第165話 永遠という名の何か

ドローンがプログラム飛行を開始してからしばらくの間、皆は無言で窓の外を眺めていた。

しばらくして、窓枠の前に座り込んで上を見ていた鬼塚さんが声を上げる。

「ドローンが戻ってきましたよ。手動操作で回収してください」

山葉さんは慣れない手つきでコントローラーを操作する。

「まずは高度を下げて、それからゆっくり前進かな」

彼女の言葉と違い、ドローンは思いのほか早い速度で窓に飛び込んできたので窓際に集まっていた皆は一斉に身を引いた。

それでも、山葉さんは壁にぶつけるようなことはしないでどうにかドローンをテーブルの上におろす。

「早速撮影画像を見てみよう」

山葉さんは、ドローンから手早く記録メディアを取り出すと自分のキャリアバッグから取り出したパソコンに差し込んで画像の再生を始めた。

パソコンの画面には数人の人影や池らしき水面が映る。

「これはさっき池のそばで飛ばした時の映像だな。新しい方のファイルを開いてと」

山葉さんがファイルを切り替えると、今度はかなりの高さから俯瞰した地面が映し出された。ドローンが動くにつれて画面にはパネル上の瓦で葺かれた屋根の上面の画像が映し出される。

しばらくの間、画像には地面と屋根の画像が交互に現れていたが、単調な屋根の画像に何かが映り込んだのが見えた。

「今何か写っていませんでしたか?」

僕が尋ねるのと同時に山葉さんは画像を止めて画像の時間を少し前に戻す。

再びリプレイを始め、問題の個所で静止させると画面には布地のようなものが映っていた。

「上着の端のあたりのように見えるな」

「次の往復の時に、布地の本体部分が見られるはずですね」

山葉さんと木綿さんのやり取りの間、沼さんは無表情に画面を眺めている。動画が再開されドローンが再び屋根の上を通過していくと、アウトドアサークル「コロボックル」の部室内にいた面々が口々に短い声を上げた。

「い、今何か写っていましたよね」

木綿さんが青ざめた顔でどうにか言葉を口にすると、山葉さんは画像を問題の個所に戻して静止させた。

画面には人間のものとしか見えない頭蓋骨が映っていた。白骨化しているが下の屋根には頭髪もへばりついているように見える。

「やはり、屋根の上で亡くなっていたのだな」

山葉さんが沈痛な声でつぶやいた。

「ど、どうすればいいでしょうか」

鬼塚さんが青い顔をして誰にともなく尋ねる。

「とりあえず、建物の管理をしている学生生活課に届けて、そこから警察に通報してもらったらどうですか」

ぼくは、彼がいきなり110番通報しかねないと思って、やんわりと告げた。

緊急通報で大量の警察官が来たり、報道機関が事件として報道するのを避けたかったからだ。

「そうですね、とりあえず学生生活課に行ってみます。ちょっとそのファイルをコピーしていいですか」

鬼塚さんは自分のSDカードを取り出すと、ドローンの画像ファイルをコピーし始めた。

どうやら落ち着きを取り戻したらしい。

しかし、沼さんは鬼塚さんが作業をするために動画を消してデスクトップ表示になった画面を見つめたままゆっくりと首を左右に振り続けていた。

鬼塚さんが建物の管理者に届け出て、警察が調べに来た時にはちょっとした騒ぎになったが、変死体の身元の見当がついていたことや自殺かもしれないことから、マスコミが報道するようなことにはならなかった。

警察も検視の結果や遺留品から遺体が三谷勇作さんのものだと断定した。

警察としては、殺人死体遺棄も視野に入れていたようだが、発見された場所が場所だけに第三者が死体を遺棄するのは困難で三谷さんが自分で登ったとしか考えられないと決論づけたようだ。

