第272話 鬼の面が告げる場所

真由美さんに促されて、栗田准教授は説明を始めた。

「内村君は、物に染み付いた人の思念を読み取る能力を持っています。先日お借りしたキツネの面を手にした彼は、神崎先生があなた方に遺言状を書いてあるので、皆さんでその遺言状を読んで欲しいと願っていたことを感じたそうです」

真由美さんは栗田准教授の話を聞いて哀しげにうつむいた。

「遺言状の場所を告げるなんて、やはりあの人はもうこの世にはいないのでしょうか」

「いえ、遺言状自体は生きているうちでないと書けないものですし、お面を送ったときは確実に生きていたわけですから」

僕は自分の言葉が全然フォローになっていないことに気が付いて途中で口ごもったが、恭一郎さんは頓着しない雰囲気で言った。

「それで、その遺言状は何処にあるのですか」

恭一郎さんが無表情に尋ねたので、僕は仕方なく口を開いた。

「狐の面からはそれだけの情報しか読み取れなかったのです、もし他にも送られてきた品物があるのでしたら、見せていただきたいのですが」

乗りかけた船なので言ってしまったが、僕は胃が痛くなるような気がした。

決して歓迎的な雰囲気ではないのに、新たな品物を見せてもらっても大した情報が得られなかったら気まずいことこの上ない状況になりそうだ。

その時、山葉さんがさりげない雰囲気で恭一郎さんに尋ねた。

「あなたは先ほどお父さんに追い出されたといわれていましたが、何があったのですか。差支えがなければ話していただきたいのですが」

恭一郎さんはムッとした表情で山葉さんをにらんだが、横にいる栗田准教授の顔を見てしぶしぶと言った様子で話し始めた。

「実は子供のころから、父は僕にはきつく当たるところがあったのです。恭介が五歳下、八重が七歳下と年が離れていたためかなと後になってから考えたりしたのですが、高校生の頃に進路を決める時なども、父は自分と同じ領域の学問を学ばないのならこの家は恭介に継がせると言い張って大喧嘩になったのです。」

「それで、結局はどうされたのですか」

恭一郎さんはその時を思い出したのかうんざりした表情を浮かべながら、山葉さんに告げる。

「どうもこうもありませんよ。僕は自動車関係の仕事をしたいと思っていたので、結局理工系の学科を選択して受験し、父とは物別れのままでした。大学を卒業して希望していた自動車メーカーに就職しても父は喜んでくれるわけでもなく、就職を期に家を出て次第に疎遠になっていただけですよ」

山葉さんは涼しげな笑顔を浮かべると、恭一郎さんに言った。

「それは恭一郎さんに非があるわけではなくてお父さんの考え方がおかしかったように思えるから、あなたは気に病まなくてもいいと思いますよ」

恭一郎さんは意外そうな表情で山葉さんに答えた。

「栗田さんが連れてきた人だから、父の肩を持つと思ったのに意外ですね。それに、僕は父のことを気に病んでいると言った覚えは無いのに何故わかるのですか」

山葉さんは僕の顔に目戦を移しながらゆっくりと説明する。

「それは、お父さんに追い出されたと言いながら、問題の品物をもってここに参加してくれているからそう思ったのです。彼が読み取った思念ではお父さんはあなたたち三人をちゃんとした社会人になったと考えていたようです。言葉で表すのが下手なだけであなたのことをちゃんと認めていたのかもしれませんよ」

山葉さんの言葉を聞いて恭一郎さんは少し表情を緩めるとテーブルの上に置いた箱を示した。

「これが僕のところに送られてきた鬼の面です。お祓いするなり隙にしてくださって結構ですよ」

昨日見たキツネの面と同じような気の箱のふたを開けると、赤く塗られた木製のお面が入っていた。

堀の深い顔立ちに大きく見開かれた目、そして威嚇するように歯をむき出した様子はいかにも鬼の面だ。

「このお面を手に取ったときに何か思い浮かべた事はありませんか。」

ぼくは少しでも情報を得たいと思って、恭一郎さんに尋ねた。

「そうですね。思い出した事といえば、父が持っていたキーホルダーのことですね。」

「キーホルダーですか」

意外な言葉に僕が聞き返すと、恭一郎さんは解説を始めた。

「キーホルダーというのは、観光地などでお土産や記念品として売られていた丸い金属メダルに観光地の風物を刻印したものです。鎖と丸い金具で自動車のキーや家の鍵などにつなげるようにしたものが多かったと思います」

