第168話 行手を阻む何か 

僕と山葉さんは弁護士の阿部先生所有の白色のセダンの後部座席に並んで収まっている。

これから長野市まで出張お祓いに行くところだ。

新たな依頼者は松村浩二さんと岡田俊二さんの二人だ。

飲酒交通事故を起こした岡田さんと、同乗していた中村さん、松村さんがそれぞれ刑事上の処罰を受けたものの、民事の損害賠償については自己破産することによって免責を受けた。しかし、それ以降3人とも被害者の霊に毎夜うなされるようになったというのが事の発端だった。

山葉さんに祈祷を依頼しようとしていた中村さんは、僕たちに会う直前に新宿駅で体調を崩してホームから線路に落ち、通過列車に轢かれて死亡した。

残りの二人が阿部先生を通して祈祷を依頼してきたので彼らが住む長野県まで出かけるのだ。

阿部先生は深夜にカフェ青葉に僕たちを迎えに来て、翌朝に長野に到着次第二人の自宅を訪ねる予定で中央高速道路を走っている。

「途中で運転を代わりましょうか?」

「この車は車線逸脱防止機能とか前走車の追尾機能とかいろいろついていて運転自体楽やから、お二人はゆっくりと休んでください」

僕が尋ねると、阿部先生はステアリングを握って前を向いたまま答える。

「それに、昼間の件といい、こんな夜更けに引っ張り出したことも何だか申し訳ないからね」

阿部先生は申し訳なさそうに付け足す。

「先生お気になさらずに。私たちも依頼を受けたからには真剣です。それぐらいのことは問題になりません」

山葉さんは、元気な声で阿部先生に答える。

「さよか、そう言ってもらえるとありがたいな。とりあえず目的地に着くまではゆっくり休んでください。後部座席に積んである毛布も使ってくださいね」

結局、僕と山葉さんは阿部ん先生のお言葉に甘えて後部座席で仮眠をとることにした。

僕が目を覚ました時、周囲はまだ真っ暗だった。

中央高速道路の途中で道路会社の職員に止められている様子で、阿部先生と先方がやり取りする声で目が覚めたのだ。

阿部先生はセダンを発進させると、料金所を通過して高速道路を降りていく。

「何かあったのですか」

「ああ、内村君を起こしてしまったか。実は天候が急に悪化したみたいで路面に積雪してきたんや。この車はスタッドレスに替えてあるから大丈夫と思っていたがさっきの検問でチェーンを装着していないと通さないと言われて高速を降ろされてしまった」

阿部先生は珍しく沈んだ声で僕に告げる。

「阿部先生、それは、普通なら通行止めにする状況でもチェーン装着車なら通行させるという程度の意味だからそんなに落ち込まなくてもいいですよ」

「え、そうやったん?」

阿部先生はカーナビがリルートした最寄りの国道を走行している。

「規制がかかるのは山間部で勾配がきついとか限定的な路線のはずだからしばらく走ればきっと高速道路に復帰できますよ」

僕がネットで読みかじった知識を披露すると、阿部先生は少し安心したようだ。

「そうか、まだ諏訪湖までかなりの距離があるからどうしようかと思っていた。高速道路情報には注意しておくよ」

カーナビの表示を見ると、長野市までは百二十キロメートルとなっている。一般道を走ったとしても3時間あれば長野市まで到着するのではないかと思ったが、それは少し甘かった。

