第243話 楠木家の人々

空港ビルに行ける道はないかと、周囲を見ていると僕の背中で山葉さんが身動きした。

「ここはどこだ?高田の王子は何処にいる?」

彼女は意識を取り戻すと真っ先にお気に入りの式王子の化身を探して僕の背中から降りようとして身動きする。

僕はそっと彼女を背中から降ろした。

「彼は僕たちを元の世界まで案内してからどこかに行ってしまいましたよ。気分は良くなったのですか」

「もう大丈夫だ。あいつは高田の王子を名乗りながら平安朝の貴族のようななりをしてどういうつもりだったのだ?」

彼女は、幽霊ミニバンに拉致されそうになったことよりも、高田の王子の風体が口伝の描写とかけ離れていたことが気になるようだ。

「口伝で描写される高田の王子の姿は彼自身がでっち上げたものだと言っていました。自分の身の上の話を伝えられたくないから、とんでもない姿を表現したと言って笑っていました」

山葉さんは納得がいかない表情だが、自分が置かれた状況に気付いたようだ。

「ここは空港の北にある地元の大学のキャンパスのはずれのあたりのようだ。空港への直線ルートは荒れ地を突っ切ることになるから一旦東の道路に出よう。今夜は父の名を騙られたためにすっかり物の怪に騙されてしまったな」

山葉さんが自分のキャスターバッグを持って、僕たちの東の方向にあるという道路を目指そうとした時、彼女のスマホが鳴った。

周囲に人気がないので彼女は大きな声で通話を始める。

「お父さん、ちゃんと迎えに来てくれないから私も内村君も大変な目に遭ったんだから。いったい何処にいるの? 」

僕も足を止めて通話をしている彼女を見詰めるが、通話相手の山葉さんのお父さんの声は聞こえず、虫の声と時折響く牛の鳴き声だけが響く。

「死霊に騙されて異界に連れ込まれていたの。どうにか戻って来たけど空港から少し離れたところにいるから」

彼女は死霊に連れ去られそうになった恐怖体験を電車かバスを乗り間違えた程度のトーンで父親に話す。

「ちがう。そっちではなくて大学のキャンパスの出入り口まで迎えに来て。今から道路まで出るから」

山葉さんは通話を終えると、再びキャスターバッグを引っぱって歩き始めた。

大学のキャンパスと言っても僕たちが出現したのは試験農場的なエリアのようだ。どうにか見つけた舗装道路をたどってキャンパスから外に出るのは大変だった。

僕達が大学のキャンパスの出入り口に辿り着くと、山葉さんの父親の孟雄さんは車を止めて周囲を歩き回っていた。

「姿が見えないから心配したよ。山葉が死霊に騙されたというのも僕には考えられない話だ」

孟雄さんは乗用車のトランクルームを開けて僕たちの荷物を積み込むが、山葉さんは近寄ると孟雄さんの頬を掴んで強く引っ張った。

「痛い、痛い、何をするんだ」

孟雄さんは苦痛を訴えるが、山葉さんは微笑を浮かべる。

「ふむ、本物のようだ。死霊の使いに異界に連れ去られるのはもうこりごりだからね」

孟雄さんは頬を押さえて非難する目で山葉さんを見ていたが、仕方がないと言うように首を振ると僕たちに車に乗るように促した。

「実は祈祷の依頼を受けていた地元の土木工事会社があるのだが、ここに来るために出かけようとしていたら、夕方に事故が起きて職員が2人も亡くなったと言う連絡が入ったんだ。明日出かけることにしたが、そのために遅くなってしまった」

孟雄さんは空港に迎えに来るのが遅れた理由を説明するが、死亡事故と祈祷を依頼されていた事案との間に因果関係がありそうで妙に気になる話だ。

「その死亡事故は祈祷を依頼された事案と関連があるのですか」

僕はそう遅い時間帯ではないのに、信号機もほとんどが点滅に変わり寝静まったような街を眺めながら孟雄さんに尋ねる。

孟雄さんは平静な表情でステアリングを握り、僕たちを乗せた乗用車は先程とは違い家並みが続く真っすぐな道を走っていた。

「うん。そもそもが、その会社がある工事を請け負って以来、工事現場で小さなトラブルが相次いでいたので、僕にお祓いを頼むという事になっていたのだが、その矢先に死亡事故が起きたのですっきりしない気分だね」

