた。
住居の前には雑草を踏みつけた空き地ができており、火を燃やした痕跡もある。
中には拾ってきたのか、買ってきて飲んだのか定かでないがガラスでできたコップサイズの日本酒の容器を積み重ねて火を焚くかまどにしていたと思われる痕跡もあった。
「人が住んでいた痕跡はあるけれど、ホームレスの姿は見えないね」
山葉さんがつぶやくがそれは僕たちも同感だった。
「ウッチーさんあそこに人がいますよ」
小西さんが示した方向を見ると、僕の目にも人影がちらりと見えたがそれは瞬時に草むらに消える。
「ウッチーが触れた思念のとおりで、この辺りのホームレスは役所の人間が自分たちを捕まえに来ると信じて身を隠しているのかもしれない」
山葉さんは、油断なく周囲に視線を走らせながらつぶやいた。
さらに、問題の「集落」に接近するうちに、僕は草むらの中の開けた二メートル四方ほどの土地に見かけない植物が群生しているのを見つけた。
「これって見かけない植物ですけど、野生の物とは違いますよね」
僕が尋ねると、小西さんが面白そうに言う。
「ウッチーさん、それは作物ですよ。僕は畑に植えられているのを見たことが有りますよ」
山葉さんは、そんなことも知らないのかと言った雰囲気で不愛想に答えた。
「それはジャガイモだよ」
僕は永井家に侵入して思念を残した人物が、ジャガイモを栽培したことを思い出し、思わずしゃがみ込んで空き地に植えられたジャガイモの葉を眺める。
その時、僕たちの背後から男性の声が響いた。
「それは山菜じゃないから採らないでほしいな」
僕たちが一斉に振り返ると、いつの間にか初老の男性が僕たちの来た道を塞ぐように立っている。
男性が着ているのは垢じみた汚れた服で、この時期に着ると暑いのではないかと思う分厚い上着を羽織っている。そして、伸び放題の髪は長らく洗った形跡はないが、何故かひげは綺麗にそられている。
そして、その男性がさびた鉄パイプを手にしているのを見て僕は身を固くした。
永井家に侵入した男性は家の中に残した思念の中で、栽培したジャガイモを他のホームレスに盗まれないように見張らなければならないと考えていたことを思い出したのだ。
「これを盗もうとしていたわけではなくて、人を探しているのです。山形県の出身でこの辺でジャガイモを作っていた人を知りませんか」
男性は、少し警戒を緩めた様子で僕たちを眺めた。
「親類の人が探しに来たってところか?この辺で山形出身というと真一君のことかな」
人は自分のことを名指しで考えたりしないので、思念の主の名前は不明だ。僕は手掛かりに近づいても「彼」の名前がわからないことが障害になるのではないかと危ぶんでいたので、とりあえず男性が口にした真一さんが「彼」である可能性にかけることにした。
「そうです。今どのあたりにいるか教えてくれませんか」
男性は汚れた髪を手でいじりながら僕に答える。
「それが、ホームレスが病気の発生源になるから役所の人間が収容しに来るとか、高校生のグループに襲撃されるとかいろいろなうわさが流れて皆身を隠したから、おいそれとは見つからないと思うな。それにそんな状況で皆気が立っているから、あんたたちもこの辺りをうろつかないほうがいいと思うよ」
僕はどうしたものかと山葉さんの顔を見るが、彼女は困ったような顔をして男性に聞く。
「山形の親類に頼まれているので、もう少し探してみたいのです。叔父がどのあたりにいたのか教えてもらえませんか」
男性は気の毒そうな顔をすると僕たちがいるところよりさらに上流の方向を指さした。
「真一君はあっちの方にいたはずだ、修二さんというもののわかった人と一緒にジャガイモを作っていたので、俺はまねをしたんだ」
僕は修二さんという名前に聞き覚えがあったので、真一さんが「彼」に間違いないと考え、その方向に向かうことにした。
「ありがとうございます。そちらに行って会えなかったら諦めて帰ります」
ホームレスの男性は、うなずいて僕たちに行けと身振りで示す。どうやら彼は収穫を控えたジャガイモを見張っていた様子だ。
僕たちは一度スポーツ公園の方向に引き返し、改めて背の高い葦が茂った草地に踏み込んだ。
葦が密集した中にはとても分け入ることが出来そうにないが、ところどころに人が通れる程度の踏み分け道があり、僕たちはその道に沿って葦原の奥に向かう。
「真一さんという人が永井家に侵入を繰り返していたのだと思いますか」
僕は歩きながら山葉さんに尋ねたが、彼女は歯切れの悪い口調で答える。
「私の考えではその人が繰り返し侵入していたともいえるが、今のところ断定はできない」
ぼくは彼女の答えにすっきりしない思いを感じるが、強いて聞き返しもしないで先に進んだ。
やがて、僕たちは段ボールとブルーシートで作られた粗末な住居が並ぶ場所にたどり着いた。
しかし、その場所はかつて人が住んでいた痕跡はあるが現在はもぬけの空のようで人気はない。
僕はその場所に立って周囲を見回し、残留思念の中で僕が見た光景と一致することを確かめた。
「永井家に侵入していたのは真一さんに間違いないと思います。この場所は僕が追体験した記憶の中で見た覚えがあるからです」
山葉さんは僕の言葉を聞いてゆっくりとうなずいた。
「どうやら、人物を特定できたわけだ。次はその人物がどこにいるかが問題だな」
山葉さんは、眉間にしわを寄せて周囲を見回したが特に霊的な気配が見えているわけではなさそうだった。
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