第271話 家族の想い

翌日、僕と山葉さんは栗田准教授とともに神崎さんのお宅を訪ねることになった。

栗田准教授が恩師の神崎さんを探す手伝いをしたいと申し出て、僕たちはその助手として同行した形だ。

横須賀にある神崎さんのお宅まで、栗田准教授が自分の車で案内するというので、僕たちは下北沢で栗田准教授の車に乗せてもらい神崎家に向かった。

湾岸自動車道を走る栗田准教授のミニバンの中で、栗田准教授が僕に尋ねる。

「内村君、神崎先生が家族に伝えたかったことは何なのだろうか」

栗田准教授におもむろに尋ねられて僕は答えに困った。

「狐の面から読み取れたのは何かしら家族に伝えたいという漠然とした思いだけで、具体的なものではなかったのです。」

栗田准教授は、今度は山葉さんに矛先を変える。

「山葉さん、神崎先生がご家族に伝えたいと思っていたことの見当は付きませんか」

「それは私よりも彼の思念に触れたウッチーのほうがわかっていそうなものですね。私の考えるところでは遺産の分け方とか、独身の子供に対して早く結婚して家庭を持ちなさいとか、そんなところかな?」

山葉さんも困惑した様子で一般論的な話で栗田准教授に答える。

僕は仕方なく自分の考えを話すことにした。

「今回の場合は。思念に触れたと言っても、普通の物に染み付いた思念とは違って、メッセージ性が高いものという気がします。ただ、それに触れた僕がメッセージの開き方を間違えているのかもしれません」

ヤマハさんは僕の言葉を聞いて、身を乗り出した。

「メッセージ性が高いというのなら、何故家族の方がお面を受け取ったときに、メッセージを読めなかったのだろうか」

彼女の質問はもっともな内容だが、お面を手に持って思念を読み取った僕としては、彼女の質問の内容は何となく的外れな気がした。

「問題の加藤先生がいざなぎ流を完全に使い切れていなかったのではありませんか?栗田准教授に聞いた話ではお子さんたちは狐の面等の思念が染みついているアイテム手にしてお父さんのことを思い出したものの、気味が悪くなって放り出したと言っています」