恭一郎さんはゆっくりと話を続ける。

「僕がまだ小学校の低学年だったころ、父が山中湖のあたりにドライブに連れ出してくれたことがあったのです。まだ小さかった弟妹と母を置いて二人だけで出かけたので、父なりに僕に気を使ったのかもしれませんね」

恭一郎さんはなぜか自嘲的な雰囲気で微笑すると話をつづけた。

「昼食をとるために立ち寄ったドライブインで父がそのキーホルダーを見せてくれたのです。ふつうは丸い形が多かったのですが、父の持っていたものは旅行先の高野山で買った、通行手形をかたどったもので将棋の駒のような五角形をしていたのでよく覚えています。それがフレキシブルな感じの金属鎖でキーにつながっていたのですが、僕はそれをくるくる回しているうちに鎖をちぎってしまったのです」

僕が何と言ったらいいかわからなくて黙っていると、栗田准教授が僕の代わりのように恭一郎さんに尋ねた。

「その時お父さんに叱られたのですか」

「いいえ、僕も子供だったので、その鎖がフリーに回転するものだと思い込んで回して壊してしまったのですが、父はちょっと悲しそうな顔をしたけれど、黙ったままでした。でも、その時の気まずい感じは忘れられません。僕と父の関係は一事が万事そんな調子だったのだと思います」

恭一郎さんが話し終えた後の居心地の悪い沈黙に耐えられなくなって僕は鬼の面を手に取った。

「少しの間、このお面を触らせていただきます」

僕は狐の面の時と同じようにお面の額折辺りに手を当てて目を閉じる。

今回もいつの間にか僕の脳裏に神崎先生の記憶が滑り込んでいた。

ドライブに連れ出した上の息子が泣きべそをかきそうな顔でこちらを見つめている記憶だ。

そして手渡したキーホルダーの鎖をねじ切ってしまった息子から、黙ってそれを受け取ってそのままにしてしまった。

大したことないから気にしなくていいのだよと一言声かけられないのが自分の悪いところだ。そして、子供のしつけを気にするあまり長男に厳しく接しすぎたことを今になって後悔するがそれは後の祭りだった。

そして子育てに当たって、自分はもう一つ余計なことを考えていたのだがそれに関しては悪い影響がないことを祈るばかりだ。

恭一郎と恭介そして八重にそれぞれ現地で収集した面を送り、それぞれの面に思念を張り付けておけば、誰かが私の遺言の所在に気づくに違いない。

神崎先生の思念が彼の記憶と共に僕の中を通り過ぎた後、僕は眼を開けると何かに注意を惹かれたのを感じた。

それは、道路の向こうから知り合いに呼びかけられたくらいの強度で僕の意思に働きかける。

僕が視線を向けた先には引き出しがいくつかある戸棚が置いてあった。

注意を引き付けられているのはその戸棚の一番下の引き出しだ。

僕はどうしたものかと思った挙句に、そのお面を恭一郎さんに手渡した。

「これをどうしろというのですか」

恭一郎さんが当惑したように尋ねるので、僕は囁いた。

「それを持った時、何かこの部屋の中にある物に注意を引き寄せられませんか」

僕は、彼の視線が、先ほど僕が見たのと同じ戸棚に向いているのを確かめた。

「なんとなくこの戸棚が気になるのだけど」

「その戸棚のどのあたりが気になりますか」

恭一郎さんは僕の顔を見ながらゆっくりと答えた。

「一番下の引き出し」

「僕もそう感じました。その引き出しを開けてみてもらえますか」

恭一郎さんが僕を見るが、何か薄気味悪いものを見る雰囲気に変わったのを感じたが僕はそんなことにかまってはいられなかった。

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