国道をしばらく走ると、やがて前方に沢山の自動車のテールランプが連なっているのが見えてきた。

「渋滞しているみたいですね」

「そうやね。誰かが事故でも起こしたか、さもなければ上り坂でスタックした車が道をふさいでいるかだ」

阿部先生がしめした車の列の最後尾に停車するとやがてその後ろにもほかの車が停車して渋滞の列は伸びていく。

渋滞した車の列は最初こそ少しづつ前進していたが、やがて全く動かなくなった。

「まいったな」

阿部先生がぼやいていると、僕の隣で山葉さんがもぞもぞと動いた。

「どうしたのですか」

彼女は眠そうな声で尋ねる。

「チェーン規制がかかっていて高速道路を降ろされたのですが、今度は国道が渋滞して動けなくなったのです」

僕が説明すると彼女はぽつりと言った。

「なんですと」

そのまま山葉さんが黙っているので僕は様子を伺いながら尋ねた。

「何か問題があるのですか?」

彼女は長い沈黙の後でぼそぼそと言った。

「わたしはトイレに行きたいのだ」

阿部先生はギョッとして振り返った。

「大変や、この調子ではいつ動き出せるかわかりませんよ。私のせいで不便な思いをさせて申し訳ありません」

「いや、謝っている場合ではないですよ阿部先生、ナビゲーションで近くにファミレスとかコンビニがないか探してください」

僕は少し焦り気味に阿部先生に頼んだ。

「どうやったら、ナビゲーションでコンビニを探せるのかな」

阿部先生は操作方法がわからない様子でタッチパネルをチマチマいじっているので、僕は業を煮やして後部座席から身を乗り出した。

僕にとっては使ったことがないナビゲーションだが、表示の設定をいじればコンビニとかレストランのアイコンを表示することはできるはずだと思い必死でメニューを探す。

そして、しばらく操作するとどうにかコンビニやレストランのアイコンを表示することができた。

「内村君さすがやな、これだけ沢山あれば大丈夫かな?」

「待ってください、これは大縮尺画面なのでもっと拡大してみましょう」

ナビゲーションのマップを走行中に進路を見やすいサイズにするとかなり広い範囲が表示されているのだ。僕は現在位置周辺を拡大してみる。

すると、自分たちが山道に差し掛かったところで、峠を越えるまではコンビニの類はないことが判明した。

「かなり前に通過したコンビニが一番近いみたいですね」

「渋滞中だからあまり長い距離ではないんとちゃうか」

その時、僕と阿部先生がこそこそと相談している間に山葉さんが首を突っ込んだ

「その地図のスケールと比べると、1キロメートル程度ですね。私はこれから歩きます」

山葉さんはきっぱりと宣言し、外に出る準備を始めた。

「そ、それじゃあ僕も一緒に行きますから」

僕も慌てて、上着や防寒長靴を荷物から取り出し始めた。

「もしも、渋滞が解消して車が流れ始めたらこの近くの車が止められるところで待っていますよ」

阿部先生の声に手を上げて見せて僕たちは降りしきる雪の中を歩き始めた。

雪は路肩では30センチメートルほども降り積もっている。

「去年スキーに行った時の体験から防寒長靴を用意しておいてよかったね」

「そうですね」

僕が先になって雪を踏みつけ、山葉さんがその後に続く格好だが彼女は時々雪に足を取られるようだ。

彼女が言う通りでスニーカーしか持っていなかったら既に足は濡れてしまっていたに違いない。

僕たちは車の中でくつろげるようにジャージの上下を着ていたが、ロング丈のコートを羽織れば少しの間なら寒さもしのげそうだ。

「この突然の雪も何者かが私たちの行く手をさえぎろうとしているようだと感じるのは被害妄想的かな?」

山葉さんは彼女には珍しく気弱につぶやいた。

僕はフォローしていいのか、否定していいのか判断しかねて黙ったままでいる。

僕たちはしばらくの間無言で雪を踏んで歩き、どうにか目指していたコンビニエンスストアのヨーソンにたどり着いた。

夜明けまでまだしばらくある超早朝にもかかわらず、店の中には人影が多い。

どうにかトイレの用を足してほっと一息ついた僕たちは、店内を見回した。

「しばらく動けないかもしれないから食料を買っていきましょう」

「私もそう思っていたところだ」

僕は普段はあまり使ったことがないコンビニ店内に設置されている買い物用のカゴを持っておにぎり売り場を目指したが、おにぎり類は既に売り場の棚には見当たらない。

「おにぎりとか新しく入荷はないのですか」

僕が品物を整理しているヨーソンの店員に聞くと、彼は申し訳なさそうに言った。

「すいません。今日はこの天候なので配送用のトラックがたどり着けないのです。おにぎりと肉まんはもうないので、今揚げ物をつくっていますからそちらで我慢してください」

コンビニも大変なようだ。僕と山葉さんは阿部先生の分も含めて、から揚げのパッケージやコロッケをオーダーしていたがその横にあるおでんのも目についた。

「このおでんもください」

「それは、温まったばかりでまだ味が染みてないですよ」

店員は難色を示したが、山葉さんは引かない。

「味が染みてなくていいですからつゆだくで売ってください」

「わ、わかりました」

彼女の迫力に負けた店員は結局おでんも販売してくれた。

僕たちはおでんの器や揚げ物の袋を抱えて阿部先生が待つ車まで戻った。

僕たちが空腹を満たしても渋滞した自動車の列は相変わらず動かない。

「阿部先生、道端では30センチメートル以上積雪していました。このまま動けない状態雪が降り続いて、マフラーが雪で埋まってしまうと車内に排気ガスが逆流して一酸化炭素中毒になってしまう可能性がありますね」

「僕もそれを心配していたんや。エンジンを切ったら冷え込むからお二人とも上着を着てもらって、毛布もかぶってもらえますか」

阿部先生の指示通りに僕たちが傍観を整えてから阿部先生は自動車のエンジンを切った。

外では依然、雪が降り続いている。

「雪って激しく振っても音がしないのですね」

「本当だ。私は雪自体が珍しい地方で育ったから初めての体験だ」

僕たちは次第に冷えてくる車内で、割とのんきな会話を交わしていたが、いつしか寝込んでしまった。

気が付くと僕は雪深い山の中にたたずんでいた。雪は止み夜も明けて青空が見えているが、周辺の山は深い雪に覆われている。

傍らに人の気配を感じて振り返ると、そこのは山葉さんがいたが、彼女は巫女姿でその風貌はいつもより幼く見える。

「またあなたですか、今度は私を何処に連れてきたのですか?」

彼女は自分がどことも知れぬ場所にいるのは僕が原因と決めつけて非難する口調だ。

これは夢らしいと思いながら周囲を見渡すと、足下の深い雪に踏みあとが残り、斜面の下の方に続いている。

その先には、空のような青い色の水を湛えた湖が横たわっていた。

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