「ふむ、いざなぎ流にも人を使役するための術はあるが、私はメッセージを伝える類の術は寡聞にして知らない」

山葉さんがそこはかとなく加藤先生をライバル視しているような気がして僕は可笑しくなった。

「栗田准教授の恩師がいざなぎ流を使ったとしても、山葉さんには関わり合いのないことですよ」

「もちろんだ。私は別にそんなことを気にしたつもりはない」

山葉さんは憮然とした表情でつぶやくと車窓から外の景色を眺める。

栗田准教授が運転するミニバンは、横浜のベイエリアを通過するところで、ランドマークタワーや遊園地の観覧車が目に入った。

しばらく走ってから、高速道路を下りた栗田准教授は横須賀の住宅街にミニバンを乗り入れ、道幅の広い場所で車を止めた。

「加藤先生のお宅のあたりは道幅が狭く、お宅にも余分な駐車スペースはないので、ここから歩くことにしましょう。途中に階段があるから山葉さんは注意してください」

「大丈夫ですよ。この期に及んで着飾るつもりもないので、中学生がはくようなスニーカーを履いてきました」

スニーカーとゆったりしたオーバーオール、その上にダウンジャケットを羽織った彼女はいかにも妊婦さんといった様子だ。

「用心に越したことはないからゆっくり行きましょう」

僕が万一彼女が転げ落ちても受け止められるように、先に立って階段をゆっくり降りると、彼女は苦笑を浮かべたものの素直に従った。

加藤さんのお宅は斜面の途中に建てられた少し古風な和建築だった。それでも庭にはカーポートがあり、4ドアセダンが止められている。

玄関口で僕たちを迎えたのは20代後半に見える女性だった。

「栗田さんご無沙汰しています。父のためにわざわざ訪ねてきてくださるなんてすごくうれしいです」

「八重さんも元気そうでなによりです。これで神崎教授がおられたら昔のままなのですが」

栗田准教授が意外と無神経なことを口にしたので八重さんは少し表情を暗くしたが、気を取り直して僕たちを家の中に案内する。

家の中には応接セットを置いて、壁際には大きな本棚を置いた部屋がしつらえられていた。

昭和の時代の家にあった応接間と呼ばれる部屋だ。

部屋のソファに座っていた男性二人は僕たちを見て立ち上がって迎えた。

「栗田さんお久しぶりです。父が教授をしている頃はよく遊びに来られていたから懐かしいですよ」

男性の一人が告げ、栗田准教授が答えようとした時お盆を抱えた女性が部屋に入ってきた。

「栗田君、忙しい時期なのに時間を割いてくれてありがとう。本当にあの人は勝手なことばかりして」

女性は言葉を詰まらせながら手は休ませずにテーブルにお茶が入った湯飲みを並べていく。

「真由美さん、教授を僕に探させてください。先にお借りした品物を手掛かりに捜索するための強力な援軍を連れてきましたから」

真由美さんと呼ばれた初老の女性は、僕と山葉さんの顔を交互に見比べながら栗田准教授に言った。

「まずは紹介していただけるかしら」

「これは失礼しました。」

栗田准教授は改まって、居合わせた人々を紹介し始めた。

「こちらは恩師の神崎元教授の奥様の真由美さん、そして長男の恭一郎さんと次男の恭介さんそして、長女の八重さんです」

そこで栗田准教授は律義に体の向きを変えて神崎家の人々に僕たちを紹介し始めた。

「こちらは私のゼミの修士課程1回生の内村徹君です。そしてこちらは彼の奥さんの山葉さん。問題のいざなぎ流の大夫をされています」

「いえ、まだ大夫を名乗っていいと父に許しを貰っていないのですが」

山葉さんが恐縮気味に口をはさむが、いざなぎ流と聞いた瞬間に神崎家の人々は一様に表情を硬くしたのが見て取れた。

「お父さんは以前からいざなぎ流に興味を持っていたけど去年の冬から取りつかれたように、いざなぎ流の研究に熱中し始めて最後は四国に行ったまま帰ってこなかった」

八重さんがぽつりとつぶやいた。

「今思うと親父は肺がんの告知を受けて少しおかしくなっていたのかもしれないな、」

恭一路さんがしみじみとした口調で八重さんの言葉に答えたが、表情を変えると母親の真由美さんに言った。

「迷惑な話だな、家でおとなしく死んでくれたらもう遺産の相続もできているはずなのに、行方をくらましてくれたばかりに失踪扱いで死亡認定されるまでに7年もかかってしまう。残される家族のことを考えてくれればいいのに」

「兄さんなんてことを言うんだ。お客さんも見えているんだよ」

にわかに雰囲気が荒れてきたので、僕と山葉さんは助けを求めるように栗田准教授を見たが、栗田准教授が口をはさむ前に恭一郎さんと恭介さんはヒートアップしていく。

恭一郎さんは弟の恭介さんを見下した雰囲気で見る。

「うるさいな、お前が三十近くにもなってニートで実家にパラサイトしていることを気にかけているから、なおさら親父の遺産を相続できたらいいと思っているだけのことだ」

「ふん、親父に帰ってくるなと家から追い出されたくせによく言うぜ」

恭介さんが言い返したので二人は険悪な雰囲気でにらみ合う。割って入ったのは妹の八重さんだった。

「やめてよ二人とも、せっかく栗田さんが手掛かりを探そうと言っているのだから、話を聞いたらどうなの」

恭一郎さんは舌打ちをしながら横を向き、恭介さんは黙ってうつむいたが、真由美さんは二人を諭すように言った。

「二人とも八重の言う通りよ、栗田さんの話を聞いてみましょう」

真由美さんの言葉に僕はさらに気分が重くなった。

栗田准教授は事件解決の切り札のように僕を連れてきたのに、実際に僕が知りえたのは神崎さんが何かを家族に伝えたいと思っていたというあいまいな話でしかなかったからだ。

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