遺体は検視後に遺族に引き渡され、ひっそりと葬儀が行われることになった。

アウトドアサークルのコロボックルの部室が発見現場となったこともあって、部長の鬼塚さん他数名と往時の三谷さんを知る卒業生が葬儀に参列するという。

そして、沼さんのことを知った鬼塚さんの計らいで、沼さんと木綿さん、そして僕と山葉さんが、サークル関係者として葬儀に参列できることになった。

葬儀は仏式でしめやかに行われ、遺体が荼毘に付される間しばらくの待ち時間があった。僕たちは席を外して斎場の庭園を散策することにした。

「白骨死体になっていても、火葬にしなければいけないものなのだなあ」

山葉さんが大きく伸びをしながら言う。

「きっと、一度焼かないと骨壺に収まらないんですよ」

僕が適当に話を合わせると、木綿さんが眉をひそめた。

「山葉さんにウッチー先輩、デリカシーがないですよ。もう少し雰囲気を考えてください」

木綿さんは隣にいる沼さんを気遣うように小声で僕たち言う。

沼さんは僕たちの会話には興味を示さずに斎場の上に広がる空を眺めていた。

現在の斎場では高度な排煙処理が行われるので火葬の煙が立ち昇ることはないが、彼女は天に昇っていく何かを見ようとするように一心に空を見ている。

その時、僕は葬儀の会場から青白い光が僕たちの方に漂ってくることに気が付いた。

「山葉さん、あれは何でしょう?」

僕が山葉さんに漂う青白い光を指し示すと、彼女も眉間にしわを寄せて青白い光を見つめる。

「三谷さんの魂かもしれない。遺体が収容されて親族の立会いの下で葬儀も行ったから現場への地縛が解けて移動することが可能になったのだろう」

三谷さんの魂らしき青白い光がふわふわと漂っていく先には沼さんと、木綿さんが立っている。

「もしかして、沼さんを目指しているのでは? 」

「いかん、沼さんに入り込まれると収拾がつかなくなる。ウッチーそいつを捕まえろ」

山葉さんは時として無茶なことを僕に命じる。僕はどうやって捕まえたらいいのかもわからないまま、漂う青白い光に近寄った。

「そのまま掌でグッと握って捕まえてしまえ」

僕は昆虫採集じゃあるまいし、そんなことでいいのかなと、山葉さんのおおざっぱな指示にあきれながら光に手を伸ばす。

光に手を触れるとバチンと電撃を受けたような衝撃があった。

僕が痛む手を押さえながら周囲を見回すと景色は変わらないが、何か様子が変わっていた。

違和感は静けさのためだった。東京という大都会が発するさまざまな周波数の音が入り混じったバックグラウンドノイズが消え、辺りには静寂が満ちていた。

僕の目の前には三谷さんがたたずんでおり、少し離れたところにいた木綿さんは彫像のように凝固して動かず、その横で沼さんがいぶかしげな表情で周囲を眺めていた。

山葉さんは僕の横に来て一心に祭文を唱え始めた。いざなぎ流の儀式の祭文だ。

彼女は三谷さんを浄霊して来世に送り出すつもりなのだ。

「山葉さん止めて。三谷さんを連れて行かないで」

沼さんは祭文を唱える山葉さんにつかみかかりそうな表情で駆けよってくる。

しかし、その前に三谷さんが立ちふさがった。

「いいんだ沼ちゃん。僕はもう行かなければならない」

「三谷さんどうして、せっかくまた会えたのに」

沼さんが問いかけると三谷さんは穏やかな笑顔を浮かべた。

「僕は琥珀の中の虫のようにどこにも行けずに閉じ込められていた。でもこの人たちが外に出してくれたおかげで「永遠」を目の当たりにすることができたんだ」

沼さんは三谷さんの言葉が理解できずに問い返した。

「永遠? 」

三谷さんはうなずいた。

「永遠に続く時間の中で僕は君の子供として生まれ変わってまた会うことができる。それまで待っていてくれ」

沼さんが何か質問しようとした時、三谷さんの姿は収縮し青白い光の塊として山葉さんの手の上に引き寄せられていた。

沼さんが呆然と見つめる前で、山葉さんは強い気を込めて三谷さんの人生の全てを凝縮した光をどことも知れぬ時空へと送り出す。

「山葉さん、ひどい」

沼さんはすべてが終わったことを悟るとがっくりとうなだれた。

やがて周囲に都会の騒音が戻り、すべてが通常通りに動き始めた。

沼さんは鋭い視線を山葉さんに投げたが何も言わずに斎場へと戻り、僕たちもそれに続いた。

葬儀が終わり僕たちが帰ろうとしていると、三谷さんの両親が僕たちの所に挨拶に訪れた。

「勇作を見つけていただきありがとうございます」

遺骨を抱えたお父さんの横で、深々と頭を下げるお母さんの目からは涙があふれていた。

僕たちが言葉少なく挨拶を返すと二人は互いに支えあうようにして待たせてある車に歩いて行った。三谷さんの実家は東北地方で、ご両親はこれから自宅まで帰るのだという。

「彼が失踪してから5年間の間、もしかしたら生きているかもしれないと待ち続けていたのかもしれないな」

山葉さんがポツリとつぶやいた。

「その通りなんです。兄を見つけていただいてどうもありがとうございました」

僕たちは驚いて声の主を振り返ったが、その姿を見てさらに驚くことになった。

そこにいたのは喪服姿の、三谷勇作さんにそっくりの青年だったからだ。

「弟さんですか」

僕はどうにか言葉を返した。

兄弟なら似ていても不思議はないし、むしろ僕たち全員が黙っている方がよほど不自然なはずだ。

「ええ、弟の勇二です。兄が失踪した時、僕は中学生でした。高校を卒業したら兄が通っていたあなた達の大学に行きたかったけどうちの両親は絶対入学を許してくれなかったんですよ。」

勇二さんは苦笑気味に僕たちに話す。

「落ち着いたら改めてお礼に行きたいので連絡先を教えていただけませんか」

勇二さんは自分の名刺を取り出すと手近にいた沼さんに差し出した。

「川崎市にお住まいなのですか」

沼さんは名刺を受け取ると小さな声でゆっくりと尋ねながら、自分の連絡先をメモ帳に書いて、そのページをちぎって渡す。

「ええ、僕の大学の教養部があるんです。これから両親を送って行かなくてはならないので今日はこれで失礼します」

勇二さんは先に言った両親を追って足早に去っていき、沼さんは彼の後姿をじっと見送っていた。

僕は勇作さんが残した、いつか沼さんの子供として生まれてくるという言葉を思い出していた。

もしも、沼さんと勇二さんが仲良くなって、いつか結婚することがあるとしたら、生まれてくる子供は勇二さんの遺伝子を受け継いで勇作さんにもよく似た子供が生まれるはずだ。

彼の言葉はその可能性を暗示しているのだろうか。

僕は原因と結果の関連が分からなくなって山葉さんに尋ねた。

「山葉さん、彼が残した言葉、「永遠を目の当たりにした」というのは一体何だったんでしょうね?」

山葉さんも僕と同じことを考えていたらしく放心したような表情で勇二さんの後姿を見送っている。

「私にもわからない。一つはっきりしているのは、私たちが生きているうちは決して知ることができない物事もあるという事だ」

呆然自失の僕たちを、木綿さんは不思議そうな顔で見まわしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る