「ある工事というのはどんな内容なのかな」

山葉さんがクーラーの効いてきた車内で一息ついた雰囲気で尋ねた。

「それがね、数年前に工事が中断していたゴルフ場建設が再開されることになって、その会社が造成工事を請け負ったのだけど、工事を行うエリアにその会社の経営者一族が所有する土地が含まれていて、先祖を祭った祠があるらしいんだ。その祠をどうするかがで経営者一族が二つに分かれてもめていてね。僕は祠を祈祷してから撤去する派閥に雇われたわけだ」

「それでは、祠を残そうとする派閥もいるのですか?」

僕が尋ねると、孟雄さんは渋い顔をしてうなずく。

「建設予定地内に先祖の祠があることがわかったので、クライアントに頼んで残してもらおうと考える派閥があるのだが、そんなことをすれば莫大な違約金を請求されるかもしれないと言って祠を撤去して予定どおりに工事を勧めようとする派閥と社を二分して争っている」

工事中に遺跡が発見されて工事が中断されることは珍しくないが、工事を請け負った会社の先祖の遺物となると話は微妙だ。

文化財的な価値があれば公的機関が入って調査することになるはずだが、単に先祖のお墓となると、それを残そうとすればクライアントとの契約義務違反になりかねない。

「工事で死人が出たとすると、祠の主である先祖が祟りを起こしていると言う話になるのかな」

山葉さんが他人事のような雰囲気で尋ねるが、孟雄さんは運転席から振り返って山葉さんの顔を見た。

「なるのかなではなくて、先方は祟りそのものだと思っている。明日には僕が祈祷を行うことになっているけど、折角帰ってくれたのだし山葉ちゃんが祈祷してくれないかな」

「いいよ」

お父さんに頼まれたことを、山葉さんはあっさりと引き受けた。彼女にとっては造作無く片付けられる部類の事なのだろうかと疑問に思った僕は小声で山葉さんに尋ねる。

「お父さんが山葉さんの師匠なんでしょう?どうして山葉さんに祈祷を頼むのですか」

孟雄さんの運転する車は市街地を抜けて暗闇の中に水田が広がる中を通過していた。

サイドウインドウからほとんど何も見えない暗闇を眺めていた山葉さんは面倒くさそうに答える。

「ウッチーもご存知の通り霊視の能力は修行によって得られるものではない。父はいざなぎ流の継承者としてほとんど全ての口伝を覚えているが、霊を見る能力は低いゆえに私に頼んだのだ。それは父の依頼者への誠意の現れだ」

僕はいざなぎ流は親から子に伝えるのみではなく、弟子となった後継者に伝えることもあり、時としては能力者不在となってしまう時代もあると聞いたことを思いだした。

一家の節目の行事を行う分には不自由はないはずだが、一度悪霊の類が絡む事件が起きれば、能力者の不在は不幸な出来事に違いない。

僕はふと、僕と山葉さんを連れ去ろうとした男性が、自分たちの主と呼んだ名前を思い出した。

「僕達たちを連れ去ろうとした死霊は、自分の主の名前が楠木一正だと言っていました。その名前に聞き覚えはありませんか」

僕は山葉さんのお父さんに聞いたところで無駄であろうと思っていたのだが、孟雄さんは思わずブレーキを踏んだらしく、僕は前列のシートに頭をぶつけそうになった。

僕達が乗った乗用車は、山葉さんの故郷へと続く国道を走っていたのだが、幸い後続車もなく何事も起きなかった。

「驚いたな。その名前は僕が依頼を受けた土木工事会社の経営者一族の先祖で、今回問題になっている祠の主の名前だ。僕が祠撤去派の依頼を受けたからその妨害に来たとでもいうのだろうか」

いざなぎ流の継承者として呪詛や浄霊を司る孟雄さんですら、気味悪そうな表情で僕たちに話す。

僕は迎えに来た使者が白骨となって転がっていた姿を思いだしながら、祠の件をどうするべきか考えていた。

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